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じ爺放談(KOGADOの冒険ワークショップ vol.37)

谷:
 お疲れ様です、どうしましたか。

北川:
 どうもしないです、今回はこれといって題材が思いつかなかったので、そういうときはもう社長回にしようかなと。社長が喋ることは、工画堂の全てなので。


 何を言うとるか(笑

北川:
 喋ってもらえばもらうほど、うちがどういう会社なのかがアウトプットされるわけじゃないですか。

谷:
 まあ、そうだね。でもちょっとしか読んでる人いないよ(笑

北川:
 続けていって残しておけば、あとから読んでくださる人がどんどん増えて、後に書籍化されるかもしれない。

谷:
 なるほどなるほど(笑
 そう言えばね、以前TAITAIさんの、インタビューあったじゃないですか。電ファミさんの。あの社長インタビューの記事ね、いまだに利用させてもらってるんですよね。

北川:
 利用?

谷:
 基本メールのフッターとかにURL貼ってあってね、そうすると、あんまり普段やり取りしない人って「なんだろう」と思って見に行ってくれるんですよね。だからああいうまとまりがあるとありがたいなってありますね。とってもいいと思った。

北川:
 なるほど。便利ですよね。便利って言っちゃうのも失礼ですけどw

谷:
 だからこないだJCGAで会ったときにTAITAIさんに二回目お願いしますって言ったんだけどさ、アップデートを。

北川:
 2024年更新版をw

谷:
 そうそう。もうだってあれやったのもさなんだかんだ言って2021年の年末とかじゃなかったかな。相当前でしょ、またちょっとしたいよね。

北川:
 何か言いたいことが、最近あるんですか?

谷:
 いや、特にない(笑)

北川:
 なんだw

谷:
 最近ちょっとそういうところがね、そういう押し出しがちょっとよくないよね。もうちょっと積極的に、うちはこうですっていう発信をやり続けなきゃいけないじゃないですか。

北川:
 ああなるほど。外向きに発信をするという意識が弱まってるかなっていう意味ですかね。

谷:
 そうですね。

最近考えていること

谷:
 JCGAでさ、改めて今年のテーマとして「継続」を重視したじゃないですか。コロナで間が空いたからこそ、継続することの重要性っていうのが再認識できた。だからそれをテーマに盛り込んだんだっていうふうにみんなに説明したんですよね。

=====
編集部注:
 JCGAというのはJapan Computer Game Associationという任意団体。弊社谷が事務局長となり、昨年末に4年ぶりで今回が18回目の忘年会を実施した。
https://jcga.org/

=====

北川:
 はい。

谷:
 そうしたら、今年は終わった後に結構多くの人たちからお礼のメッセージをいただいて、「すごく良かったです」っていう連絡がたくさん来たんだよ。年賀状とかも含めてね。その中に「テーマとなっていた「継続性」がすごく良かった、改めて考えさせられました」みたいなことを言ってくる人も複数人いて、いいねって思った次第ですと。

北川:
 なるほど。

谷:
 何事も継続ってことで考えるならば、常にアウトプットとか、押し出しも継続していかなきゃいけないんですよね。それがブランドの維持に繋がるのではないかと。

北川:
 押し出し、うん。そうですね。

谷:
 以前ね、これ何度も同じ話になりますけど、台町に引っ越した時に、ソフトウェア開発部のテンションがちょっと下がっちゃった時があったじゃないですか。あの時は周りのみんなから死んだって言われたわけですよね。

北川:
 あれよりも前から言われてましたけど、顕著にはなりましたよねw

谷:
 それの一つがコミケに出ないっていう小さなことだったりしたわけなんだけれども、そう考えると前回冬コミに出てないから少し心配だよねっていうのもあるよね。

北川:
 そうですね、うーんそのことについては、難しいですね。もう何かにつけて難しいですよねっていう一言で、片付けちゃうとか悪い癖ですけど。こないだの冬コミに出なかったことっていうところの話でいくと、いろんな側面からの判断ってあるじゃないですか。

谷:
 ある。

北川:
 一つには今のお話の「継続」みたいな視点、発信をし続けるみたいな側から見ると、出続ける、続けられるための何かをするっていう工夫や思考が必要ではあるんですけれど、一方で環境であったりトレンドであったりの外的要因が二つ三つ動いている中でのあの瞬間での判断なので、すぐには答えがわからないですよね。それが逆にね、面白さでもあるんですけれど。

