13 剣を持つ生徒
「おいおい、エナリア様が構えたぞ!? たった一人を相手に!? いつぶりだ??」
「前回の東西模擬戦闘の時の西部生徒会長ティルス・ラティリアとの一騎打ちの時に見て以来じゃないか!?」
「な、、あの新入生それほどのやつなのかよ?」
「初日の食堂だぜ? 今年の新入生はどうなってんだ!?」
など周囲の困惑は広がり、今や食堂の全員がこの二者の動向に注目している状況となった。
このような静寂に包まれる食堂は前例がない。この場にいる誰の記憶の中にもない事だった。
大勢に注目されることに慣れていないシュレイドは所在なさげに頭をぽりぽりとかきながら静かに佇んでいる。
時間が止まったかのように槍を構えるエナリアと真っすぐに立っているだけのシュレイドはゆっくりと視線をぶつける。が、二人とも微動だにしない。静寂が辺りを包んでいく。
ガシャーン!!!!!
その時、偶然にも食堂の調理場から皿が割れるような音が響いてきた。それを合図にして、エナリアが疾風のごとく動き出す。
「やあぁぁぁぁぁああっ!!!!!!!」
直後、次々に繰り出される鋭い攻撃をシュレイドは最小限の動きでかわしていく。徐々に気を張らなければ避けられないほどに速度は増し、流れる動きでエナリアはシュレイドを果敢に攻めていく。息を止めるほどに周りはその攻防を注視する。
突き、払い、薙ぎ、切り上げ。槍の先端を巧みに操り、持ち手を繊細な動きで持ち替えながら攻めるエナリアの槍術は見事なものだった。
現シュバルトナインの一人『炎槍爆突の制圧者』ディアナ・シュテルゲンをも彷彿とさせるその怒涛の槍捌きに周囲の生徒達から徐々に感嘆の声が上がる。
だが、異様な光景は徐々に浮き彫りになっていく、生徒たちの視線は少しずつシュレイドへと注がれる。
そう、これだけの攻撃を受けながら、ただの一掠りもしないのだ。
真剣な表情のエナリア、そしてそれを見守る生徒たちとは裏腹に戦いの最中とは思えないほどに気の抜けたような表情のままシュレイドはまるで踊るようにその槍をひらりひらりと避け続けた。
「逃げるばかりでは強さが測れませんわよ!! 『英雄の孫』の力というものを見せてみなさい!」
「……逃げてはいないけど、避けているだけで」
「あら、喋る余裕があるなんて随分ですわね。流石は『英雄の孫』という所かしら」
「っっ……喋りながらって、そちらも同じようなことしてんだろ!!」
気の抜けた表情が僅かに変化した。シュレイドは何かに苛立っている様子が感じられた。
「本当に口が回りますわね。『英雄の孫』というのは口すらも達者になるのかしら!!」
エナリアがそう口にした刹那、シュレイドが視線を僅かに鋭くし、槍を素手で横から強く払いのけた。エナリアの体勢が僅かに崩れる。
「っ!? 素手で槍を?? はじいた!?」
エナリアは驚きつつもこの後にくるであろう反撃に備えて構え直した。
が、しかし、反撃は飛んではこなかった。
「けい……ない」
「え?」
「関係ないだろ!!『英雄の孫』だからなんだってんだよ!!! 俺には、そんなこと関係ない!!!! 俺は、俺はじいちゃんじゃない!! グラノ・テラフォールじゃない!! 俺は____シュレイド・テラフォールなんだ!!!!」
そう叫んだシュレイドの表情を見たエナリアは困惑し、だがすぐにその言葉の意味を悟った。昔、鏡で見た自分の表情と酷似していたからだ。エナリアは興奮していた自分を落ち着ける為に一呼吸し、そして謝罪した。
「……そうですわね。生まれというものは……そして周りからつけられる印象は自分ではどうにもならないような肩書きになることもありますものね。わたくしが悪かったわ。ごめんなさい」
だがすぐさまこう言葉を続ける。
「ですが、肩書がどうであれ、シュレイド・テラフォール。貴方の力を見たいというのは、まごうことなき私の本心ですわ。……応えてはいただけないものかしら?」
真っすぐにシュレイドの瞳を見つめるエナリアからは、本心でそう思っている様子が窺えた。それを見たシュレイドもゆっくりと一つ呼吸をして答えた。
「……分かった、そこまで言うのなら」
視線を上げてシュレイドは辺りを見回しながら声を発した。
「誰か、剣を持っていたら貸してくれないか?」
その言葉に周りは再びざわついた。これもフェレーロが話していたことだが、今の時代の学園内では剣を使う人間は決して多くはない。槍や弓などある程度相手と距離を取って間合いを取り戦ったり、複数人を相手にしやすいものや、戦局を動かしやすいような武器を扱う人間が多くなっているのだ。
周りの人間達はほとんどが顔を見合わせて、それぞれ剣は持っていないなぁというような視線やジェスチャーをシュレイドに送る。
「最近は剣を使う人が少なくなっているって……あの話、本当だったのか。んー、まいったな」
シュレイドがフェレーロの評価を僅かに変えようと思った瞬間____
____声をかけられた。
「俺の剣でよければ、使うかい?」
茶色い髪色の青年が、シュレイドに向けて剣を差し出してきた。
「いいのか……?」
「ああ、最近は剣を扱う生徒はかなり減っているからね。持っている生徒って珍しいし。俺のでよければ」
「ありがとう。助かるよ」
そういって彼の剣を受け取った。その様子を見てエナリアが笑みを浮かべた。剣を使う生徒の戦いを見る機会は今の時代は多くはないため、それ自体に周囲の生徒達からも好奇の眼差しが向けられた。
「準備はよろしくて?」
「自分の剣じゃないから、少しだけ待ってくれ」
シュレイドはそういうと剣の重さと長さを確かめるように顔の前に掲げ、手首を使ってのみで剣を自在に振って、止めてを繰り返した。それを見た男子生徒がぽつりと呟く
「凄い。剣の捌き方だけで、君の技量の高さが分かるよ」
「これだけでそれを感じるんなら、お前も相当なんじゃないかなと思うけど」
「はは、それはどうなんだろうね。使えそうかい?」
「ああ、とてもいい剣だ。それに……凄く、重い」
エナリアはその短いやり取りを黙って眺めながら槍の構える手に力を込め直した。シュレイドはゆっくりと彼女の方へ視線を向ける
(ッ、なんですの? この緊張感。彼が、シュレイドがこちらを見た途端に手に汗が……)
「よし……いつでもいいぞ」
「……ええ」
エナリアが感じているように周りもおそらくその空気を察したのだろう。先ほどよりも更に静まり返った食堂内は異様な空気に包まれていた。
「お二人とも、準備はいいですか?」
「ええ、勿論よ。開始の合図をしてくださるかしら? ゼア」
彼に対してエナリアが声をかけた。剣を貸してくれた茶髪の生徒はゼアという名前らしい。
「分かりました。エナリア会長」
ゼアという生徒が右手を静かに天へと掲げ、振り下ろした。
「はじめっ!!!」
続く
作 新野創
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