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「特別」ではなく「学びへのアクセスに必要なもの」——心温まる、子ども目線でのアバターロボット実践成功事例3

「病気の子どもにとっては『特別』ではなく、学びへのアクセスに『なくてはならないもの』なのです」。京都女子大学発達教育学部教育学科の滝川国芳さんがアバターロボットの事例発表会で口にした言葉だ。では、全国の学校でははどのように活用されているのだろうか。今回は、2024年3月にも開かれた4回目となる「心温まる、子ども目線でのアバターロボット実践成功事例」で発表された事例から紹介したい。(笹島康仁)

各校の事例はこちらからご覧いただけます。


デジタルツインでリアリティある空間を自由に体験

最初の発表は茨城県立水戸特別支援学校。中学部の生徒が高等部の授業を見学するためにアバターロボットを活用した。高等部の教室にアバターロボットを設置し、中学部の生徒たちは別室からモニタを通じて授業の様子を眺めた。

「在校中に高等部の授業を見学することで、進学後の具体的なイメージが持てるようになる」と担当教員は考えた。見学を受ける高等部の生徒にとっても授業の妨げになりづらく、普段の様子を見学することができたという。

茨城県立水戸特別支援学校は高等部の授業見学にアバターロボットを活用した

同校はVR空間での作品展示会も行った。

活用したのがデジタルツインと呼ばれる、360度カメラなどを使い、現実世界と対になる「ふたご(ツイン)」をデジタル空間に構築する技術。一度撮影して空間を構築してしまえば、リアリティのある空間に、自由に入り込むことができる。

茨城県内にある25の特別支援学校が参加した作品展の会場を撮影し、VR空間での作品展示会を開催した。

ウェブ公開のための事前確認などの課題も多かったが、公開に行き着いたことで、会場に行けない子どもが展示されている自分の作品を見たり、友達の作品を見たりすることができたという。担当教員は「生徒たちが作ったものを多くの人に知ってもらう手段の一つにもなる」と話していた。

同校は茨城県高等学校文化連盟特別支援学校部会の幹事校としてVR空間での作品展示会も行った

日本銀行への見学も実現

その後もアバターロボットを活用したさまざまな事例発表が相次いだ。

大阪府立刀根山支援学校もデジタルツインを活用した作品展を開催したほか、日本銀行への見学も実現。通信環境やルートなど確認事項は多かったが、これまでの取り組みを日本銀行の職員へ説明して興味を持ってもらったことで、全面的な協力を得ることができたという。

大阪府立刀根山支援学校もデジタルツインを活用した作品展を開催したほか、日本銀行の見学にアバターロボットで参加した

和歌山県立和歌山ろう学校高等部理容・美容科は、珍しい学科をアピールするため、進学を考えている後輩たちに向けて学校見学を行った。

和歌山県立和歌山ろう学校高等部理容・美容科は学校見学で珍しい学科をアピールした

東京都立多摩桜の丘学園は街頭募金で活用。寄付してくれた人におじぎと音声で応えた。「地域に飛び出すことができ、友達や地域の人たちとの接点を作れた」と担当教員は振り返った。

東京都立多摩桜の丘学園は街頭募金でアバターロボットを活用した

岐阜県立長良特別支援学校は、ショッピングセンターを会場にした作品展示会でアバターロボットを活用。展示会場を訪れた人から感想を聞くこともでき、学校のことを地域の人々に知ってもらう貴重な機会にもなったという。

岐阜県立長良特別支援学校はショッピングセンターを会場にした作品展示会で活用した

体育大会や卒業式にも参加を

アバターロボットは、運動会や卒業式といった学校行事にも活用が広がっている。

大阪府立光陽支援学校は、生徒が原籍校での中学校の運動会に病室から参加できるようにアバターロボットを活用した。当初は当日の録画を後日見てもらう予定だったが、「録画では友達と同じ瞬間や時間を共有することができず、(録画を)見るだけの活動では、生徒が主体的に参加することができない」と考えた同校の教員が、原籍校側にアバターロボットの活用を提案した。

機材を使った事前説明や当日の機材設定に教員を派遣することなどを原籍校側に伝えたところ、原籍校が全面的に協力してくれることになったという。

大阪府立光陽支援学校は原籍校での体育大会に参加できるようアバターロボットを活用した

当日の様子について、発表した教員はこう語った。

「クラスのみんなは入院のため、突然クラスからいなくなったAさんに会えたということで、興奮して話し掛ける生徒や、涙を流して喜んでいる生徒、そばにいたいからと言って、アバターロボットの隣に移動する生徒、みんながとてもうれしそうに、次々に声を掛けていました。競技に行く前には、『Aさんのために勝ってくるからな』『応援しててな』と言って声を掛けてくれました。保護者の方も久しぶりに生き生きと友達と交流している姿に感動するとともに、友情の厚さや友達に忘れられていないことを感じて安心され、涙を流して喜んでいました」

