気持ちに間違いはない
子どもが「くも いないねー」って言うのが可愛くて、一緒に空を見上げます。
「お空に 雲ひとつないから、飛行機がよく見えるねー♡」とわたし。
最近はとても天気が良くて、こんなやりとりを毎日のようにしています。「気持ちがいいね」とか、「空が明るいね」なんて表現したいんだろうなと、子どもの気持ちを想像しながらやりとりするのがすきです。
箱根駅伝を見ていて、忘れていた記憶をふと思い出した
わたしは高校生のときに合唱をしていました。金賞を取ることを目指していた、
3年生の最後のコンクール間近で先生が言った「それは違います」という言葉に
ショックを受けたことを、箱根駅伝を見ていて思い出したのです。
「金賞を取るにはどんな気持ちで歌ったら良いと思う?」たしかそのように先生がわたしたちに問いを投げかけたのです。みんなが答えにくそうにしていたので「聞いている人が感動するような歌をうたいたい」とわたしは答えました。
周りの部員もニコニコしていたので、同じ気持ちだったと思います。
でも、先生は「それは違います。自分たちが歌いたいように歌うのが良いのです」と答えました。わたしには、「感動してもらえるように歌いたい」というのは本当の自分の気持ちだから、自分は間違っていないのではないかと思っていました。
今考えると、先生は「周りの評価を気にせず、自分たちの好きなように歌えば良い」ということが言いたかったのかな〜と思います。
でも結果は銀賞でした。
しかも、自分たちのすきなようにではなく、先生の好みの歌に仕上げた歌となったのです。「ここはこんな気持ちで歌いましょう」、「こんな表現を目指しましょう」そう指導され、その意向をよんでわたしたちは練習し、歌いました。
自分たちの好きなように歌うとはどういうことだったのか?
疑問が残っているから、この記憶はわたしの引き出しに仕舞われたのだと思います。
子育ても学校教育と同じ
子どもの主体性が大事だと分かってはいても、気をつけていないと
「親の希望通りに選択してほしい」「選択しなさい」と静かだけれど重い圧をかけてしまう気がします。
子どもは大好きな親のその圧に、気づかないわけがありません。
たとえその圧に気づいていても、自分の気持ちを押し通せることのできる子もいるでしょう。けれども、子どもの年齢が小さければ小さいほど、親の庇護がなければ生きていけないことをわかっているので、親の希望を自分の意思だと自分に思い込ませて行動をします。そしてそれが当たり前になっていくのです。
小学生の息子の先生はとても怒鳴る先生らしいのです。
子どもたちの話を聞いていると、授業の邪魔になるような発言や行動をかなり厳しく指導なさっているようです。
幼稚園と学校の先生は違うと分かっていても、子どもが本来もつ才能を活かそうと関わってくれる先生と、学校の中での良い子を子どもに教え込む先生とを、ついつい比べてしまうのです。
悩んでいてもしょうがない。他人は変えられない。
そう自分に言い聞かせて、わたしは子どもたちの気持ちを大切にすることにより一層意識を向けています。
子どもの話を聞いて、気持ちを代弁したり、一緒に喜んだり、悲しんだり。
子どもの気持ちに間違いはない。
子どもだった頃のわたしから学んだことを、自分の子育てに反映させて。今日も明日も子どもとともに成長していく母でありたいと思います。
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