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20 東部学園都市の歪み

 その時、ガラガラという音と共に教室のドアが開き一人の人物が姿を現した。

「ん、ゼア?」
「やぁ、シュレイド。探したよ」
「何か用?」
「ああ、エナリア会長が前にまた話をしようって言ってただろ?」
「そういえば、そんなこともあったような」
「はぁ? なんで生徒会長がシュレイドの事を呼び出すわけ? またなんかしたのアンタ!?」

 ミレディアが驚いて詰め寄る隣ではメルティナがぽつりと
「よび、、、だし、、、??」
 と呟きうっすら赤い顔をして小刻みにぷるぷる震え出していた。

「だから、別に何もしてないんだって、、、いや、した、のか?」
「ほら!! やっぱり!!」

「これ、ま、まさか、、、これが、噂の、、、告白の呼び出し!?」

 先ほどまでぷるぷるしていたメルティナが突然意味の分からない言葉を発した。

「なにそれ!? 気になる何その単語! その言葉!! その意味とは!!」

 ミレディアの興味は一瞬で切り替わってメルティナと話しだした。

「あ、あのね。寮の同室の子に聞いたんだけど、学園では今、告白ブームが起きてるらしいの!!」
「告白ブーム!!?? そ、それでそれで??」
「気になる人を時間と場所を指定して呼び出して!!」
「うんうんそれで、それから!!??」

 二人は徐々にヒートアップして妄想全開で話をしていく。

「この二人は、一体どうしたんだい?」
「き、気にしなくていいと思うけど」
「そう? それじゃあ俺達は行こうか、こっちだ。来てくれ」
「二人とも、また、な……って、聞こえてないか」

 シュレイドの声が聞こえているのかいないのかわからなかった。
 教室から出ていく際も更に熱を高めるメルティナとミレディア、今度はなぜか少しずつ青ざめていく表情のメルティナの声が聞こえ続けていた。




 生徒会室があるのは、幾つかの校舎棟の中庭にあたる広場の中央付近にある独立した建物の中。一般生徒が使う校舎と違い、生徒会室をはじめ、有力な生徒達を取り巻く派閥ごとの会議用の部屋となっている。
 これは東部学園都市コスモシュトリカの一つの特徴でもあり、集団で協力して戦う事に特化する東部の戦術の会議の核、要の場所となっていた。
 どの派閥とも連携を取りやすくする目的であったこの場所も現在は東西戦の時期以外はあまり上手く機能をしていない。

 というのも生徒会長という座に各派閥共に自分達のリーダーを置きたいという思惑があり、東西戦以外はそれぞれがライバルとなる為、交流が少なくなってしまっているという状況だ。

 ここに現在の東部の低迷の原因があることに気付いている者は少ない。内部での立場の確立だけに躍起になっている一部の派閥の者達の動きにより、東部全体の統率が取れないのだ。

 そうなってしまっているのは現在、東部学園都市コスモシュトリカの現生徒会長という座についている生徒であるエナリア・ミルキーノの生まれが関係している。
 元々、誰でも騎士を目指せるようになるというのが双校制度上の利点であり、多くの生徒は国内では地位の低い人間達がほとんどで貧困からの脱却の為にここにくる者が圧倒的に多い。

 この学園は入学することで、生徒の家族には報奨金という名で金銭が与えられている。命がけで騎士を目指す者達への国からの温情であり、それを目当てにしている生徒が現在ではおよそ7割と過半数を締めている。かつての戦乱の世においては純粋に騎士を目指すという者も多くいたが、大きな戦いのない時代においては、ここに来る生徒達の目的はかつてとは大きく異なっていた。

 そんな中で国内でも有名貴族であるミルキーノ家の出身の生徒が生徒会長となった。金銭的に困っていない者が学園にくることをよく思わない者達が現れ始める。勿論、元の貴族という立場から支持者も多いのだが、結果、大きく東部学園都市の内部では混乱が起きている。

 貴族出身の生徒自体が双校制度上の歴史でも珍しい事ではあるが、現在は西部学園都市の生徒会長ティルス・ラティリアも貴族であり、両学園共に生徒会長が貴族の生徒という双校制度の歴史上初となっている。
 貴族は本来は騎士よりも基本的に地位が高く、金銭面でも困ることがほぼない為、学園に来るという事はまずありえなかった為にこのような状況が生まれてしまっていると考えられる。

 要するに妬みや嫉妬の類であるのだろう。

 だが、こうして貴族の地位であるエナリアが生徒会長になることに少なからず反発をする者が東部では現れていることで、今の東部の主力の生徒達はそうした派閥間のいざこざに巻き込まれており、かつての長所であった連携重視の東部の戦術を取れていない。

 東西戦と呼ばれる争いに東部が現在負け続けているのもこの辺りが原因となっていた。西部は元々、個に特化した戦術が主流だ。目標に対してそれぞれ個人の考え方が確固たる者が多い、東部よりも強い騎士になるという個の目標を持つ者の割合が多い事と単騎能力至上主義が嚙み合っているのが今の西部の戦場での突破力、強さを生み出している。