そして、Aさんのクラスは優勝を果たし、大人たちが予想しなかったことも起きた。「一緒に優勝トロフィーをもらいたい」という申し出が生徒たちから上がったのだ。

発表した教員はこう振り返った。

「私たちは(アバターロボットの活用を)お願いする立場にあるので、『少しでも見れるだけで十分』と控え目にしていたところ、表彰式に出て、クラス写真も撮ることができた。ほかの生徒たちからこうしたいああしたいと発想し、言ってくれたから実現できたこと。子どもたちの力はすごいなと感じました」

公平性を言われたら?

 「公平性」が話題になったのは、オンラインでの学習支援を進める「KAYOUプロジェクト」の発表だった。

卒業式に病室から参加できるようにアバターロボットを活用。当日は体調が悪化して参加はかなわなかったが、リハーサルに参加をして同級生たちと交流したり、本番の雰囲気を味わえた。「別の機会にみんなで会おう」という約束もできたという。

KAYOUプロジェクトは、長期入院の子どもたちの学習支援を行っている

今回の実践では「命がけで治療している生徒にできることは何か」という共通意識の下、臨機応変に対応できたが、職員室で議論になったことがあるという。

それが「公平性」だ。

例えば、長期入院でなくても、直前の体調不良で欠席となる生徒がいるかもしれない。その生徒がオンラインで参加できず、長期入院の生徒だけに対応するのは不公平にはならないか、という議論だ。今回の学校では、参加が難しいことが事前に分かっていることなどを総合的に判断してアバターロボットの活用を決めたという。

事例発表会の意見交換の時間では、別の学校の教員から「参加の機会がない状態に置かれてしまっている生徒と、元々は機会を持っていながらも個人の事情で急遽参加できなくなった生徒とは、切り分けて考えてもらえるといいのかな」などの意見が出た上で、京都女子大学の滝川さんがこうコメントした。この記事の冒頭で紹介した言葉だ。

「『その子にだけ特別なことはできません』は学校でよく言われることです。けれども、ICTがなかったら学べない子どもがいる。病気の子どもにとっては、『特別』ではなく、学びへのアクセスに『なくてはならないもの』なのです」

京都女子大学発達教育学部教育学科の滝川国芳さん

例に挙げたのが「新型コロナウイルス」だった。「新型コロナウイルスの対策は、広い意味での全国一斉病弱教育だった」と滝川さんは言う。

「感染を避けるために一斉休校になり、学校にアクセスできない状況が発生した。そこで、全国の先生方がいろいろな工夫をして学びの機会を確保していった。今日発表した先生方の工夫と同じです。『iPadやアバターロボットを何に使う?』ではなく、『これ、ここに使えるんじゃない?』という議論が一番大事。支援をまとめた冊子もあるので、ぜひ継続して実践や冊子が作られていくといいなと思っています」

京都市立桃陽総合支援学校、京都市教育委員会『長期入院療養中の高校生の学習継続に関するガイドブック』、2023年

NPO法人未来ISSEY、全国病弱教育研究会『治療と学びの両立をめざす ガイドブック【高校生版】』、2024年、ベネッセこども基金の助成を受けて作成

ベネッセこども基金の取り組み

ベネッセこども基金MeetUpは子どもたちを取り巻く社会課題を発信し、解決策について一緒に考えていくオンラインイベントです。今回は「アバターロボットやメタバースを活用した、子どもの『やりたい!』をかなえるモデル校の実践事例」と題して、病気や障がいを抱える子どもの学び支援の事例について詳しくご紹介しました。

ベネッセこども基金は、未来ある子どもたちが、安心して学習に取り組める環境のもとで、自ら可能性を広げられる社会を目指し、さまざまな活動を支援しています。

自主事業にも取り組み、2015年度からは分身ロボットOriHimeを活用した学び支援プロジェクトを実施。2020年度からは子どもと学級を確実につなぐためのネットワーク環境整備などを支援し、33校28事例の授業実践を行いました。2022年度からは「日常で使える汎用的な学び支援モデルの事例創出」を目指し、連携や成功事例報告会などに取り組んでいます。

共同事業に関するお問い合わせ

一般財団法人ニューメディア開発協会 新情報技術企画グループ
担当 平出、林 NMDA-SJG@nmda.or.jp
◎事例掲載URL https://avatar-tele-edu.com/example-list/
◎連絡先  NMDA-SJG@nmda.or.jp

※共同事業や今回の事例に関するご意見・ご質問等は、上記のニューメディア開発協会までお願いいたします。各学校へのお問い合わせはご遠慮ください。


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