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018 [アドラー心理学] アドラー心理学は自己啓発心理学ではない

私はアドラー心理学について研究しています。アドラーというと、「心理学の三大巨頭の一人」であるとか「自己啓発の源流」とかのキャッチフレーズがついています。それも判で押したようにです。コピペがコピペを呼んだという感じでしょうか。

フロイト、アドラー、ユング(生まれた順)は確かに「臨床心理学の基礎を築いた3人」ではあるでしょう。しかし、「心理学の三大巨頭」は明らかに言い過ぎ、あるいは「盛り過ぎ」です。なぜなら、臨床心理学は広大な心理学の1つの領域に過ぎませんから。

さらに腑に落ちないのは、アドラーが「自己啓発の源流」だということです。誰がそんなことを言い出したのでしょうか。その根拠はなんでしょうか。調べてもすぐには出てきません。そう言っている人は「アドラーは自己啓発の源流と言われています」とだけ言うのです。一体誰が言っているのですか。あー、出典が気になる! 研究者の性癖です。

■自己啓発の源流は誰なのかを調べる

気になるので調べます。まず日本語版ウィキペディアの「自己啓発」を引きます。ここにはアドラーは出てきません。関連語で「自己啓発セミナー」を引きます。自己啓発セミナーは日本でも1980年代に社会問題になりましたので、個人的に印象は悪いです。私が大学院生の頃に、心理学徒が次々と高額の「自己啓発セミナー」に引っかかって、マルチ商法的なことに関わり、自分の友人を失っていったからです。あー、思い出したら、胸糞悪い!

ともあれ、自己啓発セミナーの源流としては、社会心理学の祖、クルト・レヴィンがここで挙げられていました。レヴィンの考案したTグループによる感受性トレーニングなどがそれにあたるというわけです。なるほど。ちなみに、レヴィンとアドラーは20世紀前半に活躍した同時代人です。アドラーはレヴィンを自分の本で引用していたりします。

・英語版のウィキペディアにはアドラーとユングとレヴィンソンが

英語版のウィキペディアを引いてみます。英語で「自己啓発」は「Personal Development」というようです。その項目には、アドラーが出ていました。ユングも。

心理学は20世紀初めの頃から自己啓発に結び付けられるようになった。それはアドラーとユングが始めたものだった。

ああ、ここが出どころですね。学生にはウィキペディアを引用文献で挙げないように指導しています。誰が書いているのかわからないからです。ですけど、ともあれ、ここが出どころです。多分。

で、さらに読んでみると、「アドラーは、心理学を分析のためだけのものではなく、無意識や小さい頃の経験に縛られることなく前向きに進んでいくことに重きを置いた」ということだそうです。確かに、そうだ。でも、このアドラー心理学の特徴をもって、自己啓発の源流とするのはどうなんでしょうね。

一方、ユングの方は、「個性化 (individuation)」という概念を提起し、自己の全体性とバランスを目指したことで自己啓発に寄与したと書かれています。そう「人生の正午」というフレーズで、人生の後半は様々な義務から解放された自由な自分を目指すのだという(私も好きな)ユングの「自己実現 (self-realization)」のアイデアです。

で、このユングから影響を受けて、ダニエル・レヴィンソン が「ライフステージ」のモデルを作ったという流れです。

・「自己啓発の源流」の称号はユングにあげよう

結論です。以上のように見てみると、ユングの「個性化」概念が現代の自己啓発の流れに近いのではないでしょうか。ということで、「自己啓発の源流」は諸説あれど、その称号はユングにあげるのがいいというのが私の結論です。

でも、アドラーが「自分自身の認識・変革・資質向上への志向」としての現代における自己啓発とまったく関係がないかというと、そんなことはありません。それどころか、共同体感覚の育成ということが、ど真ん中でそれに当たるのです。でも一般的にはそのようには理解されていません。それが残念です。では「アドラーの自己啓発」とは何なのでしょうか。

■自己啓発の時代におけるアドラー心理学

さて、ここまでで、「本当の自分を探す」という意味での自己啓発は、アドラーよりもユングが近いので、「自己啓発の源流」の称号はユングにあげたいと主張しました。

それにしても「自己啓発」というのは、アドラー、ユングの頃から100年も経ってもなお、流行的なうねりはあるものの、継続しています。しかも、日本だけではなく、世界中で起こっているということなんですね。「自己啓発」運動とは一体なんなのか、興味が湧いてきます。

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