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レトロ食堂に誘われて、その4「幼子の思い出の先の一杯」

 10年とは長い月日かと思えばそうではなかった。被災から半年過ぎた石巻を訪れ、高台から何もなくなった街を見た記憶は未だに焼き付いている。

 僕の地元は福島県のちょうど真ん中にある「中通り」地方にある。海沿いの「浜通り」からはだいたい高速を使っても1時間半はかかるが、それでも大きな被害や影響があったそうだ。

 何か以前にも女川の「ニューこのり」さんの話を書いた時もこんな書き出しだったような気がするが、東北にとってはこの震災後の10年はとにかく長いようで短すぎた10年だった。改めて思う。

 だが、その10年の中で新しいスタートを切れたお店も数多くあるだろう。

僕の生まれ育った須賀川という街にもそんな店がある。震災後は場所を間借りしてラーメンを作り続け、数年前に元の場所で営業を再開したラーメン屋。須賀川でも老舗である「かまや食堂」だ。

今でも人が絶えない人気店にして、僕にとっても昔懐かしさを感じるラーメンが待っている。昔は苦手に感じた節の香りが今ではすっかり馴染んでしまった。
 
 須賀川市の表通り商店街から少し離れたその暖簾の近くには震災後に建てられた須賀川市の市役所が建っている。そこからちょうど真向かいに「かまや食堂」はある。昔も、今も場所も味も変わらず、暖簾をはためかせている。

 僕がその味を思い出そうと訪れたのは昔最後に食べて十数年は経っていたと思う。震災で昔の味わい深い木の建物から建て直されてはいたが薫りはあの時のままだった。

 暖簾をくぐり、入口の食券売り場でメニューを選ぶのがここのスタイル。食堂ではあるが、ここではメニューは「中華そば」が看板だ。それにあるのは大盛、特大、バラ肉中華の4つの選択。量か、チャーシューメンか。の潔さだ。それにトッピングが乗せられるだけで飯なんぞ存在しない。

 それと他にあるメニューと言えば「もりそば」ぐらい。というか、「かまや食堂」さんはもともと蕎麦だけだったが、後で中華そばが加わっただけという麺で勝負し続けているお店なのだ。

 券売機で中華そば大、トッピングで海苔と温玉を選び仕切りのある席に座る。回転の速さはテーブル少な目、カウンタースタイルの席が多いから出来る技だ。

 セルフで水を汲み、店内を見渡す。昔は畳の席があって、味のある棚やちょっと古ぼけた漫画があったが今はもうない。代わりに須賀川をイメージさせるものが飾られている。

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そういや、ポスターあったが特撮の神様、円谷英二氏がここ出身なのが特撮に今でもはまって抜け出せない原因の一つなんだよなあ。僕の地元でちょっと驚くべき菓子があることをまた書くかもしれない。

もの想いの傍らで店内のTVから野球中継の音が流れている。ここだけ見れば昔の映像が浮かび上がってくるようだ。

さて、中華そばが僕のところに届いた。待っていました、これなんですよ、これ。まるで蕎麦の返しに似たような真っ黒なスープ。思い出してきた。これだよ、これ。記憶の中にずっと残っていたのは。

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トッピングはメンマにナルト、味の染みたチャーシュー。ほうれん草に乱切りのネギ。ザ・中華そばの組み合わせである。(時折いんげんがほうれん草の代わりになる場合があるそうだ)そこに追加の温玉と海苔で賑わいが灯る。

中太の麺が漆黒の海の中で水揚げを待っている。待っててくれ、まず先に記憶を呼び覚ますためにスープから呑むからな。黒いスープを呑んでみればわかる。

強烈な節の旨味が溶け出した濃厚な味わいが。僕が昔は苦手だった味だが、どうしても食べたくなってしまう旨味を凝縮した強烈な一撃だ、脳天まで魚の出汁の衝撃が一気に伝わってくる。この味を食べてしまったら、二度と忘れることは出来ないんだ。改めて魚介の出汁の凄さを身をもって叩き込まれている。

よくよく考えれば、蕎麦の返しだって元は節系の出汁を基本にしている。それをラーメンに発展させたのだからこれは日本蕎麦の新しい進化系なのかもしれない。歯切れのいい麺を啜り、またスープへ戻る。迷い込んだ深みへ囚われていく。

それをリセットするのが乱切りのネギ。深みの醤油と出汁の後味をまとめ上げる。ほうれん草を中に挟めばさらに追いかけたくなるこのラーメンを。


 チャーシュー、薄いがしっかりと味が染みている。クタクタの海苔、ナルトで脇もスキなし。地元で味わう中華そば。ここの味に帰ってこれてよかった、心底思う。

どれだけ道は長くとも、どれだけ道は険しかろうとも。きっと待ってくれている人がいる限り、その店の歴史は終わることが無いのかもしれない。この一杯で改めて僕は考えてしまうのだ。

今回のお店
かまや食堂
住所 福島県須賀川市八幡町16-16
定休日 毎週金曜
営業時間 10時30分~24時(なお、スープがなくなり次第終了となりま

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