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「書くマネジメント」と「描くイメージメント」

この記事を書くことを思い立ったのは、 Coral CapitalのCEO、James Rineyさんの『「書くマネジメント」を始めたら戦略的思考が研ぎ澄まされた話』というタイトルのツイートを見て、「描くイメージメント」という言葉が瞬間的に頭に浮かんだから、と言うほかありません。

「描くイメージメント」とは、「書くマネジメント」が主に文章表現を中心としている(であろうと想像しています)のに対し、 「描くイメージメント」は図や表、絵などの視覚により訴える図的表現=イメージを用いて、情報を表現し、他者に伝え、理解してもらい、行動に移して目標の実現を目指す営みを表す言葉として用いています。(「イメージメント」は松岡正剛と平尾誠二の対談書籍『イメージとマネージ』が初出と思いますが、この記事での意味とは異なりますので詳しくは同書をお読みください)

この記事の結論を先に書くと、 「書く(文字表現)」と「描く(図的表現)」を効果的に使おう―ということになります。

「描くイメジメント」という言葉が浮かんだと書いたものの、それが浮かんできたのには、私が2017年から始めたプロジェクト支援で仕入れた知識、考え実践してきた出来事・経験が素材・土台になっていると思います。部下や上司、同僚やベンダー、クライアントや見込客といった他者に、 「頭の中で考えていることを他者に伝えて理解してもらう」ことについてお悩みの方にとっては、参考になることを書けていると思いますので、よろしければこの先をお読みください。

「文書 document」の定義

「頭の中で考えていることを、立場や経験などが異なる他者に伝えて理解してもらう」方法には色々な種類があります。
口頭で話す、文章や図や絵にする、模型をつくる等―。それぞれの方法には特徴・メリデメがあります。頭の中のもの他者に伝えるスピードが最も早いのは口だけで話すことです。しかしこの方法は複雑で入り組んだ説明を行うのに適していません。
「モノを見せろ」と言われたら模型などをつくるのが一番完成品のイメージを共有しやすくなりますが、これには時間とお金がかかってしまいます。スピードとコストのバランスの中間にあるのが文章や図や絵などのdocumentです。

documentの意味は「文書」で、文字情報のみを想像されると思いますが、アメリカ合衆国の高等教育機関にある「文書デザイン(document design)」コースでは、文書デザインを「人々が家庭や学校や職場での自分の目的を達成するのに役立つようなやり方で、言葉と絵を統合する(広義の)テクストを作り上げる専門分野」としていることから、この記事では「文章や図や絵で情報を記録したもの」を「文書」と呼ぶことにします。

「文書」の目的と職場での種類

Jamesさんは、「現在の経営課題を明確にし、戦略的方向性を伝え、ファーム内の連携を高めることを目的」に「Management Memo」という文書を書いているそうです。
文書を、組織内の個人間や部署間のコミュニケーション、さらには他の組織の個人との間のコミュニケーションを円滑に進め、目標を達成するために作成するものと定義するなら、職場で作成する文書は、経営の基本方針や中期経営計画、メールやメッセンジャー、提案書や進捗報告書、会議のアジェンダや議事録、投資効果評価や従業員評価, 障害報告書や各種マニュアルなど多岐に渡ります。
「経営課題や戦略的方向性を文書にし、それを社員に伝えて連携を高める」という文書にする内容と伝える相手、目的は、職場では以下のようなビジネスシーンでも現れます。
「プロジェクトのタスクとスケジュールをガントチャートにし、それをスタッフに伝えて、漏れがないか確認する」
「見込客から話された課題をヒアリングシートに記録して、それを見込客に見せて、認識に誤りがないか確かめる」などなど。

「文書」の表現形式

文書には、上述の通り文章中心の議事録やtodoリスト、契約書や規約といった記述的表現もあれば、地図や絵、グラフや表といったチャートなどの視覚的表現もあります。視覚的表現には『世界のダイアグラムコレクション』によると、以下の分類があります。

