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ひと夏の選択(肢)


 ひと夏の経験、という言葉があります。
 経験(値)で成長するのは〝RPG〟というもので。
 わたし達、ユリイカソフトが作ってるのは(葉亭さん達はまた別ですけど)
 ノベルゲームというもので。
 ノベルゲームは経験(値)ではなく
ストーリーの分岐、キャラクターの選択で成長するものなんだそうです(ほのかさん談)
 なるほど?
 ……すみません、よくわかってません。
 ともかく。だから。つまり。
 これは成長のお話なのかもしれません。わたしの。甘く、結ばれたわたし達のーー……



 いつかの、ひと夏の選択(肢)


●こころ編『”ぴとっ”か”ひらー”か』


 夏です。暑い季節です。
 わたしとこころは今も、ユリイカの社員寮にいます。


「あー……なついー……」


 こころがぼやきます。
 なつい、懐かしい、の略ではありません。夏い、です。発音は完全に「あつい」でした。
 わたしの……と言っても、もはや誰もが姉妹の部屋として認識している、わたしの部屋で。一応、エアコンはあって、冷房も効かせてはいますけど。
 それでも。
 どうしたって。
 はい。
 ええ。

「あの、えと、こころ、それは……こんなにくっついてたらそれは暑いと思うよ……」


 はい、いくら冷房を効かせていようと。壁にもたれて座っている、わたしとこころ。身を寄せ合って、肌と肌をくっつけあって。
 そうです、まるで雪山で遭難して、体を温めあってるような真逆の格好で。愛し合う恋人同士みたいに(実際そうなんですけど)仲のいい姉妹みたいに(実際なにからなにまで、そうなんですけど)(……と言えることが嬉しいです)(あ、ではなくて)
 ぴとっ、なんていう擬音が似合いそうな姿です。触れ合っています、肌と肌が。

 夏です。
 こころの体温。こころは若干、体温が高めで(まだ若いからでしょうか……)どちらかというと、熱を感じているのはわたしのほうですけれど。
もちろん、嬉しいです。こころとくっついているのは。
 大好きな妹ですから。
 でも、ですね。汗が。汗が。

「離れようよ、冷房あんまり強くするのは体によくないから団扇で扇いであげる。ね」

 姉として。妹想いの姉として言いました。
 これ以上ない、できる姉としての発言だと思いました。
 なのに、こころは。


「やー!」
「えええええええええ……」
「やー! なのー!」

 お子様です。暑さは、というか、夏は人を幼児化させてしまうんでしょうか。子供っぽく、頬をふくらませたこころは、とっても可愛いですけれど。

「えーい!」

 そんな掛け声とともに、こころはぐいっと両足を持ち上げ、わたしの足、というか太ももの上に、どーんと乗せました。どーんと。えいやーっと。

「ええええええ……」
「にっひひー、さらにがっちゃーんこ」
「こころ、これはさすがに」


 暑いよ、と言おうとした、ら。

「ーーんっ」


 妹の、くちびる、が。
 わたしの太ももに足を乗っけたまま、こころが顔を寄せてきて、わたしの唇に唇を重ねました。
 キス。
 しっとりと湿って、少し前に飲んでいたメロンソーダの味がかすかにして、柔らかくて。
 キス、です。妹とする、キス。
 いえ、それはもう何度もしてきていますから。はい、今さらわたし達がキスをしたところで姉妹だからって驚くようなことではありません。開き直りすみません。それにこんな不意打ちのキスも何度もされてますから、わたしは今更驚いたりはせず(……本当はまぁまぁ驚きましたけど)こころの唇を受け入れます。嫌な気がするはずもなく。
 自然と肌の密着は増して、こころの体温を感じるーーというより、わたしとこころの熱が混ざりあうように感じて。ふたりの体の境界線がとけてなくなって、ひとつになるような。
 そんな錯覚すら。
 覚えて。


 夏です。

 …………って。

(なが、い?)

 キスが。わたしの唇に触れる、こころの唇が。いつになっても離れません。
 30秒? 一分? 何分?
ーー熱。こころの熱と、柔らかさだけを、わたしは感じて。妹の、熱を。
 たっぷり五分はくっつけていたでしょうか。唇をふさぎ合ってる、そんな恰好でもあるので息苦しさも覚えだして。どちらからともなく、離れました。わたしは困ったように眉を寄せて、こころは悪戯っぽそうに笑って、わたしを見ていて。

「あい、鼻の頭、汗かいてる」
「だって……こころが離れてくれないから。呼吸が」
「体だって、こーんなにくっついてるもんね」


 夏なのに。
 夏だから。
 こころと過ごす夏だから。
 どうしたって、熱が。

「どうする、あい。離れる? このままくっついてる?」
「ーーふぇ……?」

 悪戯っぽく、小悪魔っぽく、誘うかのように言うこころに。わたしは固まってしまって。
 こころを見返すことしかできません。
 今もふたりの体は密着していて。熱を感じて、吐息を感じて、肌と肌の間に汗を感じて。
 背中を伝う汗も感じて。
 部屋には古いエアコンが稼働する、小さな音。こころがもう一度、言いました。丁寧に。誘うように。

「このままー、ぴとっとくっついてるかー、ひらーっと離れるか」
「……ぴとっと……くっついてるか……ひらーっと……はなれるか……?」

 うわごとのように繰り返すわたしです。だって……ですね……。

「”ぴとっ” か ”ひらー"か。あいが選んで?」
「わた、しが……選ぶ?」
「そっ。それによって見れるこころちゃんイベントCGが変わります♪」
「い、いべんとしーじい……」



選択肢
『ぴとっ』
『ひらー』

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