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人口減少時代における保育の多機能化~子育て支援・保育の職場環境改革~

社会保険労務士法人ワーク・イノベーション代表
一般社団法人こどもの未来につながる働き方研究機構 代表理事
菊地加奈子です。

このたび、人口減少時代における保育の多機能化~子育て支援・保育の職場環境改革~(日本法令)という書籍を上梓しました。これまでも社労士として執筆してきましたが、今回はいわゆる実務本よりも視野を広げて「保育」「子育て」「働く」ということついて考察してみました。
今回は執筆にかけた思いとこれからの社会への展望について書いてみたいと思います。

~目次~
1.本の説明をする前に・・・私自身の子育てについて
2.保育の多機能化って誰のためのもの?
3.企業の「両立支援」が変われば保育も変わる
4.社会の変化とこれからの保育者のあり方
5.保育者を尊び、大切にすることが何につながるのか
6.こども基本法の成立・施行までを見守りながら・・・

1.本の説明をする前に・・・私自身の子育てについて

私は大学生から3歳まで6人の子どもを育てています。今は社労士法人や保育園の経営をしていますが、ずっと今のような多忙な生活をしていたわけではなく、長女が生まれてから6年間は専業主婦をしていました。今では何の自慢にもなりませんが、長女に関しては2年間、片時も誰かに預けて出かけるといったことをしたことがありません。美容院に行かなかったので髪の毛は腰まで伸び、歯医者は胸に子どもを抱いて治療を受け、車もなかったので遠くに行くこともできずにいつも近くで遊ぶ日々でした。しかも知らない土地でせっかくママ友達ができても、多動な娘は落ち着いて椅子に座ってご飯を食べるということができず、さらには嚙みつきや叩くこともしょっちゅうだったので普通におしゃべりすることも許されず、どこかに遊びに行っても集団で移動することもできずいつも別行動、やっとの思いで合流できても殴る蹴る噛みつくの暴挙によってひたすら謝罪・・・。
 こどもを産むって、日々の普通の生活だけでなく、交友関係までも破壊されるのかと、初めての子育てで手痛い洗礼を受けました。ちなみにこうした“大変な子”は6人の中で後にも先にも長女だけ。そしてそんな娘は今、最高に性格が良くて自己肯定感が高くて誰からも愛される子に育ち、楽しそうな大学生活を送っています。わからないものですね。
 おそらく当時も相談する場所や一時預かりなどもあったと思いますが、子どもの頃から何でも自分でしなければいけない・頼ってはいけないと思って生きてきた私には、助けを求めに役所に行くとか、誰かに見てもらってリフレッシュするなんていう考えは1ミリも浮かんでこなかったのです。
 ある日、こどもをいつもとは違う公園に連れて行った時のこと。遊ばせながら外に行かないように、他のお友達にけがをさせないようにとただひたすら見守り、追いかけ回し、何かある度に相手のお母さんにペコペコと頭を下げながら苦痛な時間を過ごしていたら、近所の保育園の子どもたちの集団がやってきました。その子たちはのびのびと遊んでいて、たまにケンカをしてもその子たちの親ではなく、保育士が第三者的に仲裁に入ります。「ごめんなさいは?」を強要されたりすることもなく、健全な子どもたちの関係が育まれているのです。そんな信じられないような光景を目の当たりにしたら、気づくと涙が止まらなくなっていました。
 親が働いている・働いていないにかかわらず子どもに違いはないはずなのに。
もちろん、私が素晴らしい子育てをできていたら子どもは幸せだったかもしれない。
でも私にはそれができない。

そんな、何とも言えない気持ちに心が折れてしまったのでした。

長くなるので社労士としてワーキングマザーになってからの話は割愛しますが、私にとって社労士として保育に関わるようになった原点はまさにここなのです。
いま、すべての子どもに保育園を、という声に対して「ただでさえ保育士が足りないと言っているのにバカじゃないの?」とか、「親がデートするために子どもを保育園に連れてこられるなんてたまったもんじゃない」という現場の先生たちの声を耳にすることがあります。

