拙著『アシッドアシッドアシッドレイン』の裏話

★振り返ってみよう
 昨年の冬コミにて、Aqours死体処理合同『くすむ君の心臓』に参加させていただきました。もう通販できるよ!

 テーマがテーマなので万人にオススメできるものではないのですが、参加者が豪華ですし、実際面白い! いっぱい死人が出るけど全年齢向けです。

 で、僕が書いたお話。松浦果南と津島善子が死体を埋める『アシッドアシッドアシッドレイン』のサンプルは下記から読めます。

 僕はこの作品の執筆を通してかなりたくさんのものを得ることができたし、書いている最中に神秘的な体験もあったので、この作品についての裏話とかをしてみます(基本的に執筆中のメモは全部デジタルに残すタイプ)。あくまで自分のためという体なのでよしなに。

 ↓ここから先は本編を読んだ方のみ御覧ください。

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 ##が入らない。










イメソン

人生のメリーゴーランド(ジャズピアノアレンジ)/ジェイコブ・コーラー
https://recochoku.jp/song/S1008290678/
 ひたすらこればっか聴いてた。なんか「暗いけどそれだけじゃない」感じの曲が欲しかった。暗さは美しい、みたいな感傷的になれる曲。という所に来て坂本龍一を連想し、この曲を発掘した。
 原曲からして全然暗い曲じゃないのに感傷的になったり不気味さを感じたりするのがずっと不思議だったので、いつかその不思議さを自分の作品に色移りさせたかった。分析しきれない芸術の妙は、直接捺印するに限る。
 そしてジャズピアノアレンジによって仄暗い感じが加えられ、リズムがより不安定になってメリーゴーランドが止まらなくなる。最高のアレンジ。

参考文献

魍魎の匣/京極夏彦
羅生門/芥川龍之介
ヒミズ/古谷実
TISTA/遠藤達哉(今スパイファミリーでめっちゃ注目されてる漫画家だから読んで!)
知らない映画のサントラを聞く/竹宮ゆゆこ
その日、朱音は空を飛んだ/武田綾乃
海に生きる百姓たち/渡辺尚志
死体の教科書/上野正彦

参考演劇

採集/ラーメンズ
鈍獣/ねずみの三銃士

聖地

 ゴルフ場について、階段や受付の位置が異なりますがここがモチーフになってます。
https://goo.gl/maps/LFEiik6hnHKCZtf38

 実際に、練習場としては閉鎖となっていますが今でも受付がある家には人が住んでいるみたいです。また、ネットではなくフェンスで転落防止されている。
 他、沼津港で門のような形をした冷凍施設の位置関係については、この辺のストリートビューをイメージしています。
https://goo.gl/maps/bkQgiWFB9yvdovAo6
https://goo.gl/maps/LL2w9N5Ma4dK7Vtt6

心がけたこと

1.死体処理にしかないテーマを設定する。
 テーマがあらかじめ課せられている場合、僕はテーマの消化具合にこだわる。このテーマでなければこの作品は描けない、という風に綺麗に消化して気持ちよくなりたい。
 考えた結果、「物を隠すという行為の中で、何故死んで動かない人の身体だけは、隠すだけで重い罰則に値するのか?」が死体処理のアイディアとして登場し、僕はそのアンサーとして「人を物として見るように精神が歪むから」で攻めた。収録されている他の作品でも似たようなことを書いている方はいらっしゃいましたね。

2.アニメ時空に付き合う。
 アニメの設定でメンバーの未来の話書くの難しいんすよ。まずかなまりを国内の大学生にできないし、2期2話でテコ入れがあったとはいえ学年を超えた絆が希薄。そして劇場版でAqoursを続けていく展開によって残されたメンバーの個性は次々死んでいく(実際、アシッドレインでは善子の高校二年生~中退するまでのエピソードやキャラ作りは意図的にぼやけさせている)。
 でもまあこれまでずっとアニメに沿って二次創作やってきたし、色々良い思いもさせてもらったので一度設定遵守で未来の話に挑戦してやろうかと。
 果南の扱いとか大変なんだからほんと。某二次創作漫画で「ダイバーライセンス取るのには凄い時間がかかるかと思ってたのに海外に出たら一週間で取得して帰ってきちゃった。ちなみに父親には殴られた」っていう四コマがあったんだけどこれが一番リアリティある展開だと思う。
 「変化に対するポジティブさ」が詰まった作風を踏まえた上で彼女たちを沼津で再会させようとすると、必然的に沼津へ「引き戻す負の力」がないと難しい。僕はその負の力として借金と大学中退を選択した……って書くといかにも作られたシナリオ的でキャラクターを蔑ろにしている風に聞こえるかも知れないけど、僕なりに一番起こりそうなイベントを噛み合せたつもりだ。結果的にこの負の力は死体処理と相性が良かった。
 他に、ネガティブな力を使わずに彼女たちを沼津に引き止める攻略法があったら教えて下さい。切実に参考にしたい。