  • 表組(Table):言葉、数字を配列でグラフィックに整理し、資料化する

  • 図表(Graph):情報量の変化を比較、座標化し、統計的に見せる

  • 図式(Chart):ものごとの関係や流れを図的にまとめ、系統化して見せる

  • 図譜(Score):質的な時間の経過による変化を記号化し、図的に表現する

  • 図解(Illustration):絵画的な情感を排し、知的なイメージ情報を図像化する

  • 地図(Map):時間や距離を空間的に視覚図化し、体系的に場所化する

Jamesさんの「Management Memo」は実物を拝見することはできないのですが、Memo、文書、書くというワードから推測するに、それは文字を主体とした表現であると推測します。(違っていたらご容赦ください)。
今後、この記事では記述的表現を「文章表現」。上記の視覚的表現を「図的表現」と一括りにして書き進めていきます。

文書に要する認知コスト

文書表現と図的表現にスピードとコストの違いがあるのはもちろんですが、この記事の主題に重要な概念が「頭の中の考えを文書にし、他者に伝えて理解してもらう」ときに要する認知コストです。
認知コストとは文でも図でも表現された情報を作成・説明・理解するときに要する労力のことをいいます。認知コストが高いということは、文書完成までに要する時間や、文書の説明や理解に要する時間が長くなったり、伝えたいことが正しく伝わらない、誤って理解されるといった形で現れます。これらは日々の社内会議やクライアントとの打合せで用いる資料、送られてくるメールやメッセンジャーの文章などで実感していることと思います。

「文書」の多様な読み手と特性

文書は多様な読み手に向けて作成されています。同じプロジェクトチームのメンバー、異なる部署の協力者、社外のベンダー、クライアントの担当者とその先にいる上司というふうに階層や所属する組織を越えてなされることもしばしばあります。読み手の経歴もまた雑多であり、所属する部署や任されている仕事・責任、職位といった立場、経験や知識の量や種類が異なり、書かれている内容について詳しい人もいれば詳しくない人もいます。

認知コストに影響を与えるのは文書の表現の巧拙の他に、その文書を読む・見る人の特性も影響します。文章表現の方がわかりやすいという人もいれば、図的表現の方がわかりやすいという人もいます。
文書表現・図的表現いずれにしても、書き手・読み手の努力次第で正しく情報を表現して正しく理解してもらえるというわけではありません。
人間の認知能力には限界・得手不得手があることを認めたうえで、表現し伝えたい情報の種類と読み手い応じて、それに適した形式を選んで文書を作成する必要があります。

文章表現の特徴

文章は線形で、言葉が一つずつ出てきます。そのため線上に文章が並べて書き連ねていくという形になります。私たちの頭の中にある情報というのは、まだごちゃごちゃで未整理な状態です。そうした情報をそのまま文書にすると、読み手に大きな負担をかけることになってしまいます(認知コストが高くなる)。
テキストのある部分において、文章は 近くの文章によって確立された文脈に直面します。つまり、それがテキストの他の部分と意味的に関連しているということを伝えるには、より多くの言葉を必要とし, そして読者の記憶を要求するということです。
線上の表現形式で他者にわかりやすくしていくためには、文章の内容同士のつながり、順序を整理し、読みやすくわかりやすい構造にしていく必要があります(その方法として「パラグラフ・ライ ティング」などがあります)。

図的表現の特徴

この記事では文章表現と図的表現を効果的に使おうということをお伝えしたいわけですが、図的表現が効果を発揮するのは「情報量が多い」や「情報同士の関係性が複雑」、「不確実な要素や未知がある」といった場合です。
関係には種類があります。全体と部分の関係、前後や直接・間接の関係、相互依存の関係、相互の影響などがあります。これらの関係性を表現するには図的表現が適しています。
ただ、図といってもマインドマップ、WBS、ビジネスモデルキャンバス、インフォグラフィックなど用途によって色んな種類があります。この記事では、経営戦略でもプロダクト開発でも人材育成でも、用途やテーマを問わず、未来の目標を実現するために必要な要素とその関係性を一目で把握できる普遍的な表現形式である「プ譜」を用いて、図的表現の利点や効果を説明していきます。

複数の要素の空間的配置や関係性を把握するのには地図的な表現が適しています。線上に一つの経路で情報を伝える文章表現と異なり、図的表現は多くの要素間の配置や関係を一度に示すことができます。
複雑で量も多い情報をかなりの程度まで効率的に圧縮し、その要点をつかみ取ることができます。言い換えれば、全体像の把握を容易にしてくれます。そうなることで得られる利点には、例えば、ある人は自分に任されている仕事が、他の誰の仕事に影響を与えるのか?また誰の仕事が自分に影響を与えるのか?ということがわかりやすくなります。

