見出し画像

思い出は消さないで

【 好条件:1ヵ月、部屋ごもりするだけで報酬は100万円!】

うさんくさい求人メールが気になるくらい金がない。3年間、派遣社員として働いた会社を突然クビにされた。「キミより優秀なロボットが導入されたから」という理不尽な理由。最近のロボティクスの進化は凄まじい。

『ロボットが人間の仕事を奪う日が来るかもしれません』
小学生のとき、教科書で読んだ未来が現実になった。自動運転が当たり前になりタクシードライバーという職業はなくなった。ミシュランの三ツ星レストランはすべてロボットシェフだった、というニュースが話題になった。

40歳を超えて、特別な才能もスキルもない僕は、アルバイトを見つけるのさえ困難だ。無職になり3か月が過ぎ、貯金残高は1万円を切っている。ダメもとで、その怪しい求人に電話をした。

「はい、AIコーポレーションです」
きちんとした応答。逆に警戒心が高まる。
「お電話ありがとうございます。求人メールからのご応募ですね。早速ですが、仕事内容のご説明をさせていただきます」
「いえ、まだ応募すると決めたわけでは……」
「まずは、内容だけでもお聞きください。お返事はゆっくり考えていただいたあとで構いませんから」
「はぁ.……」
「弊社は、恋人型アンドロイドの研究・販売をしている企業でして… 」
「ハァ??」
「仕事内容は、アンドロイドに恋愛感情を持つことができるか? という実験に参加していただく簡単なものです」
僕は電話したことを心から後悔した。

仕事内容を書きとったメモを見返したが怪しさ極まりない。
① マンションの一室でアンドロイドと1ヵ月暮らす。
② 外出禁止。生活に必要な食材その他は完全支給。
③ リスト型センサーを着用し、生体データを24時間モニターされる。
④ 実験最終日に簡単なタスクをする。そこで100万円が渡される。

「質問してもいいですか?」
「はい、なんなりと」

「生体データ以外にも、カメラで監視されたりするんですか?」
「それはありません。モニタリングするのは、あなたの感情だけです」

「恋愛感情がわかなくても100万円はもらえますか?」
「はい。あくまで感情変化をデータ化するのが目的です」

「途中で実験を辞退した場合はどうなるんでしょう?」
「報酬は受け取れませんが、ペナルティもありません」

AIコーポレーションをWebで検索したが、ホームページも立派だった。資本金も数億円を超え、一部上場までしている。詐欺にしては大掛かり過ぎるし、ウソをつくならもっとましなウソをつくだろう。なにより1ヵ月分の食費が浮くのは、僕にとって魅力的すぎる。

--*--

思い出を消さないで3

1週間後、僕は指定された建物の入り口で何度もスマホを取出し時間を確認していた。約束の時間から3分ほど遅れてスーツ姿の男が現れた。
「遅くなり申し訳ございません。担当の相澤と申します」
差し出された名刺には「AIコーポレーション マーケティング部」と書かれてある。いまどきの子犬系男子。仕事ができる雰囲気を漂わせていた。

「さっそくお部屋にご案内いたします」
「なんか普通の高層マンションで拍子ヌケしました。目隠しされて車でどこかに連れていかれるのかと…… 」
「ははっ、それはマンガの世界ですよ。弊社は業界のリーディングカンパニーですから。やましいことなど何もありません」
「この実験は何度かやられてるのですか?」
「はい、今回で5回目です。実験のたびにアンドロイドのアルゴリズムをアップデートして完成度を高めています。とても魅力的な女性に感じられると思いますよ」
「でも…… しょせんロボットですよね」
「みなさん最初はそう言われます」
相澤さんはニコっと笑った。


「さぁ、こちらがあなたに1ヶ月暮らしていただくお部屋です。なにかありましたら私のスマホにメッセージをください。8時から22時の間でしたら5分以内に返信いたします」
「時間外に急にリタイアしたくなった場合は、どうすればいいですか?」
「メッセージに “リタイア希望” と書き、送信してください。オートロックが遠隔解除され、実験はそこで終了します」
「念のため注意事項をもう一回確認しておきたいんですが…」
「事前にお送りしたメールのとおりですが、2点だけお気を付けください。ひとつは、彼女のうなじにあるリセットボタンを絶対に押さないこと。このボタンを押すと彼女のアルゴリズムが初期化され、実験は強制終了となってしまいます。もうひとつは…… 」
「アンドロイドに “好き” と伝えてはならない、というヤツですね」
「はい。それを破った瞬間に100万円の権利を失います」
「ずいぶん簡単な条件ですよね?」
「みなさん最初はそう言われるんですよ」
相澤さんは再びニコっと笑った。