3.悪人あるいは狂人を出さない。
 金融事件関係者という悪い存在は登場させるものの、作中に出てくる善子の先輩もゴルフ場開発プロジェクトのリーダーも、性格は悪くとも人の尊厳を踏みにじるようなキャラクターにはしたくなかった。純粋な悪によって逆境を作ってしまうとそれはただの可哀想な話だ。いやまあ世の中には純粋な悪もあるけど、本作は「彼女たちは自分の信念に沿った最善手を打った結果ああなった」ことに自分で納得できるのが必須ラインだった。そしてそれは<一人目>で果南と善子が相互理解をするために必要な条件でもある。果南に天界の存在を信じさせ、善子の言葉を理解させるためには、運と気の迷い以外の作為的な悪があってはならなかったのだ。

4.読者を驚かせる。
 普段ここはあんまり意識しないんだけど(独りよがりのため)、今回はサスペンスを書くわけだから、展開でビビらせる過程は多いほど良い。だからシナリオ術系の本を読み漁って戦った。普段からだらりと話を始めちゃうことが多い僕には難敵だ。自分としてはかなり上達したと思う。鞄に百万円忍ばせる展開とか、大枠の話の流れに影響は与えないけど(百万円が手元にあろうがなかろうか善子に加担させないという選択肢は展開上ありえない)、読者に「おっ」て思わせるためには大事な積み重ねだ。
 <一人目>とかね、苦労したんだよ。面と向かって二人が会話しつつ時折暴力をちらつかせたりするだけの応酬になってしまうので、映像的には非常に面白くない。なので善子が無理になってるシーンや先輩が登場するシーンを膨らませた。あと<三人目>がとにかくダラダラしちゃうのにも困った。何せ、埋めるシーンそのものは<二人目>で一回書いてるし、果南への干渉が強くなるのは<四人目>からなので脚本的に大事なシーンが解体シーンと最後にちょっとワクワクさせるシーンしかないのである。ということで、早い段階でダレるのが嫌だったので善子の気を失わせてムービースキップしてます。ゲームのタイムアタックかよ。

5.フラグを管理する。
 今回思いがけず規模の大きな話になってしまったので、メモとかを使ったフラグ管理が必須になった。でかい矛盾は無いと思うんだけど、何回も読めば腑に落ちない部分はあると思う。ここではあげつらわないけど。
 フラグの例としては死体の位置や封筒の取り扱い、曜日、おまじないの条件等。あと、果南に秘密を抱えたムーブをさせないといけない上に、善子視点だと勘付かない程度の違和感を持たせないといけない所に難儀した。
 そして何より後半における二人の関係性。この調整が締切ギリギリまで苦戦した所。構想段階では、
<五人目>で善子に果南との意識の違いを思い知らせて、
<一人目>で仲直りさせて、
<六人目>でさあ最後の仕事だ→真実を知って絶望。
という流れが楽だし綺麗だと思ったんだけど、<一人目>で完全に仲直りイチャイチャさせると「<六人目>で善子に一人目を掘らせる動機が薄くなる」「善子に怖いものが何もなくなってしまう」というでかい二つの壁が聳え立つ。これを突破できないと<六人目>で一人目の正体を発覚させるという最大の演出ができなくなってしまう。そのため、
<五人目>で「私は果南とは違う」という感想を持たせ、
<一人目>で二人の差を強固にさせた上で、
<六人目>で果南の嘘に気付かせて一人目の死体を掘らせる動機を作り上げた。
結果的に冒頭の伏線になって良かったけど、この辺りは本当に苦労した。決して無傷でクリアというわけにはいかなくて、代償として後半の「百合らしさ」と「果南の生々しい絶望」をある程度切り捨てざるを得なかった。果南が死ぬ前後で百合らしさをもう少し膨らませられたかなあ(ここであげつらうなってば)……

