20歳のキミへ
あの頃キミは焦っていたね。
周りは自分より絵も上手くてセンスも良い人ばかり。デザイン学科に入ったものの、課題のたびに他の作品に圧倒され、自分はデザイナーに向いていないことを学ぶ為の数年間だった。
就活が始まると「オレはデザイナーに向いてないから」と自分を慰める様な照れ笑いを浮かべて一般職の情報をかき集めていた。
だから、ある企業のリクルーターから突然声がかかった時は驚いた。何度か会ったあと「もう他の企業は受けないで欲しい」と言われた時は飛び上がる程嬉しかったね。デザイナーではなかったけれど、玩具メーカーの企画職への内々定は自分を納得させるには十分な理由だった。周りより一足先に就職が決まったキミは少し浮かれていた。
あの頃のキミに伝えたいことの一つ目。
まだ、最終面接が残っているよ。
大人(リクルーター)の言葉を鵜呑みにして大丈夫?
◆
最終面接から数日後、人事から連絡が来た。いわゆるお祈りメールだ。
愕然としたキミはリクルーターに電話したね。バツが悪そうな声で平謝りする彼にキミは大声で怒鳴って電話を切ってしまった。
人の人生をなんだと思ってるんだー!
あの時、キミは言ってやったぞと息巻いていたけど、向こうからすればホっとしたはずだ。後腐れなく終わって良かったと、彼は電話のあとにタバコでも吸いにいっただろう。
その時、既に8月。
募集をかけている会社は、ほとんどなくてキミは途方にくれた。気難しい父は優しくて、普段温厚な母は会社に怒鳴り込んでやると鬼の形相だった。
あの頃のキミに伝えたいことの二つ目。
あの夏が人生の奈落の底だと思っていたね。
そんなことないんだ。この先、もっと深い絶望に包まれる辛いことが起きるんだ。
◆
キミはその夏から3年後にデザイナーになっている。信じられないだろうけど本当だ。必死で身に付けたPCスキルのおかげで、わずかなチャンスをものにするんだ。
まだ手描き全盛の時代、PCで絵を描くのは邪道とされていた。入社試験も手描き必須の会社ばかりだったからね。あのとき周りから小馬鹿にされながらも頑張ったキミにありがとうと伝えたい。
キミが使っていたPhotoshop2.0、今はPhotoshop CCって言うんだよ。CCって何よ?レモン?って感じでしょ。今は入学すると自分のPCを買うのが当たり前になったらしいんだ。しかもノートみたいに薄くてカバンに入るんだよ。凄いよね。
◆
二つ目に伝えた、「奈落の底より辛いこと」気になるかな?
残念な事にそれはデザイナーになったがために起きてしまうんだ。周囲の期待に応えようと睡眠時間を削ってデザインし続けた結果、体を壊してしまう。心が疲れてしまったんだ。
ペンもマウスも握れない。本屋でデザインコーナーの前を通るだけで手が震えるんだよ。信じられないだろ?
デザインと向き合えなくなってしまった。
二度とデザインができないのでは…と7ヶ月も思い悩んだ。
でも、大丈夫
心配いらない。未来のキミは幾多の困難を乗り越えて、過去を愛おしむように、今この手紙を書いているよ。
未来のキミは今でもデザインが大好きだ
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こちらの企画への応募作品です。
過去の自分を思い出しながら書きました。
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