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妻と長男、時々ぼくの受験奮闘記

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お正月も明け、いよいよ長男の高校受験が迫ってきた。3年生になって本格的に取り組んできた受験勉強も、残り2か月でようやく終わる。振り返れば── 終わってもないのに変な話だけど ── 受験は親の器を試す試験でもあるんだな、と思う。

──────── 春 ────────

小さいころからマイペースだった長男は、受験勉強でもそのポテンシャルを存分に発揮した。親が気を揉むなか、すべてのアクションがクラスメートに比べワンテンポ遅い。カバンの中で丸まっていた進路希望票を締切り翌日に見つけたときは、さすがの長男も焦っていたけど、「オレらしいね」と笑う姿はもしや大物なのでは?と親を勘違いさせるに十分だった。

妻の意向で、ぼくは「少し離れた距離感で子どもを見守る、受験に対して寛容な父」という役回りを4月に任命された。小言は自分が言うから、あなたはどっしり構えていて欲しい、その方が長男も安心するはずだからという理由。ブラウザーの履歴が永遠にスクロールできるくらい受験情報をかき集めた妻の提案に、ぼくは「うむ」とどっしり構えて頷いた。

翌日、さっそく「うむ」と言った自分の頭を殴ってやりたい気持ちになった。寛容な父を演じるのは、予想以上に難かしい。まず、勉強もせずテレビを見てる長男に対し、見てみぬふりをしなくてはいけない。しばらく様子を見ていた妻が、耐えかねて長男に小言を言う。へーい、とやる気のない返事で子供部屋に戻る長男。長男がいなくなったリビングで「ちょっと聞いてよ。昼間もこんなことあったのよ」と妻の不満を聞くぼく。しばらく愚痴を吐き出した妻は、はぁ~スッキリしたから夕飯作るかぁと台所に入る。そして、ぼくは自問自答する。

このモヤモヤをどこで解消すればいいんだ?

長男には寛容でなくてはいけない。妻の小言も受け止めなくてはいけない。ぼくに溜まっていくストレスは、どうすれば軽減されるんだろう?

そうか、酒か!

ここだけ抜き出すとアル中みたく見えるけど、5、6月は酒量が増えた。浴びるように飲む酒はウマい!── じゃなくて、さすがにまずいと思って酒量は減らしたけどストレスは溜まっていく。そしてついに、夏休み前のある日。予定していたテキストを、まったくやっていない長男に怒鳴ってしまった。

自分にウソをつくんじゃなーーーい!!

不機嫌な顔でその場からいなくなる長男。キレたら意味ないでしょ?  とあきれ顔でぼくを見る妻。「しかもなんで哲学的に怒るのよ。分かりづらいじゃない」と追い打ちをかけられ、たまらず家を飛び出そうとして緊急事態宣言下であることを思い出し、1階のトイレに閉じこもった。ほどなくして次男がトイレをしたいとドアをノックし、ぼくの籠城は15分ほどで終わった。

──────── 夏 ────────

マイペースな長男は、あいかわらずだったが親の方がペースを掴みだした。言ってもやらないなら、言うだけ損だよねという考え。さすがに受験を半年後に控え、マイペースな長男にもスイッチが入ったと感じて、口出すこともなくなった。

夏の日は静かに過ぎていく。夏期講習をzoomで受け、模擬試験のために30度を超える炎天下の中、細い体に汗しながら会場に向かう長男の姿を玄関で見送った。

夏を制する者は受験を制す、という言葉がある。夏のうちに勉強のやり方を身につけた受験生は、その後も着実に成績がのびるという含蓄のある言葉だ。制するとまではいかなくとも、春に比べれば勉強の習慣もついたし、妻もぼくも静かに、あたたかく見守っていた。9月に行われる全国模試の結果を楽しみにしながら。

テレビドラマなら、笑いながら話す妻とぼくの映像に被せ、ここでナレーションが入るだろう。

机に向かってるからといって、勉強をしてるとは限らない。そのことに二人はまだ気が付いていないのである……。


──────── 初秋 ────────

9月の模試は、なんとも言えない結果だった。上がった教科もあれば、下がったのもある。可もなく不可もなくというところ。夏に蓄えた力が芽を出すのは、もうちょっと先かもしれない。そんなことを妻と話していたと思う。おかしいな、と思ったのは10月末に受けた模試結果が返ってきた11月の初旬。秋晴れの空が気持ち良い土曜日だった。

模試の結果がグンっと下がった。塾のプリンターはインク切れしたのかと思うくらい、偏差値グラフの面積は小さかった。いやいやいやいや、そんなはずはない。老眼のせいかと思い、用紙を腕いっぱい遠ざけて見たが、グラフの大きさは変わらずに小さい。

9月からは、毎朝5時に起きて勉強部屋にこもっていた長男。あれだけ頑張っていたのに、この成績の落ち方はおかしい。

やり方に問題があるのかもと、夕飯前に妻がノートを見返した。そこには、真っ白なノートがあった。英数国理社、どの教科も果てしなく真っ白に広がるノート。

なんだ? いったいなんなんだ?
真っ白なnoteを前に、長男は創作の海に漕ぎ出そうとしたのだろうか? 

もしかして…… とつぶやいた妻が、任天堂Switchの使用履歴を調べ出した。気分転換にはいいからと、遊ぶ時間を決めていたゲーム。その使用時間のグラフが、見たこともない数字をたたき出していた。模試の結果とは大違いだ。これが偏差値だったら長男のスコアは120を超える。大天才だ!!