確かに親がデートしたり友達とランチしたりしている間に自分たちが見合った給料も保障されない中、休憩も取れずに子どもを預かる構図を想像したらやりきれない思いが生じるかもしれません。ただ、ここで考えてみてほしいのです。保育園・世の中の子育て支援ってそもそも誰のためのものなのか?ということを。
親が一定の苦痛を伴いながらの労働や介護、災害の渦中にいることが「保育の必要性」であって、保育を受けている間は必死に働くか介護に勤しむか、病床に伏していなければならい、そんな風にも受け止められてしまうような現在の子育て支援制度。福祉的な側面から見たらこうした線引きは必要なのかもしれませんが、視点を変えていくだけで保育というものが変わっていくのではないか?かつての経験を思い出しながら、そんな考えが生じたのです。

ということで、ここから少しずつ書籍の説明をしたいと思います。

2.保育の多機能化って誰のためのもの?

「少子化」「多機能化」というワードがセットで使われることが多いため、少子化によって保育所に空き定員が生じるからその穴埋めのために多機能化をさせて事業者を保護する、
そんな文脈で解釈されることが多い多機能化。もちろんそうした流れがあっても良いと思っていますが、一つ忘れてはならないことがあると思っています。
 書籍の中で取り上げた病児保育。大田区にある大川小児科クリニックに併設された「うさぎのママ」を運営されている大川先生は元・全国病児保育協議会の会長であった方です。病児保育というと、「子どもが病気のときに仕事を休めない親が利用するところ」と捉えている方も多いと思います。私もその一人でした。だから「子どもが病気のときにまで保育園に預けるなんて」という非難と罪悪感もありました。
 でも大川先生は「病気にかかっている子どもにとって最も重要な発達のニーズを満たしてあげるために、専門家集団(保育士・看護師・医師・栄養士等)によって保育と看護を行い、子どもの健康と幸福を守るためにあらゆる世話をすること」だと述べられました。

 また、障がいを持った子や医療的ケア児を受け入れてインクルーシブ保育をされている社会福祉法人どろんこ会。まさに多機能化を先進的に実践されている法人ですが、すべての子が保育を通して健やかな成長の機会が得られるようにとの思いで日々、新しいチャレンジをされています。単に“普通の保育が難しいけれども何とかケガ無く安全に預かる”というスタンスではなく、どの子も最良の保育が受けられるよう、その子らしい成長を遂げられるようにという思いが込められていました。

 そしてどろんこ会とは逆で、今の集団的な保育・教育に疑問を感じてあえて「分ける」という選択をした一般社団法人Telacoya921のおうちえんと旅する小学校。現状の保育・教育のしくみを変えることは難しいけれども、今まさに学校生活や保育園の集団生活よりももっと主体的に生活したり学ぶことができる環境を求めている子のための園・小学校を運営されています。葉山の海を題材に繰り広げらえる育ちの視点とエネルギーあふれる子どもたちの姿は、ただただ未来への可能性に満ちていました。このように、子ども主体で進める多機能化もあるのだと思います。

3.企業の「両立支援」が変われば保育も変わる

保育の環境も変化を続けていますが、子どもを育てる親たちの働く環境も変化しています。2022年10月から育児・介護休業法改正によって産後パパ育休や育休の分割取得がスタートしました。これまでの両立支援制度というのは、休むよりも「子育てしながら少しでも独身時代同様に仕事ができるように」という良い意味での配慮があったようにも感じますが、この改正を機に、「子育て期という何にも代えがたい貴重な時間ををしっかり楽しみながら自分らしい長期的なキャリアを築いていくための支援」に変わっていくように感じています。企業はこれまでの価値観を変えなければならないのです。そしてこの変化は、保育園側にも影響し、少子化以上に0歳児の保育ニーズを縮小させるのではないかと私は考えます。夫婦で出産直後から子が1歳になるまで一緒に育てることができる、単に休むだけではなく休業中の就労も認められ(産後パパ育休)、夫婦交替で就労と休業をしながら無理なく子どもと仕事と向き合っていくスタイルがこれからますます進んでいくはずです。こうした変化を保育事業者も理解してほしいですし、「子どもにとってどんな預け方・生活環境が最適なのか」ということを保育者と保護者が共に考える機会を持ちながらライフスタイル・ワークスタイルをデザインできる時代に入ったということを共有してほしいです。仕事ありきの保育ではない、子ども主体の両立支援というものについて分断なき議論が進むことを切に願っています。