谷:
 でもやはり、そこでいったん立ち止まって判断する、検討する、ということは常に大事なんだろうなっていうふうには感じる。そこをあまり深く考察をせずに出続けるっていうのはね、古い人であればあるほどやってきたところだったから。

北川:
 そうですね。

谷:
 担当者が言うように、ちょっと積極的な欠席っていうのを選んでみた初めての年になる。まあ、過渡期だからね。

北川:
 ぼーっとしてると10年20年あっというまに経ってるじゃないですか。時間の流れ方が我々のものと新人さんたちのものだとだいぶ違うように思うんですよね。

谷:
 ほらそれは、歳を取ると早くなるって、それは相対的に生きてきた時間が長くなるからって言うじゃん(笑

北川:
 それもあるとは思いますけど。ただ、若かった時とかはもうなんていうか、考える部分に時間やエネルギーをかけずに前に進むことに全部振っていて、間違うときも全力で違うみたいなことをやってた気がするんですよね。馬鹿ですよねw

谷:
 うんうん。

北川:
 それが歳をとってくると小賢しくなって、全部に突っ込むことはしない、失敗もしないけど何もしないことも多く起きるようになって、それも善し悪しだなと思うんですけれども、やってみないとわかんないことも多いですから。

谷:
 うん、そうだね。本当はね、やってきた事がうまく若い人たちに、ナレッジになって承継できているといいんだろうなと思うけれども、自分たちのナレッジをそのまんま承継しても価値がないみたいなんでね(笑)

北川:
 そうですねw 少しずつ変化しながらだったら、ここはもう古いから変えようとか捨てようってわかりやすいのかもですけど、時代のギャップを超えてぴょんって渡されると、きっと古いか新しいか標準なのか、例外なのかがもうもはやわからん、みたいになることが結構あるような気がするんですよね。

谷:
 でもさ、それが本当に事実だったとしたら、下の人たちが、先輩たちを敬わなくなるよね。

北川:
 敬われない年寄りたちが今世の中に増えているとされてるじゃないですか。やっぱり変化の速度が速すぎて、知ってることはほぼ有益な情報ではないみたいなことは昔に比べて起きがちな気がしますよね。
 これ最近の悩みではあるんですけど、僕が経験してきたことを教える、というか伝える事にどのぐらいの意味があるんだろうみたいなことはしょっちゅう感じていて、伝え方も都度都度考えてしまうんですよね。
先輩から教わったからって丸呑みされちゃうと、呑みこんだだいぶ後にこれ意味ないなって気づくとかとか、「これ僕が経験したことだからあなたの経験ではないけどね」みたいな、一応知ってることは伝えておくけどさ、って枕詞つけて話をするケースが当然多くなりますよね。受け取る側もまちまちでしょうし、内容よりもそこにばかり気がいくようになっています。

谷:
 かなり労力を割かなきゃなっていう感じはすごくしますね。古い人たちのノウハウが現在にまったく活かせないっていうことじゃないんだよね。あとは活かせてないだろうからって決めつけてハナから伝えないっていう選択ではなく、こういう手法があった、こういう考え方もあるっていう経験の部分を伝えるのは絶対必要だと思うから。そこは一生懸命下の人たちに語るべきだと思うよね。伝えないって決めちゃうと自分たちの価値が生かせないじゃない。

北川:
 そうですね。

谷:
 ノウハウを核にして拡大させていく変化させた物の考え方みたいなものを、自分たちもさらに変化や成長しながら伝えるっていうふうなことがやっぱり足りてないんだろうねってちょっと思えるよ。昔話だけをガーッと言って、俺たちはこれだけやってきたんだとかを言うからウザい人になっちゃう。自分たちの成長のためでもあるという意識が足りてないよね。

北川:
 そうですね。私ここ、冒険ワークショップでどんな発信をするのがいいかなということをしょっちゅう考えているんですけど、一つ到達したこととして、取捨選択は、受け取る側にやってもらおうっていう気持ちがあって。

谷:
 ああ、なるほど。

北川:
 というか、取捨選択って僕らだって、谷さんだってごく自然にしてきましたよね。先人の人たちがいろいろ言うことを、ここは取り入れよう、ここはちょっと違うだろうとか考えてちょっとごまかしてやめたり。伝える側になってるから忘れてしまってますけど、受け取る側は昔も今もごく自然にそれをやるんです多分。だから若い子たちの取捨選択のセンスを信じて、僕らは歳食って古くなって、速度も遅くなってだいぶみっともないんだけれど、ありのままをただそこにさらけ出して、若い子たちに適当に料理してもらうっていう姿勢が大事なのかなって、そう思うことが多くなってきました。

