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1,500年の和の香りの歴史をいろどる至高の香木「伽羅」を聞く──スティックタイプの「伽羅のお香」をつくりました

こんにちは、京都より200年の系譜をもつ香木・香道具店 「麻布 香雅堂」 代表の山田悠介と申します。「オープン・フェア・スロー」をキーワードにお香の世界に関わっています。

前回に引き続き、香雅堂の店頭で寄せられる声にお答えするnoteを書いてみようと思います! 今回は「スティックタイプの伽羅(きゃら)のお香はありますか?」というご質問についてです。

結論から言ってしまうと、「ありませんでしたが、つくってみました!」という感じです。記事の最後に実際につくったお香を紹介していますが、まずはその理由や背景をお話させていただけたらと思います。

そもそも「伽羅」とはなにか?

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伽羅は香りのする木=香木(こうぼく)の一種ですが、香木のなかでも特別な存在です。一言で表現すれば「和の香り1,500年の至高の存在」と言ってもいいと思います。なぜそれほど重要な香木なのでしょうか。それにはいくつかの理由があります。

伽羅の価値その1:戦国武将が競って求めた

ひとつの茶碗や茶入といった茶道具が、お城と同じ価値を持つこともあったと言われる戦国時代。政治や数奇のために大名たちが集めたコレクションのなかに、香木も含まれていました。

先日放送された大河ドラマ「麒麟がくる」にて、織田信長が「蘭奢待」とよばれる香木を手に入れる場面は、まさにその重要性を表しています。あの場面に登場した蘭奢待は「伽羅」ではなく「黄熟香」と呼ばれる香木ですが、香木を求める大名の心情が伝わってくるのではないでしょうか。

ほかにも、明和九年(一七七二年)に著された『翁草』によると、長崎に到着した伽羅の大木をめぐって、細川家と伊達家との間で入手を競う事態になったと書かれています。少し物語を紹介します。

細川三斎が遣わした家臣興津弥五右衛門は、香木の下部(末木)で良しと主張する相役(同僚)を討ち果たし、より上質とされる上部(元木、あるいは本木)を首尾よく買い求めて熊本に帰りました。上質な香木を手に入れたものの、同僚を殺してしまった弥五右衛門は事の次第を報告し、三斎に切腹を願い出ましたが許されません。ようやく三斎が亡くなったあと、一周忌に殉死を遂げました。

当時の大名家にとって、香木がいかに貴重な存在だったことが感じとれる逸話です。ちなみに、明治の文豪・森鴎外『興津弥五右衛門の遺書』に描かれたことでも知られています。

伽羅の価値その2:香道の最重要人物

室町時代の終わりごろに芽生えた、約500年の歴史を持つ文化「香道」においても、伽羅は必要不可欠な存在と言えます。香道では「10人程度で集まって、香木の香りを聞き分ける遊戯」を行うのですが、このときにも必ずといっていいほど伽羅は登場します。

そして、香道のお稽古をされている方の90%以上が「いろいろな香木それぞれ好きだけれど、やっぱり伽羅が一番」とおっしゃられます。筆者の個人的な体感値ではありますが、多くの人に強い印象を与える香りだと思います。

ちなみに、香道の世界で香木は六国(りっこく)と呼ばれる六種類に分類され、それぞれの香りの特徴が言語化されています。その中でも伽羅は「宮人の如し」と言われ、ベタ褒めというか別格扱いをされています。以下に伽羅を含む六国すべての香木の説明を紹介したいと思います。『六国列香之辨』という約500年前の書物に書かれた記述であり、現在では不適切も表現が見られますがそのまま掲載します。

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【伽羅】そのさまやさしく位ありて、苦味を立るを上品とす。自然とたをやかにして優美なり、譬えば宮人の如し。
【羅国】自然と匂いするなり、白檀の匂いありては、多くは苦を主る。譬えば、武士の如し。
【真南蛮】味甘を主るもの多し、銀葉に油多くいづること真那蛮のしるしとす、然れども外の例にも有るなり、真那蛮の品は伽羅をはじめ、その餘の列より誠にいやしく、譬えば百姓の如し。
【真那賀】匂ひ軽く艶なり。早く香のうするを上品とす、香に曲ありて、譬えば、女のうち恨みたるが如し。
【寸門陀羅】前後に自然と酸きことを主る、伽羅にまごう、然れども位薄くして賤しきなり、其の品、 譬えば、地下人の衣冠を着たるが如し。
【佐曽羅】匂い冷かにして酸味あり上品は焚出しに、伽羅まがう聞あり。
しかれども自然と軽くして、余香に替われり。其さま僧のごとし。

伽羅の価値その3:育てることができない

科学の進歩が目覚ましい現代においても、伽羅の生育過程の全容はわかっておらず、人工栽培も非常に難しいとされています。品質の高い栽培モノも現れてはきていますが、天然モノとの差は依然として大きいです。そのうえ、育成に50年から100年ほどかかるとされる伽羅は、1980年代に原産地のベントナムで乱獲が進み新しいものが出てくるまでかなり時間がかかるのではないかといった見方もあります。

