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1人酒場飯ーその19「錦糸町の日本酒バル、骨の髄まで酔わせておくれよ」

 思い立ったが吉日、という諺がある。字の通り、思い立ったら即行動する事がいいという事だ。

 まあ、本質的な意味は「思い立ったらその日を吉日として日を選ばずにすぐに行動を始めるとよい」という格言みたいなものだ。

 だが、実際にすぐに行動!というのは難しかったりする。そんな簡単に言われてもやっぱり億劫になる。やったらやったでそんなにすぐに行動できるならなんでやってなかったの、なんて言われるオチはもっと萎える。


 そんなこんなで僕が街を探索する時は大きな事柄を決めつけてからふらつくことが多い。映画を見るとか、本を買いに行くからとか、呑み会前にわざと早く街に着いておいて散策するとか。

 趣味と散策を兼ねるというのは実に効率がいい方法ではないだろうか。----そんなことを言う前に何故呑み会前に街をふらつくってどうなのだ、それでも気にはしないが。


だが、本当に自由のままに何も目的が無く街を選ぶこともある。


 これが僕の出来る範囲での『思い立ったが吉日』。となるといったことがない街を選ぶのがもっとも自分らしいことかもしれない。そんな思いを抱きつつ、総武線に乗り込んで降り立ったのは錦糸町だった。

 錦糸町の属する墨田区のエリアの圧倒的な観光名所と言えば東京スカイツリーだ。嫌でもその大きさが目に入る。それと同時に隅田川の御膝元であり、他種多彩な下町世界が広がっている。

 そんな中でも錦糸町の駅は大きいJRの駅を有しているため、名を聞くことも多い。錦糸町とひとくくりにされているエリアとしては亀戸がある。亀戸には亀戸天満宮の赤い橋の上で写真を撮ったり、以前に書いた亀戸餃子本店等に行ってみたりと何度も足を運んでいる。


 だが、何度も亀戸に足を運んではいたが錦糸町には通過駅ぐらいでしか言った事が無かった。だから今回は思い付きで錦糸町に降りてみた。錦糸町自体住宅街と商業施設の融合体のような街構えをしているのだが驚いたのはその街の雰囲気だ。


 手始めに南口に降り立ったわけだが、駅から若干離れれば小さな神社や競馬施設のウインズ錦糸町、昔ながらの呑み屋街とさらに東京隋一の風俗街が点在する予想外なほどにゴチャついた歓楽街が待ち構えていた。

 その他にも駅前にはマルイやヨドバシカメラなどの大型商業施設に街のシンボルでもある魚屋『魚寅』が店を構えていたりと兎に角ありとあらゆるものを詰め込んだ『縮図』がそこにあった。雑踏の中をふらつきながら足を北口へと向ける。そこは対照的にビジネスと暮らしのある場所と言うイメージだ。ホテルもこちら側のほうが多いようだ。そんな北口の近くを彷徨っていると気になるお店が目に飛び込んできた。


 洒落た店構えだが、まず目に焼き付いたのは「1合399円~」の表示に店名が『ふとっぱらや』。その日本酒推しの見た目とは対照的になかなかシックなお店構えだ。

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ああ、日本酒を主力に置いている日本酒の居酒屋か、お洒落に言うなれば日本酒バルか。何バルの名のつくお店に入った事があるが故、どうしても惹かれてしまう。ここまで主張が強いお店はなかなかないかもしれないし、その価格に乗ってみよう、乗らせてもらおうとばかりにお店へと吸い込まれていった。


 中へ入るなり感じたのは薄明りの中に感じる石目調の壁と深い茶の木目の味わい深さ、この雰囲気で日本酒を推すとはなかなか勇気があるのではないか。

 勝手に納得し、勝手に唸らされながらカウンターに案内して貰った僕の目には真新し目の厨房の中心部にしっかりと日本各地の日本酒が専用ケースで置いてあるのが目に入った。

 幅の広い品種のお品書きを見ながら何を呑むかを考える。同じように料理のメニューとも相談しながら食するのかを決めていく。

 メニューの1ページ目にある看板の『和牛刺し』、これは頼もう。中でも数量限定の低温調理のタン刺しは数量限定とある。

 何故なのだろうか、人間は数量限定という言葉を見るとサーロインやロースの普通では心持を決めさせる文字さえでさえもお構いなしに気持ちが揺さぶられる。4種盛りもあるがここは一点張りが正解な気がする。

 それに「焦がし醤油のジャコ葱豆腐」「大山鶏の梅肉はさみ揚げ」「すだちおろしぶっかけうどん」で〆まで頼む。

 メニューの流れが決まれば日本酒も決まった。山口の八百新酒酒造さんの銘柄、『雁木』のおりがらみだ。期間限定、呑んでみようか。
 

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『雁木』自体始めて呑んだが、シャープな身体に魅力を詰め込んだ女性のような口当たりだ。芯に強さがあり、バランスの良さが心地いい。

 そこに「タン刺し」が登場してくる。タンとは思えぬ色艶は見ているだけで惚れ惚れしてしまう。醤油もありだがここはお店のお勧めの塩で。ああ、間違いない。

 タンのしっかりとしたあの味が活きつつも低温かつ刺しにしてあることで上品なタン料理に進化している。かつて仙台で味わった牛タンの世界に新しい文字が加えられた瞬間だ。

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 「焦がし醤油のジャコねぎ豆腐」は醤油の香ばしさとジャコの風味、ネギの辛味が豆腐を盛り立てる酒にも、普通に食してもかゆいところに手が届く美味さで、「大山鶏の梅肉はさみ揚げ」も鶏肉と梅肉の相性の良さと軽やかな衣の合わせ技が光る一品で料理も文句がない。

 実はここに至るまでもう一杯日本酒を呑んでいる。

 それが農口尚彦研究所と言う酒蔵の山廃吟醸仕込み無濾過原酒だ。日本酒の神様と呼ばれる杜氏さんが醸すこの酒蔵のぐるぐるの描かれたラベルをこんなところで見つけるとはとんだ吉日に間違いない。

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無事に注文を通し、原酒のとろりとした味わいを喉に通す。今までにないぐらいに個性が際立つ強烈さ。とにかく強靭な強さと濃厚と言えないぐらいに濃い味わいが炸裂する。こういう日本酒の世界もあるのかと勉強になった。


 最後にすだちの輪切りがこれでもかと乗ったおろしうどんで綺麗に〆る。すだちの酸味がこれまでの物語を締めくくる最後の句読点だ。まあそう言いながらデザートまでいったのはエピローグみたいなものだろう。

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 改めて錦糸町の奇妙な街並みを駅に向かいながら思う。思い立ったが吉日も悪くないのではないだろうか、なんて、な。しかしながら、どんな時にも必要な物は自分の感性を貫く事だ、そうすることで幸運が舞い降りてきた・・・ということにする。と言い聞かせながら駅の改札口をぐぐるのであった。


錦糸町 日本酒バル ふとっぱらや
住所 東京都墨田区錦糸4-6-10
お問い合わせ番号 050-3373-5496
定休日 不定休
営業時間 17時〜1時(ラストオーダーは24時)

※現在は短縮営業中


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