「それでは、私はここで失礼いたします」
部屋の鍵をあけた相澤さんは深々と頭を下げた。ガチャンとドアが閉まるとセンサーライトの光が玄関から廊下へとふわっと心地よく広がる。廊下の先のドアを開けると開放的な空間が目の前に広がった。4LDK・120平米の部屋は、まるでホテルのスイートルームだ。いかにも高級そうな白い革張りのソファに一人の女性が座っていた。その後ろ姿は、まぎれもなく人間のそれ。その女性が立ち上がり、振り返ると長い髪が揺れた。

「はじめまして」
思わず息をのむ。僕を見てほほ笑む彼女は、どこからどう見ても人間だった。いや、人間以上に魅力的というか、この世のものとは思えない美しさに僕の心拍数は飛び上がる。左腕のリストウォッチのインジケーターが数回瞬いた。

--*--

彼女との生活は絵に描いたように理想的だった。彼女は、僕のリアクションをディープラーニングし、僕がどうしたら喜ぶかを学んでいく。美味しい料理、掃除が行き届いた部屋、心がおだやかになる笑顔。最初はできの良いお手伝いさんのような距離感だった。しかし、数日経ったころ、その距離感がくんっと変わった。しかも、ごく自然に。

「なんの本を読まれてるんですか?」
ソファで本を読む僕の後ろから、彼女がのぞき込む。うなじから流れる、甘美な香りがほんのりと僕の肌にとどく。長い髪の先端が僕の肩をかすかにかすめた。生体モニターを見るまでもなく、僕の心拍数は限界値に近い。
「古い小説だよ。200年以上むかしの」
「終わったら、私にも読ませてくださいね」
僕の両肩に置かれた彼女の手は、とても温かかった。

思い出を消さないで2-2


10日間があっという間に過ぎた。部屋で映画を見たり、いっしょに料理をつくったり、ゲームをしたり。その中でも彼女は僕と一緒にゲームをする時間が好きだった。人工知能を持っているから、ゲームなんか無敵かと思うとそんなことはなくて。対戦ゲームで負けると本気でくやしがり、負けが続くとほっぺたをふくらまして不機嫌になる。

そういう仕草に僕は弱い。彼女が僕の好みを学習して、日々アップデートされてるのも分かっている。分かっていても、気持ちがたかぶるのを止められない。報酬をもらうどころか、100万円払ってもいいくらいだ。それくらい、彼女との生活は充実していた。

「お風呂、お先にどうぞ。残りは私がやっておきます」
晩ご飯の食器を二人で洗っているときに、彼女が言った。その日の僕は、吞みすぎたせいか機嫌がよく、冗舌だった。
「いっしょに入ろうよ」
「はい、わかりました」
間髪入れず返ってきた彼女の言葉に僕はうろたえてしまう。
「あっ、ごめん。いまの冗談だから忘れて。先にお風呂入ってきます」

湯船にひとり浸かりながら、恥ずかしさと後悔の気持ちが押し寄せて、湯船に沈み消えたくなる。実験が始まる前に相澤さんから言われた言葉が頭の中でリフレインする。

『彼女は、あなたが望むことは何でもしてくれます。なんでもです』

いやいやいや、相手はロボットだし。ないないない……。心とは裏腹に湯船の中でムクムクと堅くなった自分の中心に気づき恥ずかしくなる。これ、生体モニターでばれてるのかな? 恥ずかしさでのぼせそうだ。この実験は、違う意味でキツイかもしれない。

--*--

実験終了まで残り一週間をきったころ。彼女の顔を見るのがツラくなってきた。もうすぐ彼女と会えなくなる。好きという気持ちを抑えることが、こんなにツラいなんて知らなかった。胸が苦しくなるってホントだったんだ。好きです、と伝えて実験を終わらした方がスッキリするんじゃないだろうか?