今の自分の限界

 今回初めて、小説を書く能力における自分の限界がはっきり見えて新鮮だった。
 恐らく今の自分は、六人目の中盤で「果南はきっとまだ秘密を隠している。それはまだ土の中にある」と言葉で言わせてしまった所に限界がある。本当はもっと綺麗な展開を用意したり、直接的でない言い回しで次のシーンに持っていくことができるはず。ここが物語に入り切れていない境界と見た。ただ、この限界は割と受け入れられるレベルの限界で、むしろ見えて清々しかった。次はここを越えたい。越えてやる。

当時の執筆過程

 本作はガッチガチにプロットが組まれた小説ではない。僕はプロットが苦手で、本作の書き始めも非常にぼんやりしていた。
 この話が僕の作品の中ではかつて無いほど脚本的に強固になったのは殆ど偶然によるもので、最初は、「死体処理させたら面白そうなコンビは果南と善子だなあ」くらいの漠然としたもので、何故そんなことをさせるのかも、どうやって処理させるのかも、何人処理させるのかも、誰を処理するのかも、いつのことなのかも、どこでやらせるのかも決めていなかった。
 本作は最低限の動機を定めて書き進めているうちに、次々と展開の方からやってきてくれたバグみたいな作品だ。書く順番も2→5→6→3→6→2→4→5→1→6→推敲みたいな感じでかなり行ったり来たりしていた。正直二度と書ける気がしない。

 折角だし当時のプロットの変遷を振り返ってみよう。曖昧な部分も多々あるが残しておけば僅かなりとも再現性を出せるかもだし。

・まず構想段階での冒頭のシーンは「果南が深夜のセブンイレブンで軍手を買っている所を、深夜配信を終えて小腹がすいてコンビニに訪れた善子が偶然見つけて不審に思う」だった。これは性癖ドリブンだ。暗い田舎のコンビニからあふれる蛍光灯の光を背負って出てくる松浦果南は性癖。その姿を徹夜の目を擦って見る津島善子も性癖。この二人には夜がよく似合う(果南は早起きだと勝手に思ってるけど)。

・ただ、そうすると内浦のセブンイレブンは立地的に使えない→果南の方を沼津側に移動させよう→じゃあ海に沈めるんじゃないな。山か?→香貫山あるいは牛臥山で出会わせるのでどうか。場所的に前者かな→コンビニじゃないじゃん。俺の性癖を返せよ→知らないよ。

・では果南の動機はどうする?→ここはシンプルにお金でいきましょう。直接的にせよ間接的にせよ、お金を物語のトリガーにした作品はたくさんあるから恥じることはない。→沼津でお金の問題と言えばスルガ銀行の不正融資。これを利用しよう。ごめんなさい。

・果南の仕事は殺すところから?→死体処理のテーマ的に必ずしも自分の手を下す必要はないので処理だけ。

・善子側の動機は?→ちょっとまだ思いつかない。自分の解釈しているかなよしは関係が希薄なところから始めなければならないので、共犯を通じて少しずつ仲が深まる感じになると踏んでいる。書き進めてからで。

・では、リアリティを持たせるために善子が出会った段階では既に果南が死体処理を経験済みということにしよう→報酬を貰うのであれば、物語のボリュームを考えて五人くらい埋める依頼で、その二人目か三人目で目撃させよう→三人目で目撃させたら善子が手伝うの二人だけだよ。生ぬるすぎる。よって二人目から。

・そろそろオチを考えておかなければならない。「死体発覚を恐れて自分の心がどんどん歪んでいくのを自覚する善子」というのは作中の盛り上がりとして最初から想定していたので、その延長で、善子が完全におかしくなって「お前も始末しなければならない」と果南を六人目として始末するエンドでどうだろう→綺麗な結末ではあるものの、動機としては弱い気がする。ヨハネと善子で分離した性格に絡めるくらいのことしないと、作者の都合で勝手に発狂させられた善子が可哀想。→保留で。

・中だるみしないように各死体にそれぞれ意味をもたせたいよね。二人目は物語の起点、三人目は善子にとっての異世界への入り口。四人目で慣れを演出して、五人目で自分の歪みを自覚させ、六人目で千歌達の施しを防ごうとし、その過程で果南が死んじゃう、というのでどうか→この辺でようやく大枠が固まる。この時点で本文執筆は二人目を埋めるシーン・五人目で千歌の話を聞いて善子が泣くシーン・果南死亡後シーンを書き終えており三人目の執筆途中。また、最後の一文も決めていた。

