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屋上 <短編>

 (学校であった怖い話風。ホラー注意)



 あなた、学校は好き?私は好き。生徒たちの未来へのエネルギーが溢れている気がするもの。特に図書館が好きね。あなたはどうかしら?
 教室、だなんて普通ね。まあ、学校で普通じゃないところなんて、ほとんどないんだろうけど。
 
 
 学校ってね、やっぱりいろいろな生徒のエネルギーで満ちているんだけど、どんな場所がもっとも力が高まる場所だと思う?
 教室は、たしかに常に人がいるから、思いが集まってそうだけれど、力が高まる場所というのは、やっぱり、それだけ強い思いを生徒が発露する場所なのよ。たとえば音楽室、トイレ、体育館、そして……屋上。
 屋上には生徒は入れないだろうって?そうね、今となっては屋上に行くことはできないわ。でも昔はそうではなかったの。私がこれから話すのは、この高校の屋上の話よ。

 昔、二年生に小倉智咲って女子生徒がいたの。その子はくりっとした愛らしい目をしていて、背の小さい、とてもかわいらしい子だったそうよ。それでいて素直で、無邪気な性格をしていたから、男女問わず人気があったわ。まるでみんなの妹みたいな、そんな子だった。
 小倉さんはね、ある時、恋をしてしまったの。してしまった、なんて変な言い回しかと思うかしら。でもやっぱり、それは許されない、禁忌の恋だったのよ。
 彼女は数学の先生に恋をしたの。その先生は神代先生といって、彼女が二年生になったとき赴任してきた、落ち着いた風貌の若い先生だった。

 
 年上へのあこがれ、というやつなのかしらね。彼女は神代先生が担当する数学の授業が終わるたび、先生の所へ質問へ行っては、先生と話をするのを楽しみにしていた。
 もともと無邪気な性格の彼女だから、そんな彼女の行動から彼女の恋心に気づいた生徒なんて、誰もいなかったわ。そしてそれは神代先生も一緒だった。はじめのうちは、そうしてお話をしているだけで彼女は満足だったのだけれど、一度燃え上がった恋心は留まるところをしらなかったのね。


 よく晴れた夏休みの日のことよ。その日、小倉さんは逸る思いを抑えながら、朝早くに吹奏楽の部活動のために学校に向かったわ。
 彼女が音楽室の鍵を借りるために職員室に行くと、そこには彼女の思った通り神代先生がいた。神代先生は三年生の受験に向けた夏期講習のために、学校に来ていたの。もちろん小倉さんはそのことを知っていたわ。彼女は、二言三言挨拶を交わして、そして意を決して言ったの。

「先生。今日の夏期講習が終わったら、相談したいことがあるので屋上に来てください!」

「ここではだめなのかい?」

「ちょっと話しにくいことなんです……。私、待ってますから!」

 彼女は勇気を振り絞って、先生に想いを伝えよう、そう思った。きっとその日の部活には全く身が入らなかったでしょうね。


 夕方ごろ、部活を終えた小倉さんは、誰にも見られないように、ひとり屋上へ向かったわ。
 屋上には、誰もいなかった。どんよりと厚い雲が空を覆っていて、今にも雨が降りそうな、そんな天気だった。夏期講習が終わるまでまだ時間があったけど、小倉さんはそこで待つことにしたわ。愛の告白の言葉を、心の中で反芻しながら。

 
 そういうときって、あっという間に時間は過ぎるものよね。遂に夏期講習が終わる時間になったんだけど、先生は来なかった。
 それどころか雨まで降りだして、彼女は先生に嫌われてしまったんだろうか、だとか、何かあったんだろうか、とか考えていたのかしら。とにかく彼女は、そのまま傘をさして屋上で待っていたらしいの。


 その日、すさまじい轟音とともに、雷が落ちたの。学校の近辺の区域が停電になるくらいの雷だったって。
 学校に残っていた先生と生徒たちはちょっとした騒ぎになって、しばらく待っても停電が回復しないから、先生たちは生徒を家に帰したわ。神代先生は夏期講習を終えた後、複数の生徒から質問を受けて、時間をとられていたのね。その最中に停電になったものだから、小倉さんとの待ち合わせをすっかり忘れていた。
 生徒を帰らせたところで、小倉さんに呼ばれていたことを思い出して、先生は屋上へ向かったわ。もう帰ってしまっただろう、そんなことを思いながらね。


 屋上には、雨の中傘を刺して佇む人影が一つあった。彼女は、まだ屋上に残っていたのよ。申し訳なく思った先生は、雨の中佇む人影に慌てて駆け寄ったわ。
「うわああああああ!」
 近寄って、人影の顔を覗き込んだ先生は驚きのあまり、その場にしりもちをついてしまった。
 小倉さんは立ったままの姿で、黒く焼け焦げていたの。そう、不運にも落雷が小倉さんに直撃したのよ。気がつけば、あたりは焦げ臭かった。ピクリとも動かない彼女の姿を見て、一目で死んでいるとわかった。黒焦げの小倉さんを凝視したままで恐怖のあまり動けないでいると、彼女の口が動いた気がした。
「あ」
 くぐもった低い声で、聴きとることはできなかった。そうして焼け焦げた小倉さんは、座り込んでいる神代先生に倒れこんだわ。先生はその場で気を失ってしまったんだって。


 そのあとはね、神代先生がいつまで経っても帰ってこないことを不安に思ったほかの先生たちが、開きっぱなしになっている屋上の扉に気づいて、小倉さんと神代先生を発見したそうよ。
 二人は病院に運ばれて、小倉さんは死亡が確認されたわ。先生の方は、命に別状はなかったんだけどね、小倉さんを受けとめたときにお腹に出来たあざが、まるで人の顔みたいになって残ってたんですって。


 そしてそれからきっかり一年後、神代先生は亡くなったわ。死因は知らないけれど、亡くなったときにはそのあざが上半身一杯に、濃く、大きくなっていたそうよ。
 彼女が倒れこんだ時にすでに死んでいたのか、まだ生きていたのか。すでに死んでいたとしたら、先生が聞いた声は何だったのかしらね。
 不気味?そうね、でも私はロマンティックだとも思うわ。肉体が死してなお、彼女の魂はその思いを届けようとしたんじゃないかってね。そして彼女の強すぎる思いは、先生を死へ引き摺り込んだのよ。

 
 その事故以来、学校の屋上への扉は施錠されて、誰も入れなくなっているわ。屋上へ行けないものだから、屋上へ向かうその階段はもう誰も使わないんだけど、夏の雨の日になるとね、階段の下を通りかかると何かが焦げた臭いするそうよ。神代先生はもう学校にいないけど、彼女の思いは今なお、あの場所に残っているのかしらね。

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