ちょっと試しに、同じ情報を文章表現と図的表現(プ譜)にしたものを見比べてみましょう。題材は小学2年生で習う『たんぽぽのちえ』という文章です。
教科書に書かれている行や段落の数をそのまま記載してみます。

春に なると、
たんぽぽの
黄色い きれいな
花が さきます。

二、三日たつと、
その 花は しぼんで、
だんだん くろっぽい
色に かわって いきます。

そうして、たんぽぽの 花のじくは、
ぐったりと じめんに たおれて しまいます。

 けれども、たんぽぽは、かれて しまった
のではありません。花と じくを
しずかに 休ませて、たねに、たくさんの
えいようを おくって いるのです。
こうして、たんぽぽは、たねを どんどん
太らせるのです。

 やがて、花は すっかり かれて、その
あとに、白い わた毛が できて きます。
 この わた毛の 一つ一つは、ひろがると、ちょうど
らっかさんのように なります。たんぽぽは、
この わた毛に ついて いる たねを、ふわふわと
とばすのです。

 この ころに なると、それまで たおれて いた
花の じくが、また おき上がります。そうして、
せのびを するように、ぐんぐん のびて いきます。

 なぜ、こんな ことを するのでしょう。それは、
せいを 高く する ほうが、わた毛に 風が よく
あたって、たねを とおくまで とばす ことが
できるからです。

 よく 晴れて 風の ある 日には、わた毛の
らっかさんは、いっぱいに ひらいて、とおくまで
とんで いきます。

 でも、しめり気の 多い 日や、
雨ふりの 日には、わた毛の らっかさんは、
すぼんで しまいます。
それは、わた毛が しめって、おもく なると、
たねを とおくまで とばす ことが できないからです。

 このように、たんぽぽは、いろいろな ちえを はたらかせて います。
そうして あちらこちらに たねを ちらして、
あたらしい なかまを ふやして いくのです。

『たんぽぽのちえ』(光村図書)

こんなの子どもの文章でしょ、と侮るなかれ。この文章には順序、理由、目的を表す言葉が出てきて、たんぽぽが遠くまでわた毛を飛ばすための生態が理解できるようになっています。
もちろん、大人がビジネス現場で作成する文書はもっと整理され、端的な表現をしていますが、上述の文章をプ譜で表現すると下図のようになります。

文字表現をプリントしたものを、同じくプリントアウトしたプ譜と並べてみましょう。

プ譜は上述の利点を備える一方、「不確実な要素や未知がある」ことを表現するのにも適しています。
マニュアルや所信表明などの文書と異なり、未知の新しい活動には大なり小なり未知のことがあります。また記載した内容通りの結果を得ないこともままあります。プ譜にはそうした「わからない」ことや「予想のつきにくい」ことがあることを視覚的に認識できるという利点があります。

同じ構造の図を眺める人が、みな同じようなとらえ方をするとは限りません。書き手・読み手が図的表現の構造を活用して意思の疎通を図るためには、その表現を共通言語とするためのトレーニングが必要ですが、プ譜は小学生でも習得でき、この学習コストが低いのも特徴です。

「頭の中で考えていることを、立場や経験などが異なる他者に伝えて理解してもらう」ために、多い情報量や複雑な関係性を効率的に圧縮する文書(ここではプ譜)を作成し、関与者の認知コストを低くする。
そして、不確実な要素や未知のものを含めて全体の方向性を示すことでコミュニケーションを円滑に進め、目標を達成する。
これが私がテーマも規模も異なるプロジェクト支援業務で実践してきた「描くイメージメント」です。

描くイメージメントの具体的な方法に興味を持っていただけた方は、私が運営するプロジェクトクリニックにご来場いただくか、拙著をお読みいただければ幸いです。

2023年10月20日にはミニワークショップも開催します。

当日の資料は以下の記事で少しお見せしています。


未知なる目標に向かっていくプロジェクトを、興して、進めて、振り返っていく力を、子どもと大人に養うべく活動しています。プ譜を使ったワークショップ情報やプロジェクトについてのよもやま話を書いていきます。よろしくお願いします。