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#3.「無くし物」の対処法

とある公園から、次の目的地へ。自転車のサドルの後ろ、こども乗せにリュックを掛け、颯爽とお目当ての場所に着いたら…

無い。あるはずのリュックが、忽然と姿を消している。貴重品は肩掛けポーチに入れ身につけていたけど、ポケットWi-Fi、ワイヤレスイヤホン、そしてもう廃版になってしまってるリュック自体、となかなかの喪失ダメージ。

「無くした」「落とした」「盗られた」
咄嗟に3つの言葉が頭に浮かぶ。

「どうしたの?」という息子の問いに、さあ、どう答えようかと頭を捻りつつ、「探し物」となったリュック発見の旅に出る。3kmほどの道程を、従順にUターンしながら、画像認識していくわけだけれど、コレがまた難しい。だって、交通ルールを守って安全運転しつつ、後方荷台に乗った息子にも気を配り、その上で「40cm四方の小さな塊」であるリュックを、流れ行く景色の中から画像認識するわけだから。そもそも、来た道を正確に戻ることからして…むつかしい。

結局、スタート地点の公園まで戻ったけれど、道中には無かった。公園事務所にも尋ねたけど無かった。交番も同様。「遺失届」を各所に提出。そうこうしてるうちに、また息子からの質問。「どうしたの??」

「あのね、ママのリュックが無くなってしまったのだけど、落としたか、ドロボウさんに盗られたか、分からないの。大切な物だから、見つかるように、公園の方やお巡りさんにおねがいして、探して貰ってるんだあ。」と答えた。

性善説と性悪説。

世の中には、2つの見方があり、どちらのベクトルからも対処できるように、自分の行動を振り返り、改善すべきは対処する。性悪説から見ると例えば、「目の届かないところに、自分の物は置かない。もしくは盗難防止のロックをする」などですね。

最終結果としては、、有った!!のです。
正確には、自力で見つけた!!
執念、執着、時と場合によっては大事!!

ダメ元で、もう一往復、道を辿ってみたら、コインパーキングのメーターの脇にそっと、置いてありました。1回目の探索でも、たしかに通ったけれども、死角になって見えてなかったんですね。拾ってくださった親切な方、ありがとうございます。中身も無事そのまま。貴方の善意に、この場にて感謝申し上げます。

今回のアクシデントは、幸運ながらも、性善説をヒシヒシと感じることができた。方々にお世話になった訳なので、公園事務所や交番に、電話でご報告して、改めてお手数おかけしたお詫びとお礼を。

「自分の困ったことの結果が分かったら、お世話になった方々みんなに、報告とお礼をお伝えするのよー」と、息子には追加の答えを。

ちなみに今週は、夫も電車に筆箱を忘れてしまい、探索に息子もお付き合いしてた次第。この時は、パパは何を生きる術として教えてくれたのかしらん。

そんな忘れっぽさが増してる高齢パパママ、そして、まだこれから物の管理を覚えるチビッコには、発売されたばかりのコレ↓↓が必須かな??

我々は、モノの見方と物とを、自分の頭とテクノロジーをcrossさせて、強く賢く安心して生きていく時代に突入しているのかもしれない。

さて、こども達と、どう一緒に新しい体験を積んで会得していこうか。

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