・善子のバックグラウンドを作る。深夜にスマホを鳴らされる仕事だと物語上都合がいいので地元のシステム屋で→職場のシーン~二人目の終わりまで書く。これにより、善子の動機としてお金以外に「救世主になりたい」「望まない運命に抗いたい」が追加され、動かしやすくなる→具体的には、三人目でワクワクさせたり四人目で気性が荒くなる果南をなだめたりが自然にできるようになる。

・イメソンが決まる→三人目の解体シーンが書き終わる。

・あ、これ三万文字(合同誌主催から最初に提示された文字数の上限)超えますね。五万文字で交渉してOK貰う(すいません)。

・タイトルどうする?→最後の文章が天気に絡むものなのでタイトルも天気にしたいよね→「あした天気になあれ」系のタイトルはそぐわないと思う。本作は手毬唄系の不気味さじゃないし、ネタ被りが怖い→むしろ畳み掛けるような暗さを意識しているのでリズム感の良いタイトルがいいね→『アシッドレイン』→エゴサしにくいのでダメ。『アシッドアシッドアシッドレイン』だとリズムあるので良いのでは→いっそのこと『アシッドアシッドアシッドアシッドアシッドアシッドアシッドレイン』のほうがインパクト大だぜ→他人のツイートを圧迫するし組版に迷惑がかかりかねないので没。

・オチを考えている間にふと思ったんだけど、五人目で喧嘩させるの難しくない? ストーリー上、ここで立場の違いから争わせないと善子が果南に反逆する理由が生み出されないんだけど、果南が落ち着き払っていて善子が取り乱すという差はどこから生まれる? 性格の差だけでは説明がつかない→果南の過去に人の死への価値観が変わるエピソードを入れるとか? →いや待て、作中の二人の間に決定的な差があるじゃん。一人目の処理だけは善子は体験していない。つまりここをすれ違いの起点にできる。一人目に特別性を持たせるんだよ→特別性……一人目の死体が実は知り合いだったとか?

・そうか、一人目の死体は鞠莉だったんだ→一人目の正体発覚~果南が殺されるシーンを泣きながら書く。

・でも何で鞠莉が死ぬの?→今用意している題材の中で片付けるのであれば、やはり不正融資事件絡みじゃない?→あーじゃあ2~5人目も事件関係者なんだ。なるほどね。

・二人目のネットニュースとか果南ちゃんおかえりパーティーで伏線を用意する。三人目のバックグラウンドが捜索願の出ている行方不明者となる。

四人目を書く。ここはおまじないにまつわる善子の心情を明らかにするのが主題。

・四人目で遺留品を燃やすシーンは元からやりたかった所だが、四人目をどんな人物にするかはまだ決めていなかった→鞠莉の登場が唐突にならないように同じくらいの年の女の子にしたい→ヤクザの娘。

・五万文字でも足らんな。主催に六万文字超で報告(マジすいません)。

・これまで書いた内容を踏まえて五人目で不足している部分を書き足し、次へ。

・一人目を書く→ここで、かなよしの関係性フラグ管理で悩んだため、先述の通り五、一、六人目のやり取りにメスを入れる。

・果南が一人目の話をした後で抱き合うシーンを書く→もうこれ以上シナリオの変化は発生しないと確信する→こんなに通じ合っているのに、どうあがいても果南は善子に殺されなきゃいけないんだということを自覚し、「それが終わったら、今度は一緒に堕天したい」と書いた時にもう一度泣く。

・結局、善子が最後の作戦で一人目を暴く理由は何?→果南が何かを隠していることに勘付かせるんでしょ→何かとは→「私は果南にはなれない」という<一人目>におけるやり取りに疑いをもたせて、その理由を一人目の死体に求めさせる→「果南は私を殺そうかずっと迷ってたんじゃないか」という疑いを前段のやり取りから善子に抱かせる。ストーリーに絡む心情変化はここが最後。

・六人目の作戦決行シーンを書いて一人目を暴くところまで繋げる。これでとりあえず、書かなければならないシーンは全て書いた。

・査読をお願いしている間、初期プロットで書いたものを手術する→二人目の冒頭で果南が押さえつけているときの様子や、四人目の遺留品を燃やしている間の善子の独白、六人目ラストの仕事シーン等を豊かにする。

・査読が返ってくる。鞠莉のヒント量を少し調節し、「鞠莉が入らない」と「千歌がいる」をできるだけ強調するように話を組み立てる。

・三日ほど放置。その間、死体に関する本を読んで認識誤りを正す。

・本で読んだリアリティを付け足しつつ再度推敲。

・提出。

・色々な後悔を忘れるために聖地巡礼と称して香貫山に登る。

・想像より遥かに険しく、日が沈む前に下山できるのか怪しくなってくる。

・日没直前にゴルフ場を拝み、体験する心を善子に近づけられて満足する(でも死体は埋めてません)。

・自分が書いた話を忘れているうちに本の告知が出て、テンションが上がる。

・誤字見つけて絶叫する。

・Happy New Year.

