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引き受ける覚悟の先は安寧の地だったのかもしれない

僕は全ての手術が終わってー」で書いた様に、手術を全て終わらせた25歳に実家に帰った。弟が結婚し家を出る事になる時、僕は母に帰る約束をしていた。

「全部終わったら帰るけん、心配せんでいいよ」

誰も僕の過去を知らない土地で、自由に生活していた僕は実家に帰る事をすごく悩んだ。当時、長く付き合っていた彼女もいたし、ここで帰る選択をすれば、彼女とは一緒にならないだろう。彼女も親をみなければならない状況だったし、そこから離れられないと話し合っていた。

そして実家に帰るという事は、僕が男になって帰ってきたと近所にカミングアウトしてまわるのと変わらない。その状況が容易に想像できるし、それに僕は耐えれるのだろうか。
母にも「何言われるかわからんけど大丈夫なん?」と聞けば「噂もいつかはなくなるやろう」と。

こんなふうに産まれてきた親への罪悪感が拭えない僕は実家に戻る覚悟をした。

恐れていた噂は想像通り起きた。その時に僕はあえて「名前と性別が変わったんよー」と近所のおばちゃん達に会うと笑顔で話した。せめて元は変わらないよ!と知ってもらいたかった。するといつのまにか新しい名前で呼んでくれるようになっていた。

おどおどと生活しなくなった頃、僕は飲食店を出す事を決意した。地元で稼業を継ぐトランス男性の友人に相談した時は「やめとけ」と言われた。想像以上にストレスかかると言われたが、母の夢でもあった飲食店を通いやすい地元ではじめ、そこで働いてもらい間接的にでも夢を叶えさせてあげたかった。あの時(僕は一度死んでるからー)死んでも文句は言えませんよといった書類にサインさせたお詫びでもある。僕にできる事は生きているうちにしておきたい。

だが、オープンして年数が経ち、知名度も少し出てくると知っている人と知らない人が混在して、疑心暗鬼に陥った。ある時学校の先生らから講演会をしてくれと言われた。ある時は噂を聞いた同級生が心配してきてくれたりした。そんなさなかに妻と出会い結婚した。

妻は仕事柄知名度がある。そんな妻が僕と家族になる決心は生半可な気持ちじゃないと思っていた。僕を知る人からどんな事を言われてしまうか。妻も当事者にさせてしまったと思うと同時に、だからこそ強くあろうと思った。

年数が経った今、当たり前に僕が存在する事に面白さもない。毎日店を開け、お客様を受け入れていくだけ。今更店主がどうだなんて情報は古すぎて噂にもならない。それと、僕が思っていたより人は他人に興味はないのだ。現に娘らは知らないはずだから。

「ここ(店)にきたら◯◯(僕)に会えるけん」
「ここ(店)にきたらおばちゃん(母)に会えるけん」
僕のおむつを変えてくれた親の友達らも、中学の先生らもふらっと世間話をしにくる。僕に関わってくれた人達がこうして会いに来てくれるのだ。

楽な世界を手放し、覚悟の先に得た今の環境は、ちょっとしんどいと思う事もあるけど、とても穏やかで、こんな未来になるとは想像してなかった。

僕は会いに来てくれる人がいる限りここにいる。ここにいたいと思えるようになった。

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