谷:
 うん、いいじゃないですか。今のところ結構重要だと思うよ。

北川:
 ちょっとずれますが、冒険ワークショップも何かを作り込んで出すっていうことを意識しないようにして、そこにあるものをそのまんまの形で出して、それを受け取ってくれる人がどう感じるかなっていうことの方がいいかなと思って。

谷:
 うん。

北川:
 だから今回も、前に谷さんと喋った時も、そのまま、なるべく作らないナチュラルな状態でお届けするっていう方が、お客さんも、評価しやすいんじゃないかなとか、そういうことを最近はすごく意識するようにはなりました。それで評価されなかったらほんとに価値がないってことになるので怖さはありますけど、でも仕方ないですw 取り繕っても仕方ないし、バレちゃいますし。

谷:
 まさにそこの姿勢こそが、逆に価値だと思うね。聞いててその通りだなと思ったんだけれども、昔のものだから価値がないんだって言って終わってると、ゼロだからね。
あと、格好悪い姿っていう言葉を使ってたけども、それをやるのが嫌な人たちの方が多いですよ。さらけだすのが嫌だって思うおじさんたちは多いです。

北川:
 そりゃ嫌ですよね。

谷:
 それをやってくれる人なんだってみんなに認識されれば、価値にはなるよね。
 よく勉強会の先生たちが同じように言うんだけれど、例えばすごく古いキリストの経典なんていつまでもずっと続くわけじゃない。仏教の経典も、古くならずに続くわけじゃない。経典とビジネスのナレッジを一緒にするなってのも当然あるけど、あえてわかってて言うけれど、古かろうがなんだろうが、受け止める人のその瞬間の捉え方によって、同じ言葉や文章でも違ったように解釈できるねっていうところがあるだろうからね。

北川:
 そうですね、後々の人たちの判断に委ねるべきですよね。
 ぐるって話戻りますけど冬コミに出なかった判断を、3年後5年後の子たちはどう思うのかっていうのはもうそこまで時間が経過していないと見えてこないものもきっとあるでしょうから、その都度その都度の、ごく自然な判断と、自然な姿をそのまま委ねていく素直さっていうのは必要かなって感じますね。

谷:
 そうね。何も考えずに出続けるっていうのをすごく僕は否定的だったんですよね。だから何かもっとちゃんと試算して、出るか出ないかを決めた方がいいんじゃないってずっと言い続けたんだけれども、現場の人たちがそこをしっかり考えてくれるのであれば答えがどっちになっても、きっとそれがベターな選択になるんだろうなとは思うけれどね。

北川:
 なかなかあれですね、揺れる判断ではありましたよね。僕も古い人間だし、何しろ続けてきた人間そのものなんで、やめるのが嫌なタイプの人間なんです。意味がないからやめましょうってのも、数値では現れない意味みたいなものもあるんじゃないかって思ってますし。

谷:
 僕も揺れたよ(笑)
 でもこのあいだのミーティングの時も、「コミケの情報がほとんど入ってこない」「自分たちが出てないとこんなにも凪になるのか」っていう話になってたじゃないですか。でもそれも、自分たちを肯定する意見とかは拾えるんですよ。

北川:
 「すっぱい葡萄」ですね。

谷:
 むしろその逆に一生懸命意識を向けないとだめだよね、きっとね。

北川:
 今これ、何の話でしたっけ?

谷:
 「継続」ですよ、継続。

北川:
 それでコミケの話になったんだ。

谷:
 ここしばらく僕は継続テーマで行こうかなと思ってるんで。

北川:
 なるほど。


(まだまだ続くんですが、この辺で)

社長とのおしゃべりでした。
「ちょっといいですか?」から、こんな感じにフランクに話をしてもらえるって、結構ありがたいことなんじゃないかって、これを編集していて思いました。……私も歳取ったなあ、数年前だったら思わなかったろうな。

ネタがなくなったらまたやります、ジジ放談をお楽しみに。

※「KOGADOの冒険ワークショップ」では、ソフトウェア開発部の北川がその時思いついた事柄を駄文にしたためております。取り上げて欲しい事柄などありましたらお気軽にリクエストください。
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