・くすむ君の心臓を読む。面白い。

・誤字見つけて絶叫する。

・感想もらって嬉しい。←いまここ

書いてる最中の不思議体験

 上を見れば分かるように僕は本作を執筆中に二回泣いている。なんなら、書いている間に「これ書いてるやつ苦しんで死んでくれねーかな」とか思っていた。
 訳わかんねえって思うかも知れないけど、僕にとってこの心理は全然矛盾していなくて、むしろずっと憧れていた精神状態だった。
 ジョジョの作者である荒木飛呂彦もかつて同じ現象に陥ったという。本当は殺すつもりのなかったキャラクターが、強敵に勝つために、自らの命を犠牲にして勝利への道を掴む様子が『見えてしまった』から、そのキャラクターからのお告げに従うままにストーリーを描いて、「僕は君に死んでほしくないのに、どうして死んでしまうんだ」と台所で涙したらしい。
 『一人目の死体』を用いたストーリーを思いついた時、正確には果南に一人目の死体の正体を『教えてもらった』時、僕はトイレに篭もって泣いた。何故僕はこんなことをしなければならないのか分からなくなり、押し寄せる自己嫌悪と悲しみに暮れていたが、心は一人目の死体を書きたがっている。一人目の正体が鞠莉でなければ、果南がここまで必死になっている理由について説明がつかない。果南は強い子で、善子は優しい子。その二人がどうして死体を処理するのか、その過程で果南はどうして心が折れないのか、善子はどうして果南に刃を向けるのか、その理由は一人目の死体にしか無いんだ、そのことを果南から『教えてもらった』。キャラクターが僕の手を離れてストーリーを導いてくれたのに、それに背くことなんてできるはずがない。
 毎日のように果南の不憫を嘆き、善子と一緒に彼女を救う方法を考えた。でも善子には無理で、それは同時に僕が善子になりきって果南を救うことも不可能であることを意味する。最後の手段として、僕が善子ではなく『作者』としてキャラクターを救うことなら出来る。どうにか救ってやるためにはこのストーリーを捻じ曲げるしか無い。でも、そうしない方が登場人物の行動が物語的に誠実であることは僕の中ではっきりしていた。彼女たちの生き様が喜劇的にせよ悲劇的にせよ、より確からしい方向へと舵を取りたい。
 それが物語を生きるということだ。
 僕はこれまで創作を続けていて、初めて物語の中に生きてストーリーを作ることができた。こんなに辛いものだとは思わなかったけど、そのことへの感動の意味の涙でもあった。僕は確かに想像の世界に入ったんだ。妄想力逞しいオタクは普段からこの体験をしてるんだな。
 いやほんとに凄い体験だったんだよ。ストーリーをキャラに教えてもらった瞬間、「もう何が起こっても大丈夫。俺はこれを書き切れる」と確信した。そして実際、あらゆる課題は次々とクリアされていき、執筆中の頭は澄み渡り、参考にすべき書籍とかはその時々ですぐに思い出せて、日中の労働の疲れも忘れて一ヶ月で六万文字強を書き終えてしまった。
 なので、「どうやってこの話を書いたのか?」という問いに対する回答は無い。僕に聞かれても分からない。この展開は果南が知っていたことだし、果南に力の限り寄り添ったのは僕ではなく善子。僕は二人の想いを汲み取っただけ。いつもこんな調子だから筆の速度にムラが出るんだよ。

幸も不幸も私が決める

 まあその神秘体験の結果として、こんな話となってしまったわけですが、キャラクター達が心の望むままに動いた結果こういう話になったのだとしたら、ある意味で優しい、救いの話とも言えると思うわけです。参加者の一人である鬼川さんが優しい話と言ってくださったのもそういう意味かなと。
 客観的に見たら本当に救いのない話だし、いくら自分たちでは上手くやったつもりでも、きっと善子もダメになるだろう。それでも前述の通り、彼女らは幸せをつかもうとしていたし、決して自分を曲げはしなかった(と僕は信じている)。本当は僕だって暗い話は苦手だし幸せにさせたかったけど、アシッドアシッドアシッドレインの世界的には、不幸な結末こそがキャラクターの信念に背かない、一番その子「らしさ」を全うした結末だった。生まれてから死ぬまで自分を一貫できる人生以上に幸せな人生なんてあるのか?
 この話が幸の話か不幸な話かというのは、現実の人間がおいそれと決められることじゃないと思うんだよ。そういう意味でこの合同誌のキャッチフレーズは大好きだ。

