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「Still Summer Short Stories」その1



これは、夏の終わりの終わらない夏の終わりの、お話―――



『それはいつかの星々のように』


 ここだけの話。

ええ、はい、うん、あのですね。わたし、聞きました。
聞いてしまいました。知ってしまいました。それは、それは……なおちゃんの秘密。
わたしの大事な妹で、結ばれた恋人で、両方合わせて〝恋妹(こいいも)〟の。たぶん、なおちゃんはわたしに知られてるって、まだ気づいてない。珍しい。わたしの秘密、隠し事はなんだってなおちゃんに知られてしまうけど。いつの間にか知られてしまうけど。
そんなことはよくあるけど。逆のかたちなんてこれまであったかな。
記憶にない。
でも、聞いてしまった。夜。一緒のタイミングでベッドに入って、おやすみなさいして。
当然、わたしはすぐに寝入ってしまったんだけど(寝つきのよさに自信あり)何時間かして、ふと目が覚めて。明け方。
下のベッドから。
なおちゃんの寝言、を。
覗きこんで、寝顔を確かめたから間違いない。寝てた。
寝言。
……驚いた。なおちゃんがそんな秘密を抱えていたなんて。お姉ちゃんびっくり。ドキドキした。
知らなかった。
いやー、なおちゃんがねー。
まさかだよ、まさか。
まさか――……、

(なおちゃんたら、実は……〝焼肉〟が好きだったなんて!!)

それもハラミ(肉の部位)が。
寝言でそんなようなことを言ってて。初聞き。ちなみに、わたしはネギタン塩推し。そんなわけで。

 今回は、わたしと恋妹なおちゃんの〝焼肉〟を巡る話です。

 …………え、ほんと?

***

「お姉ちゃん?」

なおちゃんに声をかけられて、はっと我に返った。
慌てて、わたしは「あっはい!」なんて返事。
頭の中じゃ、今朝方聞いたなおちゃんの寝言(焼肉さま)のことを考えてて。

「つ、壺漬けカルビもいいよね!」
「……カルビ? お姉ちゃん、お腹空いてるの?」
「いえ、なんでもありません!」
「??? どうしたの、お姉ちゃん?」なおちゃん、怪訝。
「なんでもないなんでも。えへ」

だいじょぶだいじょぶ、とぱたぱた手を振ってごまかすダメお姉ちゃん。
ここは帝都看護の看護実習室。
日曜日、夏休みが終わっての、最初のお休みの日。
看護学生二年目の夏。
九月っていうと、カレンダー的にはなんだか夏の終わりって感じがするけど、まだまだ暑くて。
終わりって感じはしない。幸い、実習室には冷房が効いてて、でも窓の外を見れば夏晴れの聖蹟百合ヶ丘の街並み。強い日差しと真っ青な空、白い雲が見えてる……暑そう。
夏です。
涼しくなるのは、まだもうちょっとかかりそうな。
看護技術の自習中、わたし達。

「ほんと? お姉ちゃん」

わたしのごまかしに、なおちゃんが小さく首を傾げてる。
それから「ちょっとほっぺ火照ってるみたいだけど――」って言ってなんてことない感じで、顔を近づけてきて、わたしのおでこになおちゃんのおでこをくっつける。
おまじないをするときみたいに、して。
ちっちゃく、うーんって唸って。

「熱とかはない、ね。うん――……」

おでこをくっつけたまま、安心したみたいに言うなおちゃん。
額から感じるなおちゃんの体温。
なおちゃんのいい匂い。間近にあるなおちゃんの顔。自慢の妹の、結ばれた恋人の、〝恋妹〟の、かわいい顔。吐息。細く開いて少しだけ白い前歯が覗いてる、可憐な唇。
ですので。

「……ちゅ」
「!?!?!?」

思わずしちゃいました。キス。
軽く。触れ合う唇。
もう何度なくしてるキス。
なのに、なおちゃんはすごく驚いて、わたしから顔を離す、くっついてた額が離れる。ほっぺ真っ赤。

「えへへ、しちゃった」
「……も、もー……ダメだよ、お姉ちゃん。…………人いるのに」

唇にそっと指先を添えて、声を小さくして、なおちゃんが言う。
休日の実習室には、わたし達の他にも看護学生の姿。でも、こっちに気を向けてる人はいないっぽい、です。確かめて、だからキスしたってわけじゃないけど。

「…………お姉ちゃんたら」

もう何度となくしてるのに(大体わたしから)なおちゃんは、まだこんな不意打ちぎみのキスには照れたりする。
うん、可愛い。愛しい。

「つ、続きしよっか、ねっ。お姉ちゃん」

なにかを振り切るみたいに、いそいそとなおちゃんが言う。

「え、キスの?」
「ちち、違うよ! 看護技術の! 練習の!」
「あ、そ、そっか。そだね、うんっ」

勘違ったわたしもそう答えて……ええ、こっちを訝しげに見だしてる周りの目も感じましたので……意識をそらす。自習自習。わたし達は看護学生なんだから。それも大事な二年目の。
忘れちゃいけない(忘れがち)

 ……で。

自習に戻って、どれくらいが経ったか。

「そういえば、お姉ちゃん」

なおちゃんが、ふと言った。「ん?」って、わたしは見返す。なおちゃん続けて、

「今年の夏休みは、しなかったね。プチ家出」
「あー……」

眉間にシワを寄せて、わたし。
大幸家名物、長期休暇終わりの姉プチ家出。帝都看護一年目の夏にはやってた。

「……忘れてたよ」
「そうなんだ」
「忘れてるってことすら、忘れてたよ……」

どよんと、わたしは言う。
看護学生、二年の夏休みは、はっきり言って一年と比べものにならないくらい課題課題で忙しくて、気づいたら終わってて、忘れてたのを思いだしたのは学校がはじまってから。

「あ、あはは。まぁ大変だったもんね」

 苦笑するなおちゃん。

「むしろ……早く終わってくれって思ってたよ……夏」
「そっかぁ」

なおちゃん、顔を窓に向ける。窓の外を見る。
まぶしいものを見るように。どこか、名残惜しそうな、残念そうな様子で。しつこく居座ってる夏を。
夏の景色を。

「なおは、終わらないでほしかったなぁ、夏」

 それでも確かに終わりゆく夏を。

 ――じゃあ、ね。お姉ちゃん。そう、なおちゃんが言った。


「なおにつき合ってくれないかな。プチ家出」

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