 連携の取れない東部の状況で学園内の秩序を保つために今の生徒会は機能せねばならず、その解決に苦心していた。
 学園内の自治が生徒達に一任されているという双校制度の環境上、生徒会を中心とした組織がこの学園内を治めているといっても差し支えがなく、何か学園内でトラブルが起きた時にはすぐに対応が出来るようにこの場所に建物があるのだが、派閥間の小競り合いの鎮圧にその時間の多くを奪われてしまっている。



 そんな今の生徒会がある建物へと向かう途中の廊下でこの間とは様子の違うシュレイドの空気が気になり、ゼアは口を開いた。

「何か、あったのか?」
「え?」
「いや、教室に入ってすぐ気にはなったんだけど」
「あ、いや、んーと」

 シュレイドは言い淀む、こんな話をしてもいいものなのかが判断できずに言葉がうまく出てこない。

「……先の目標がない、とか? 違ってたら申し訳ないけど」

 ゼアはシュレイドの心を見透かしたようにそう言った。シュレイドは内心驚きつつも素直に言葉を返した。

「……ああ、多分、近い事なんじゃないか……とは思う」
「新入生にはよくある事だよ」
「そうなのか?」
「ああ、この学園に入ることが目的になってしまって、いざ入ったはいいけど、これからどうすればいいかわからないって者も、今では多いみたいだからね」
「入ることが目的になる?」
「ああ、それに君はあの大英雄の孫であるという事を忌避していたみたいだし、もしかしたらってね」
「……」

 ゼアは廊下から見える外の景色を眺めながら立ち止まった。
外では様々な生徒達が各々過ごす様子が目に入ったが楽し気な者達が多く談笑して過ごしていた。
 平和そのものな様子ではあるが、現在の学園内では問題の一つともなっている。そう、先ほどの有力派閥の生徒達以外は緊張感がなさすぎるのだ。

 本来であれば自由な時間は騎士になる為に心血を注ぐ時間だ。だが、多くの生徒はそれを放棄し、友人たちと語らい、好きなことをして過ごしている。過ごし方が自由だとはいえこの姿は双校制度の目的としては非常に危うい姿であると言える。

 ゼアはそうした様子を一瞥した後、シュレイドに向き直って話を続ける。

「今ではこの学園に入れば、もし騎士になれなかったとしても色んな仕事に就く際に有利になっている」
「そうか、騎士を……目指してない生徒も今では多いってこと、なんだな」
「ここから今見えている生徒達の中で本当に騎士を目指している人間は一体、何人いるんだろうね」
「……ゼアは、騎士を目指しているんだよな」

 その問いにゼアはシュレイドへと向き直って静かな声で聞いた。

「勿論。その為に俺はここに来た。君は、やっぱり、違うのかい?」

 シュレイドはどう答えたらいいのかが分からず再び口を閉ざした。

「……その様子だと。シュレイドは何かに迷っている。そういうことか」
「悪い。その、こう、うまく、言葉に出来なくて」
「構わないよ。誰にだって悩みはあるものさ」
「……騎士になりたいなりたくない以前に……俺自身……どう生きたらいいんだろうなって」
「シュレイド」
「目標ってやつ? なのかな……それが、全然分からなくて、それがないままで、ただ楽しいってだけで剣を奮い続けるのは、本当にダメなのかな」
「……」

 シュレイドは自然と話していた。ゼアの人柄もあるだろうが、自分と同じ剣を扱う生徒として、何か自分に足りないものを既に彼が持っている気がしたからだ。そんな姿を見たゼアは言葉を選びながらシュレイドに質問をする。

「……シュレイド。君には、守りたいものはあるかい?」
「まもりたい、もの?」
「ああ」
「……それもよくわからない」
「そうか」
「ごめん」

 ゼアは柔らかくにこやかな笑顔ながらも僅かに空気を固くした。

「あやまることはない、けど」
「……?」
「それ程の強さを持ちながら目指す先が無いっていうのは、勿体ないな」
「俺は、決して強くなんかない」
「そうかもしれないね。けど」

 ゼアは初めて見る表情でシュレイドを直視した。

「そうやって周りから見えている今の自分の姿を否定して、避けて、いや逃げているのはどうしてだい」
「……逃げている? 俺が?」
「シュレイド。君は悩んでいるんじゃなくて逃げているんだな、きっと」
「……」
「その強さがあれば、きっとシュバルトナインを目指すことだってできるだろうし、騎士としてこの国の役に立てるだけの地位は確実に手に入るだろうな。他の生徒から見れば、英雄の孫という肩書も相まって、これから先、とても楽な道を進んでいるように周りから見られると思うよ」
「楽な道」
「すなまい。悪く言うつもりはないんだ。俺も正直その才能に少し嫉妬している。だからこそ少し今の君の話を聞いて、僅かながら憤りを覚えてしまってもいる。許してくれ」
「……なぁ、ゼアはどうして、騎士になろうと思ったんだ?」
「俺は……」

 ゼアがシュレイドの問いに答えようとした時、周囲に響き渡るような大きな声が辺りに響いた。





続く
作 新野創
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