 とか言いながらキャラクターを酷い目に遭わせてるんだからこの作者マジ許せねえな……小説を書くことは犯罪、という言説は確かにそのとおりかも知れない。

査読について

 今回はTwitter上でフォロワーさんに査読をしていただきました。いくつか確認することが目的だったのですが、特に気になっていたのが以下の二点。
①一人目の正体に気付けたか?
②<六人目>と言われて誰を想像したか?
 この回答をそれぞれ「違和感はあったが気付けなかった」「千歌か善子だと思った」に誘導できればいいと思っていたので、感想から多少フィードバックを行っています。
 もちろん全員がそういう回答にはならないと思いますが、少なくとも一人目の正体に気付ける人は半分以下が良いなあと思っています。伏線としてはホテル経営者の関与、「あの子」という呼び方、他、p278で善子が振り返ってたことを参照して下さい。
 読んだ人は気付いたか、気付いたとしたらどの辺からか今度聞かせて欲しい。

心情変化メモ

 最後に参考程度に、心理のフラグ管理の資料を置いておきます。でも、本編を書いてみるとここに書いてある内容では不十分になるし、少し間違っているように感じられるとところもある。最終的な心理は皆さんの解釈にお任せします。
<一人目>
👿-
🐬<二人目>の善子を数倍不遇にした感じ。一念発起してお店を救おうとした彼女の安寧は初っ端から粉々に打ち砕かれる。作中で善子に対して心を開きかけているが、肝心のところは伏せたまま。ポイントは、『鞠莉のことを誰にも言わなければ彼女は生きていることになる』ってこと。事件関係者はみんな口をつぐむから、彼女の生存は個人の中にだけしまわれる。果南は仕事をやり遂げて、それで自由を手にして、そして俺には断言できないけど多分人知れず死のうとしている。
<二人目>
👿今の自分嫌だなあくらいの軽い気持ち→やべえものを見てしまって怖い。でも果南は助けたい。
🐬一人目を経験しているからもう怖いものなんかない。あらゆる手段を使ってでも自由を手に入れてみせる。
<三人目>
👿予想以上の事件のスケールにビビっちゃうけど、一方で冒険活劇みたいでちょっとだけワクワクしている。
🐬この世に希望なんて持ってなかったけど、善子がいてくれるおかげでほんの少し心に緩みが出来た。
<四人目>
👿自分が狂気に堕ちることに若干不安を覚えてはいるものの、順調に進んでいてちょっと調子に乗っちゃう。
🐬善子の境遇について初めて興味を抱く。自分たち、パートナーとしてはいいかもとか思い始める。けど添い遂げるわけにはいかない。
<五人目>
👿自分が取り返しのつかないことをしていることを今更自覚して錯乱する。果南みたいに平然としていられないことに苛立つ。ここからどうやって立ち直るか→立ち直らない、やるしかない。
🐬名前を伏せて一人目の話をする。「自分はもう普通ではない、暴力の申し子だ」という自覚を最初から持っていて、だから善子みたいに慌てふためかない。
<六人目>
👿真実に気がついてしまう。果南はもう手遅れだ。一人で自棄になっているだけで、私は彼女の救世主にはなれない。果てしない絶望に陥った善子は、一人目の果南と同じ心情になる。
🐬善子を最後の最後まで拒絶してしまう。最後に善子の狂態を見て一瞬だけ死ぬことが怖くなる。でも、鞠莉の秘密を守ったまま死ねるんだったらそれも悪くないとか思っている可能性もある。

最後に

 主催のお二方ありがとうございました。お陰で良い経験をさせてもらいました。参加者の皆さんも、どいつもこいつもえげつねーって笑ってました。
 いつでも僕の話は感想をお待ちしておりますー。感想読むと元気出て次への足しになる。
 さあ次は何書こう。アシッドアシッドアシッドレイン書いてから小説書く気が起きなさすぎてずっとNote書いてたんだけど、そろそろ行けそうな気がする。

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