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憲法改正が国民を自衛隊から守る

日本共産党及びれいわ新選組の国会議員以外に自衛隊を違憲だと主張する資格のある国会議員はいない

 憲法第9条信仰というものがあります。憲法第9条があるから日本の平和が守られたと考えるものです。しかし、これには無理があります。日本国憲法は日本の政府などの権力に対する命令書であり、日本を侵略しようとする外敵に対する命令書ではないからです。
 憲法第9条第1項については、「国際紛争を解決するための手段」としての戦争、すなわち侵略戦争を禁止したもの、憲法第9条第2項については、戦力の保持を禁止したものという解釈が通説です。そして、自衛隊については戦力に至らない実力を有する組織であって、憲法第9条第2項では禁止されていないとするのがこれまでの政府や内閣法制局が積み重ねてきた解釈です。
 この解釈に基づいて、民主党を中心とする連立政権当時に、現在の立憲民主党代表の枝野幸男衆議院議員が内閣官房長官として、福島瑞穂参議院議員は消費者・少子化担当大臣として、辻元清美衆議院議員は国土交通省副大臣として防衛省及び自衛隊に予算を配分してきました。そして、与党である民主党、社民党、国民新党、新党日本及び新党大地が連立政権の政府予算を支持し、承認してきました。つまり、政権に就いたことがない日本共産党及びこれまでの政党の流れをくんでいないれいわ新選組以外で自衛隊が違憲であると主張することができる国会議員はいないのです。

憲法第9条第1項は国際法による侵略戦争禁止の念押しでしかない

 ここで憲法第9条第1項について考えてみます。前述のとおり、憲法第9条第1項は国に侵略戦争の禁止を命じたものであると解釈されています。そして、侵略戦争は1928年に締結されたパリ不戦条約ですでに禁止されています。つまり、日本国憲法第9条第1項は、当たり前のことを念押しした条項であるとする解釈が適切だと思います。

憲法第9条第2項の国防上の問題点

 憲法第9条第2項については、大きな問題があります。まず第一には、自衛のための戦力を保持しないことに対するコストが膨大であるという点です。
 かつて、日本では自衛のための戦力を保持しない代わりに同盟国の米軍を駐留させて、国土を防衛するという手段を選択してきました。ただ、米軍が多くの犠牲を払って日本の防衛のために動くかという点については、疑問が残ります。米国は良くも悪くも米国民のために動きます。そのために、ベトナム戦争当時においても、国費を遣ってなしているベトナム戦争についても、米国民に公開して現場で戦争を見ることができました。この手続きを経て作家の開高健さんがベトナム戦争の現場を見たルポを私は読んだことがあります。
 また、自衛隊の幹部の方の話として、有事の経験のない自衛隊は、有事の際は米軍の指揮下で動くことになるだろうという見通しを示していたと、ゴー宣道場で高森明勅さんが話していたのを聞いたこともあります。
 何らかのきっかけで米国世論が若者の命を犠牲して日本を守ることに否定的になったとすれば、米軍は日本を守ることはありません。それは必然的に自衛隊も又機能不全となるということなのです。したがって、安倍晋三内閣で提案されていた

憲法第9条第1項、第2項はそのままで、第3項に自衛隊を書き加える

とする憲法改正案は何の解決にもならないと思います。
 更には、戦力を保持しないで国を守るということの大きすぎるコストの問題があります。戦力を保持せずに国を守るということは、侵略者に対して国民が無惨に殺害され、その悲惨な絵を報道に載せることによって国際世論の支持を得るということですから、少なくない国民の生命を必要とします。憲法9条を守り非武装を貫くというご主張をなさっている弁護士さんがいらっしゃいますが、有事の際には憲法第9条と非武装のために真っ先に彼ら自身と彼らのご家族の生命を捧げてくださるものと信じています。

憲法第9条第2項の更なる問題点

 憲法第9条第2項を分離解釈すると、自衛隊は違憲か、限りなく違憲に近い存在だとしか解釈することができません。そして、それに伴う問題点が発生することになります。
 自衛隊が違憲であると主張する資格のあるのは日本共産党及びれいわ新選組の国会議員だけだと述べてきましたが、憲法解釈を積み重ねてきたことで自衛隊が違憲であるとする解釈が非常に難しくなっていますし、災害のときに自衛隊が国民を守っていることなどで自衛隊の活動に対して国民の理解が深まっているという事実があります。これ自体は非常に結構なことだと思いますが、自衛隊の存在が憲法で文理上認められていないことによって、憲法で文理上認められない暴力装置である自衛隊に対して、憲法の条文として自衛隊から国民を守るための条項が設けられないという問題点が発生することになります。
 そして、単に憲法第9条第3項に自衛隊を書き込むという安倍晋三内閣の改憲案は、その点のみで考えれば効果的であるという結論に至らざるを得ないのです。つまり、憲法第9条第2項を堅持する限り分離解釈上存在してはならない自衛隊について、憲法第9条第3項で存在が認められたことから憲法が自衛隊に対して国民の権利を侵害してはならないなどと命令することができるようになるのです。なお、憲法改正案の論議において、真摯に職務遂行する自衛隊員の気持ちや自衛隊員の家族の気持ちを考慮する必要がないのは言うまでもありません。

立憲主義に基づく日本国憲法改正とは

 日本国憲法改正にあたって重要なのは、憲法上曖昧な存在である上に国民に牙を剥く危険性のある暴力装置である自衛隊のしっかりとした位置付けをなすことだと思います。憲法第9条第2項を改正して自衛隊を軍隊とするとともにしっかりとした歯止めを設ける必要があります。その歯止めの一つが軍事法廷の設置です。
 軍隊は国を侵略しようとする外敵に備えるものですから、主権者である国民の犯罪行為等に備える警察等と比較して大きな権限が与えられる必要があります。一般的には、警察等は憲法や法律で認められた行為のみなすことができるのに対し、軍隊は法律で禁止されていない行為をなすことができるとされています。そうであるからこそ、厳しい規律の下で職務に従事する必要があり、職務違反に対しては一般の国民や他の公務員より厳しい制裁がなされる必要があります。そのために必要なのが軍事法廷です。軍事法廷は終審として軍人に対する裁判を行うことができ、しかもその罰則は厳しいものとなっています。大きな権限が与えられる軍隊であるからこそ職務違反に厳しい制裁が与えられることによって機能するのです。そのために必要な改正は、憲法第76条第2項の改正です。特別裁判所として軍事法廷を設置する旨と軍事法廷は終審として裁判を行うと定めるわけです。
 憲法改正と同時に軍隊となった自衛隊員に対しては職務に対する宣誓をやり直す必要があります。その宣誓には軍事法廷の判決に従う旨を含め、宣誓を拒否する者に対しては分限免職という形で対応することになるでしょう。もちろん、軍事法廷の裁判官に対しても国民がコントロールすることができる仕組みを設置しなければならないことは言うまでもありません。