沈黙し続ける長男は、山の如し微動だにしない。問い詰める妻。寛容役のぼくは黙って成り行きを見守った。

受験が終わるまで、ゲーム機は預かることに決まった。まさか毎朝5時に起きてゲームをしてるとは思わなかったぼくと妻は、「これ以上、驚くことないよね」と、その日の夜ふたりであきれ気味に笑い合った。

その後ぼくたちは、3回驚くことになる。

──────── 晩秋 ────────

詳細は、長男の名誉のために書かないけれど、11月は驚きの連続だった。特に最後に発覚した長男のウソは、ラストインパクトと呼んでいい衝撃的なものだった。進路相談をやり直し、「前回の条件は、なかったことにして相談させてください」とぼくが先生に謝った。4月に「うむ」とまんざらでもない顔で、寛容役を引き受けた自分を再び殴りたくなった瞬間だ。

家に帰り、こみ上がる怒りを抑えながら、絞り出すような声でぼくは長男に想いを伝えた。

受験が終わったときに、がんばったと胸を張って自分で言えるならそれでいい。結果は関係ない。だからせめて、がんばった姿を見せてくれ。

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その夜、なにかが吹っ切れた妻とぼくはお酒を飲みながら語り合った。一本目のワインを開けたころ、話の主語が急に大きくなった。

「やっぱり長男くんには、日本の偏差値教育は合わないんだよ!」

赤ら顔で言う妻に相槌を打ち、頷くぼく。

「だってさ、長男くんの良さってマイペースなところじゃない?」
「そだね。大器晩成型かも」
「偏差値高い学校に行ったって、幸せなわけじゃないでしょ?」
「偏差値で計れない価値があるところでこそ、成功するのかもしれないなぁ」
「研究者とか向いてるよね? 忍耐強く記録を取り続ける研究とか」
「ナマケモノよりゆっくり動く選手権とかあったら優勝したりしてww」
「ナマケモノを60年観察し続けて、世紀の発見をしてさ。80歳になったらノーベル賞取るんじゃない!?」
「ノーベルなに賞?」
「知らないっwww」

ふたりで大笑いしたら、ホントに偏差値なんてどうでも良く感じてきて。その日は、ふたりとも晴れやかな気持ちで眠りについた。肩の力が抜けた気がした。なるようにしかならないんだと、諦めのような悟りに近い自然体になった感覚だった。

──────── 冬 ────────

理由は分からないが、11月も終わりになるころ、長男のやる気スイッチが突然入った。本番まであと2か月なのだから、当然といえば当然だけど、妻もぼくも驚いた。分からない問題は、ぼくたちに聞くようになった。寛容役のぼくは、ここでも長男と距離を置く。決して問題が分からなかったわけじゃない。自分にウソをつくなと怒鳴った言葉が、ブーメランで返ってきたけど気にしない。

妻が数学が得意で助かった。テキスト解説が不十分なところを、分かりやすく教えられる学力が妻にはあった。改めて妻を尊敬した。料理が上手で、いつも家族のことを優先し、たまにぼくをいじって家を笑いで包むだけじゃない。多彩で多才なひとなんだと思った。

忘れられないシーンがある。在宅勤務で仕事をしている妻の横で、長男が数学を勉強している光景。お互い無言で机に向かうときもあれば、数学の問題を一緒に悩みながら解いていたり。ときどき冗談を言いながら笑い合っていた。

まるでクラスメートみたいだった。徐々に増してくる緊張感、精神的にツラくなる12月。妻の存在は長男にとって心の支えになったはずだ。精神的支えとなる寛容役まで妻が担ってくれた。感謝の気持ちでいっぱいだ。

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11月、二度目の進路相談を学校でした日の夜。「がんばったと胸を張って自分で言えるなら、結果は関係ない」と長男に言った言葉はウソじゃない。がんばった姿を見せてくれた長男は、ぼくとの約束を果たしてくれた。

でもね。

キミが頑張る姿を見ていたら、お父さんは欲が出てきてしまったよ。キミの努力が報われて欲しい。いちばん行きたい学校に合格して欲しい。4月からあこがれの制服を着て、毎朝いってきますと言って欲しい。

ずっと並走していた、妻の努力も報われて欲しい。途中、距離感がつかめず悩んでいたけれど、長男のことを一番に信じていたのは妻だから。合格発表の日、どんな結果になっても、きっと妻は泣くだろう。ぼくは、妻が泣くまで涙を流さないと決めている。泣きながら最初に長男と抱き合うのは、妻こそがふさわしいから。ぼくはワンテンポ遅れて輪に入るんだと決めている。

少し離れたところで、遠巻きに応援していたぼくの努力も報われて欲しい。影ながらふたりをサポートしてきたつもりだ。影すぎて、長男くんは気付いてないと思うけれど。

数学だって、お父さんなりに勉強したんだ。ただ、お母さんの方が頭が良かっただけ。ほんのちょっとね。キミが過去問を解いてるとき、洗濯物を干しながら。がんばれ…… がんばれ!と心の中で応援してたよ。一度、思わず声に出そうになって「ぅんがぁ」ってサザエさんみたく変な声が出たときがあっただろう? キミは笑ってたけど、あれ、「がんばれ」が口から漏れた音だったんだよ。

キミよりも努力してる人は、たくさんいるかもしれない。3年生の4月どころか、1年生のときから頑張ってた人もいるはずだ。でも、お父さんは、ほかのお家のお子さんが頑張ってる姿を見たことないから。側で見ていたのはキミだけだから。ウソでも誇張でもなく、心の底から思っているんだ。親バカは親の特権だもの、誰にも文句は言わせないよ。

キミは、一番努力してきた中学三年生です。
大丈夫、自信を持って。
試験が終わる最後の1秒まで、応援しています。




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