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精神科医とタクシー運転手「死にたい」人に、どうやって声をかけるか。



タクシー運転手とは一度きりの出会いです。
普段とは違う会話が生まれることがあります。
人生を変える会話になりました。


登場人物

私 30代 精神科医
運転手 30才前後 タクシー運転手



普段の育児日記より重いテイストなので、元気なときに読んでください。

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雨の日のタクシー


タクシーに乗る機会は、それほど多くないのですが、私より若い運転手さんに出会いました。



「若いタクシー運転手さん、珍しいですね。」

運転手
「そうですね。入ってくる人もいますけど、すぐやめてしまいます。」


「どうしてですか?」

運転手
「きついからだと思います。
 毎晩、酔っ払いに絡まれます。『とにかくまっすぐ行けばいい。』と言われて走らせたら、『そこ曲がれよ。遠回りした分、安くしろ。』と言われたりします。」


「腹が立たないですか?」


運転手
「一人なら、ケンカしてしまうかもしれないけど、
家族がいて、子どもたちのために稼がないといけないので、できないです。」


「覚悟があるから、運転手さんは若くても続けられるのですか。」

運転手
「そうかもしれませんね。
お客さんは、何の仕事をされているのですか?」


「お医者さんです。精神科医です。」

運転手
「それも大変な仕事ですね。」


「仕事が大変というよりも、患者様が苦労されている方が多いです。『死にたい』と口にするくらい、きつい方をみているので。」

運転手
「なんで『死にたい』って言うかわからないです。
自分は、生きたくても生きられない知り合いを、
たくさん見てきたので。」


「そう思いますよね。でも、『死にたい』と話す方々は、『死んだ方が楽』と話します。」

運転手
「なんで、そうなるのでしょう。」


「私自身も、1度だけ経験があります。
一浪して、勉強ばかりなのに、成績が伸びない。
『自分、ダメだ。生きてても仕方ない。』と思って、泣いたことがあります。」

運転手
「そういえば、僕もありました。
田舎だったので、不良の先輩に毎日暴力を振るわれて、『死にたい』と思っている時期が。」


「『死にたい』と話す患者さんは、家の事情だったり、学校の事情だったりで、逃げ場がなくなってしまった人が多いです。」

運転手
「僕もそうでした。家に帰っても、明日また学校に行くと思うと、死にたい気持ちになっていました。」


「今の運転手さんからは想像できないです。」

運転手
「そうかもしれません。」


「一人で生き延びれる人はいいけれど、そうでない人もいるかもしれません。
 この仕事をしていると、いまは逃げ場がなくても、本人が成長して、環境を変えられるようになると、楽になれるのを経験します。
 それまで寄り添うのが、精神科医の仕事なのだと、今話しながら思いました。」

運転手
「そういうものなのですね。」


「診察では、1時間も2時間も話を聞くことはできないけど、毎月10分なら話せますから。診察の間だけでも、『生きててもいい』と思ってほしいです。」


運転手
「そういう人がいてくれるといいと思います。」


「『また生きて会いましょう』と声をかけて診察を終える方もいらっしゃいます。」

運転手
「いいですね。『死なないで』と言われるよりいい気がします。」


「運転手さんも、その頃の経験があるから、酔っ払いに冷静に対応して、家族のために頑張れるのかもしれませんね。」


患者さん以外の人と、こんな風に話すことはありません。
タクシーでの出会いが、自分が精神科医である理由を認識させてくれました。


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