その結果として、上質な伽羅の小売価格は、2021年現在で1gあたりが50,000円以上という状況です。一時はオークションで1gが160,000円ほどで取引されるという恐ろしいことも起きていました。貴金属の金と比較してみると、金は2021年1月12日現在、1gあたり約7,000円弱で取引されています。グラムあたりでは金よりも高いと考えると、驚かれる方も多いのではないでしょうか。
※このあたりの事情について書いたnoteです、もしよろしければご覧くださいませ。

どうやって伽羅の香りを聞くのか~聞香・香道~

伽羅の存在価値にいろいろな角度から触れてきました。では、そんな貴重な伽羅の香りを愉しむ=聞くにはどうしたらよいのでしょうか。いろいろな方法がありますが、和の香りの世界においても、筆者個人の感覚においても伽羅の香りの特徴を最も感じることができるのは、「聞香」の形式と考えられています。

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ただ、この「聞香」の形式をいきなり実践するというのは、道具や火加減といった面から現実的ではありません。そこで、同じ形式で伽羅の香りを聞くことができる香道のイベント「香席」にご出席いただけたらと思います。とはいえ、香席にご参加いただける場所・機会はかなり限られており、香雅堂でも1ヶ月に多くても20名程度のご参加の機会をつくるのがやっとという現状です。2021年1月現在は感染症の状況もあって、さらに少なくなっています。

スティックタイプの伽羅のお香をつくってみる

ただでさえ高価であり、そのうえ実際に聞く機会も少なくなっている……そういった状況のなかで、香雅堂ではご自宅で伽羅の香りを聞いていただけるように、スティックタイプのお香を実験的につくってみました!

……ただ、ご紹介する前に率直に書いておけば、先ほど記した聞香とまったく同じ香りを聞くことができるわけではありません。というのも、聞香の場合は加熱する際の温度が180℃程度なのに対して、直接火をつけるスティックタイプの場合は700℃程度と大きな差があり、香りの印象がそれなりに変わってしまうからです。それでも、自宅で簡単に伽羅の香りを聞くことができる機会はとても貴重ではないかと考えています。

製作にあたっては、淡路島に暮らすお線香職人さんと協力しました。その際の製法やプロセスについて、せっかくなので少しご紹介します。

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① 伽羅の引き粉を集める
わたしたち香木店は、伽羅をはじめとしたさまざまな種類の香木を少しずつ切ったり割ったりして、0.1g単位でお客様にお分けしています。その過程のひとつに鋸で挽く場面があります。今回は伽羅だけでお香をつくるため、伽羅の木を挽いて引き粉を集めます。

② ふるったり練ったり
続いて、集めた引き粉をふるいにかけ、スティックタイプのお香に使えるような粒子の細かいものだけを選別します。伽羅の引き粉だけでは成形できないため、香りに影響が少なく粘り気をもつタブノキの樹皮を40%と、途中で火が止まってしまわない為に炭を10%入れ、少量の水でよく練り合わせます。さらっと書きましたが、香道で使用するクラスの品質の伽羅の含有量が50%で、残り50%のつなぎも天然素材というお香は、他に類をみないと思います……!

③成形する
最後に、練ったお香を成形していきます。スティックタイプのお香を製作する場合、通常は30万本≒約100kgロットからになります。しかし、今回は実験的に製作するため、かなり小ロットです。はじめは手や注射器で成形するといった既存の方法を考えていたのですが、デメリットが大きかったため採用できませんでした。

どうしようか考えていたところ、なんとお線香職人さんがこの企画のために「スティックを1本ずつ成形する機械」を製作していただきました……! 職人さんの粋なはからいと工夫によって、スティックタイプの伽羅のお香が完成したのです。

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伽羅の香りを聞いてみたい方へ

そうして完成した伽羅のお香は、実験ということもあって、なんと「5本」です。しかも価格は1本10,000円(税別)。ものすごい金額になってしまったと思ったのですが、どのように計算しても原料費的にこうせざるをえませんでした。冗談みたいな数量ではありますが、香席への参加が難しい、しかし伽羅の香りに強い関心があるという方のお手元にお届けできれば、とても嬉しいです。
※2021年2月6日(土)16:00より、KOGADO STORE(以下リンクより)にて販売いたします。

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【連載】お香と100年、生きてみる
オープン・フェア・スローをキーワードに活動する香木・香道具店「麻布 香雅堂」の代表・山田悠介が書くnote。謎に包まれた和の香りの世界のことを、様々な切り口から紹介させていただきます。既にお香が好きな方に、潜在的にお香を必要としている方に、この連載を通じて少しずつご興味をお持ちいただけたら嬉しいです。

【プロフィール】山田悠介
香雅堂代表。1986年、東京の麻布十番に生まれる。「悠さんのランドセルは香りでわかる」と言われる様に和の香りと共に育ち、約10年前から香雅堂に関わる。テニスを中心としたスポーツ・村上春樹さんをこよなく愛する、2児の父。家業・家庭・自分の時間、細く長くバランスよく、中庸に100年生きることを目指しています。



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