そんな僕のモヤモヤも知らず、日に日に…… いや1時間ごとに彼女は魅力的になっていく。1分でいいから、時間が止まって欲しいと思った。1秒でも長く彼女を見ていたい。

でも、無常にも時計は進んでいく。テクノロジーが高度に進化した世界でも、時間を止める技術は確立されてないし、タイムマシンも発明されていない。

そして、僕たちは実験最終日を迎えた。

--*--

その日も、いつも通り優しい時間が進んでいた。一緒にご飯を食べ、美味しいねと笑い合う。初めて僕に3連勝して、彼女は嬉しそうにゲーム画面のスクショを取っている。

彼女は、僕と会えなくなることをどう思ってるんだろう?

ずっと聞きたかった。でも、できなかった。アルゴリズムで動く彼女に、そんなことを聞く意味がないことは分かっている。飲み込んだ気持ちの数は両手の指の数じゃ足りない。

思い出を消さないで1

空高くあった太陽が西の空に沈み、つつみこむような夕焼けが窓の外に広がっていた。最後の夕食を終え、ソファに並びテレビを見る。何も言い出せないまま、時間だけが過ぎていった。気が付けば、実験終了の21時まであと15分。伝えたい言葉はあるのに、言い出せない自分が情けない。そのとき、ポケットの中のスマホが震えた。相澤さんからだ。ちょっとゴメンね、と彼女に伝え寝室に移動した。

「1ヵ月の実験、お疲れさまでした。それでは、最終タスクについてご説明いたします」
そういえば、実験の最後に簡単なタスクがあると言われてたな……。
「彼女のうなじにあるリセットボタンを押してください。5秒間長押しすれば、シャットダウンされ実験は終了となります」
「えっ?それじゃ彼女のアルゴリズムが消えてしまうのでは?」
「昨晩、全データを本社サーバーにダウンロードしたので問題ありません」
「ボタンを押すと…… 彼女の記憶はどうなるのですか?」
「初期化されます」
「この1ヵ月の、彼女の記憶がなくなってしまう……?」
「はい」

なんだ!? なんだなんだなんだ。そんな話は聞いてないぞ! ここでの彼女の思い出が、消えてなくなるなんて聞いてない。
「そんなこと、できるわけないでしょう!」
「そのタスクを完了できないと、報酬の100万円はお支払いできません」
「ふざけるな! もういい、100万円なんかいらない!!」

スマホを床に投げつけ、リビングに戻る。ぼくはソファに座る彼女の前に立ち、彼女を真っすぐに見た。深呼吸して心を落ち着かせる。腕の生体モニターが見たこともない速さで明滅している。

「好きです…… 大好きです。 あなたのことを愛しています!」
涙まじりに僕は伝えた。彼女は、手にしていたスマホを置き、笑顔でゆっくりと立ち上がる。白い艶やかな手が僕の首に絡まり、彼女の吐息を首もとに感じた。

あぁ、幸せだ
今までの人生で最高の瞬間だ……

彼女のあたたかい手が、僕のうなじに触れる。 ポーンッ、短い電子音がした瞬間、僕の目の前は真っ暗になった。


--*--

リビングに横たわる二体のアンドロイドを前に、スーツ姿の二人の男性が真剣な顔で話し込んでいる。

「部長、前回と同じ結果になりましたね」
「うむ。やはり恋人との思い出は100万円では消せないということだ」
「でも、彼女は300万円の報酬を選んだ。躊躇なく彼のリセットボタンを押しましたね」
「相澤くん、これまでの実験結果から、どんな仮説が導き出せる?」
「来期リリース予定の恋人型アンドロイドのサブスクリプション。適正価格は、100万~300万円の間にある…… 」
「そうだ! 最上の恋愛体験の為に1ヶ月100万円は払えるが、300万円は高すぎるということだよ。さぁ、いよいよ最終段階だ。男型女型、共にプロパティを恋人と別れた直後の30代社会人に設定し、報酬金額は200万円と同額にして次の実験を開始しよう」

「部長、今度の結果はどうなるんでしょうね?」
「オレもまったく予測はできんが……」
「…… が?」
「最終日、お互いが相手のボタンを押さず抱き合ったら、オレは泣いてしまうかもしれないな」





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?