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白衣性愛情依存症~バッドアフターパック~


作りすぎたシチューのお話 ~いつき~



……作りすぎました。

「あーこりゃ完全に作りすぎたな」
「作りすぎたよねえ……」
「作りすぎ作りすぎ、何人前だよ」
「勢いで作りすぎたあああああああああああああああ><」
「勢いというか、適当だろ。この作りすぎは」
「勢いと適当で作りすぎた!」
「ほんっと作りすぎだわ、食いきれんの」
「わかんない、作りすぎた」
「いやー、作りすぎた。楽しかったけど、作りすぎた」
「うう、作りすぎた……何日食べ続けることに」
「やだーちょー作りすぎー」
「うわーん、作りすぎた!」

 ……〝作りすぎ〟言いすぎてる、わたし達です。
 ザ・シチュー。
 いえ、お味にはちゃんとこだわってますけど。白藍寮のちっちゃなキッチンに、けっこうな存在感を放ってるおっきなシチュー鍋を前に、わたしといつき、「作りすぎた」しか言えなくなってる。
 ううん、でも。でも。

「美味しそう……ではあるよね、ちゃんと」
「そりゃまぁ〝あたしの〟料理なんだから美味しいのは当然」
「偉そうにー、いつき見てるだけだったじゃん」
「うん、作りすぎてんなーって思いながら見てたさ」
「言ってよ! 思ってるだけじゃなくてさ! ぷー」
「でも……食べきってくれるんだろ? ―――あすかは」

 狭いキッチン、わたしの隣に立ってるいつき。お洒落なメガネ越しに、謎めいた、どこか艶っぽい視線でこっちを見て。うう、誘惑されてるみたい。

「もちろん、全部食べるよ。誰にもあげないんだから」

 にっこり笑って、答える、わたし。

「――――――」いつきは静かな笑み。それは、どこかあどけなく。
「大丈夫、食べるよ」
 念を押すように、安心させるように、わたし。

(だって、いつきの料理です)(好きな人の)(特別な人の)(わたしとひとつになりたいって言ってくれた人の)(料理)(そんなの全部食べるに決まってる)(誰にもあげない)(スプーンの一掬いだって)(お肉のひと欠片だって)(全部、全部、わたしのもの)(わたしだけのもの)(そうしたいって思ってる)(わたしは)(わたしが)(食べたいって)(食べてあげたいって)(いつきの)(いつきを)(ぜんぶ)(ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ)

(そして、ひとつに)

「食べ……るけどさ」

 だけれども、わたしは視線を目下のシチュー鍋に戻して。

「いろいろ、アレンジはしたいよね。シチューを使った料理って、どんなのがあるんだろう。ドリアとか……コロッケとか? あ、オムレツにも合うんだっけ」

 料理なんて、生まれてこの方、したことなかったわたしだけど、ここ最近だけで、すっかり詳しくなっちゃってる。主に、肉料理ばっかですけども。

「今からもう食べ飽きたときの心配かよ、失敬だなー」
悪戯っぽく、いつき。

「あはは、そだね、飽きてから考えよっと。とりあえず、今は食べよ食べよ」

 わざわざ、このためだけに買ったシチュー皿を、わたしは手に。白くて、ぴかぴかな陶器製のシチュー皿。きっと、これに盛りつけたシチューは、深い茶色と鮮やかな白のコントラストでとってもキレイで。食欲をさらにそそってくれるはず。
 では。
 ・
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(おへやで食事中)
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 食べ終わると、いつきの姿は見えなくなってた。

「あー、またいなくなってるし」

 わたしは部屋の中を見回して、不満の声。まぁいつものことなんで、慣れたと言えば慣れちゃってます、けど。いつきが姿を見せてくれるのは、お食事タイムだけ。食べ終わるといなくなってしまう。すぐ。

「うわー、おなかいっぱいだー」

 がっつり大盛りを食べて、膨らんだおなかを撫でて、わたし。で、食器洗いのコツは食べ終わった食器はなるべく早く水に浸けること。立ち上がって、わたしはシチュー皿を手にキッチンへ。

「えっと、シチュー食べきったら、食材なくなるんだっけ……あ、まだ残ってたなー。でも、あれ、どうやって料理したらいいんだろう。うーん、なおちゃんに相談……」

 わたし、ブツブツひとり言。一人きりの部屋にこぼれる呟きは、どことなく、虚しさがあって。わたしはシチュー皿をシンクに置いて、冷蔵庫の前へ。残りの食材を確かめるために、ドアを開ける。ひやりとした冷気が顔に触れてくる。
 わたしが食べ終わるとすぐいなくなっちゃういつき。寂しくないと言えば嘘になる。けど。

「あ」

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