4.社会の変化とこれからの保育者のあり方

多機能化というものが単なる事業者保護の施策ではないということを前提として、次に考えていきたいのが保育者の職場環境・キャリアです。
さまざまな環境下にある子を受け入れるという時代において保育者に求められる専門性はより広がっていくのか、それとも保育士以外の多様な専門家も加わった集団となっていくのか。これについては後者の方が現実的でしょう。
そうすると、これまでほぼ保育士で構成されていた同質的な組織が多様性を帯びていくようになることで職場環境もより複雑化します。そして、保育現場で働くことをめざす学生たちは、自らの専門性や長期的なキャリアというものに対してより強いアイデンティティと志が求められることになると思います。
 この章では中村学園大学の那須信樹先生とゼミ生の皆さんたち、そして北九州市保育士会会長をはじめたくさんの要職に就きながらもずっと現場を見守り続けていらっしゃる北野久美先生との対談で保育士のキャリアというものについてじっくりお話を伺いました。要約するのがもったいないくらい素晴らしいお話ばかりで、2時間の間で大きく変化していく学生さんたちの姿を捉えることもできたので長編で載せています。

5.保育者を尊び、大切にすることが何につながるのか

長々と書き連ねてきましたが、保育所だけでなく子どもを受け入れる多くの施設が「親の就労のサポート」という機能ばかりが強調され、親のニーズに基づいたサービス化が進んでしまっている現状の中で、保育者はその向かう方向性に戸惑いを感じることもあるでしょう。もちろん、社会環境の変化や親たちにまつわるさまざまな問題にも目を向けていくことは絶対に必要だと思います。しかし、かつての私が感じたように、「子育ての大変さ」というものは、実は親よりも子どもたちに目線を向けることで最適解が得られるのではないか、そんな風に思うところです。すべての子どもは平等ですから。
そのためには保育者が働きがいを感じながらもっともっと専門性を高めたいと努力を重ね、その専門性が正当に評価される仕組みが保障されていくことが重要になります。こうした変化こそが保育の質向上や少子化問題の解決策につながるのではないか、そんな風に思っています。
 北海道の学校法人リズム学園のはやきた子ども園と恵庭幼稚園。こちらは一線を画した保育職場環境、人事制度、業務の効率化と風土醸成、小学校との接続までをも包含した地域づくり。まさに多機能化の本質が詰まっています。これから目指すべき姿を見せて頂きました。こちらも書籍で詳しく紹介しています。

6.こども基本法の成立・施行までを見守りながら・・・

こども基本法という大きな法律ができるその瞬間を見守りながらこの本と向き合うことができたことも私にとって非常に貴重な機会となりました。
 本書では上記に記した以外にも、SDGs、ESD、人的資本経営、不適切保育の問題やわいせつ行為の問題、地方の人口減少と行政施策等、
保育のこれからを多方面から、私なりにひとつひとつ紐解いています。また、事業者・保育者・保護者・行政・養成校の学生と、たくさんの立場の方へのヒアリングの機会も持ちました。
リベラルアーツ的に、こうあるべきという概念や偏った議論を取り払うために様々な視点を投げかけた本です。なかなかボリュームはありますが、ひとつとして不要な論点はないと思いますので、たくさんの視点が掛け合わさり、新たな取り組み・実践が生まれることを願っています。

最後に。
すべての子どもたちが幸せな環境で生きていくことができますように。
そしてすべての大人たちがつながりをもちながら、自分らしく生きることを楽しめる世の中になりますように。

2023年5月21日 社会保険労務士 菊地加奈子


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