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【ボツネタ教えてくれませんか?】vol.01 モーニング編集部 Ⅰ上氏『逢いたくて、島耕作』


この度、講談社宣伝統括部では、新シリーズ「ボツネタ教えてくれませんか?」をスタートいたします。

作品ができるまでには知られざるボツネタがあるはず。しかし私たち読者はボツネタを知る機会がありません。時にはボツネタを知ることで作品の楽しみ方が増えるかもしれないのに。そのままボツネタを眠らせておくのは何とも惜しい……。

このシリーズはそんなボツネタを掘り起こし、採用案の良さを再発見しようという企画です。記念すべき第一回目、お話をお聞かせいただいたのは、モーニング編集部のⅠ上さんです!


ーⅠ上さん。宣伝統括部です。よろしくお願いします。

こちらこそよろしくお願いします。

ー宣伝統括部 noteの記事として、レビュー記事やら何やら考えたんですが、「編集部以上に面白い情報なんて持ってないじゃないか!」ということに気づきまして。「我々がアカウントを持っている意味ってなんなんだ」と、考えこんでしまったわけです。「やはりこれは編集者に突撃取材するしかないな」と思ってですね、このnoteでは編集者から仕入れた情報を読者に提供していきたいなと。

なるほど。秘話逸話や滑った転んだ話を仕込んでコンテンツにすると。

ーはい。そこで以前からこのボツネタ企画を考えていた段階からご相談していたⅠ上さんにまずはお声がけしました。

光栄でございます。

ーⅠ上さん、死ぬほどあると仰っていたので。ボツネタが。

いや~、しくじり経験しかない(笑)。まずは社内コンペで1等賞を取った新事業企画がボツにされた話から始めていいですかね。えっと、今から15年前になるんですが……(以下略)。

ーこの話は面白いんですがちょっと企画の趣旨から外れるので……。できれば今連載中の作品で教えていただければと。

ん~。そうしたら『逢いたくて、島耕作』にしましょうか。作者の諏訪符馬さんをいつも雑に扱っているもので、ここで雑にネタにしてもいいでしょう。

ー雑に扱わないでください(怒)。

『逢いたくて、島耕作』

『モーニング』(講談社)にて連載中。漫画・「島耕作シリーズ」の連載開始40周年を記念して開始された、公認スピンオフ作品。

試し読みはコミックDAYSから

◆内容紹介

「島耕作」シリーズを聖典とあがめ、幼い頃から1000回以上も読み返しているイカれた就活生、谷耕太郎。ある日、ふと気づくと憧れの島耕作が実在する世界に転生していた!
期待に胸を膨らませる谷だが、上司として待っていたのはシリーズ最凶の「子悪党オブ子悪党」、今野輝常だった!
パワハラひしめく激動の80年代を生き抜き、島耕作に逢うことが出来るのか!?
シリーズ40周年記念、まさかの本家公認ギャグ!

がんばり屋、諏訪符馬

そもそもこの諏訪符馬さんって人はすごいがんばり屋さんで、かつネームだけは異常に上手くて、しかも早い。でも、後は全部……何というかこれからの人っていう(笑)。まあ、ちょっとゆがんでるんですが素晴らしい才能の持ち主なんですね。

ただネームが上手いといっても、「わあ面白い!」というネームを量産するだけで、いわゆる連載第一話として「すげえ、これ絶対課金するぜ!」みたいなものだったり、「すごい新しい企画だ!」みたいなものはそんなに出てこない人で、コミカライズのネームだったら天才、そういうタイプの才能だったんです。

ーすごくディスっているようでいて褒めているという理解でよいですかね?

もちろんです。前作はコミックDAYSで『魔王様は結婚したい』というショートギャグ漫画をやっておられて、全36話で終わったんですが、36回週刊連載を一度も休まず、年末年始も全部描いた。

そういう作家さんだったんで、「次回作も週刊連載なんとかしたいよね」ということで、ネームを切ってもらったんですけど、たぶん20本できかないレベルでボツになっているんです。

新連載の起こし方にはいろいろなスタイルがあります。ただ私は楽をしたいので、最初は漫画家に描きたいものを描いてもらう。「どういうのやりたいですか?」って聞いてネームを出してもらって、「ああ、こういうのがよくて、こういうのが悪くて」といって企画にするのが楽で簡単なんです。それで諏訪さんにもそうしていたら、う~ん……というような。本人は描きたくて描いているわけだけれども、ただ作り手の事情しか出てこないというか。こういうキャラクターがいて、こんな面白おかしいことをして、こんなひどい目にあいました。というように、どっかで読んだことがあるようなものばかりが出てきた。

ーそれはファンタジーだけでなく? いろんなジャンルで?

もういろんなジャンルです。「宇宙から攻めてくるしつこい謎の敵を、男と女が偶然バディ関係になって撃退することになるが、二人の信頼関係はなかなかできず……」とこうして要約するだけで既視感ハンパないじゃないですか。

ーそうですね。いろいろ置き換えられるような。

あとは、「会社勤めしてる私には気になる女性社員がいる。ただその女性社員の尻だけはどうしても~」みたいな。う~ん。ネームだったら読める。面白いかどうかでいえば面白い。でも新たに始めたところで、数万人が喜んでくれるイメージが浮かばない……、ということを繰り返すうちに作者も困り果てた。そこで「あなたの描きたいものって既視感のあるものにしかなってない。もっとないの? 絶対描きたいもの?」というように底につくまで深掘るわけです。そしたら「あるっちゃある」。「『グラップラー刃牙』という有名なタイトルのスピンオフをやりたい」と。

その『グラップラー刃牙』のスピンオフの話を聞いてると面白いんです。あれにピクルっていう強い人間をバリバリ食う、恐竜みたいなやつがいるんですけど……。

(中略)※諏訪さんの未来の糧なので割愛

「くそ面白いやんけ!」と、ついに傑作のアイデアが出てきたんです。ただどうしても他社の作品なので、「たいへん面白い! ではごきげんよう。どうぞ秋田書店へ」ということで打ち合わせが終わってしまいました。

無数のボツを経て島耕作へ

そしたら「そ、それは困る」「私はⅠ上さんと仕事がしたいんです!」とありがたいことを言ってくれたんで、「じゃあ講談社の作品で考えてください」と聞いたら「じゃあ島耕作」と。やっと来た! 無数のボツと秋田書店向けの傑作ボツを重ねてやっと来た!という話であります。

ーじゃあ島耕作は本当に好きで?

諏訪さんは子どもの頃から島耕作が大好きなんです。それもネーム5本ぐらいボツにしてわかったんです。最初はスピンオフをやるからにはオリジナルのキャラクターなんて出さないで、島耕作のキャラクターだけいじろうと。そしたら「今野を主人公にする漫画をやってみたい!」ということで『保身!今野輝常』みたいなネームが出てきました。いいタイトルだけど全く読みたくないんですよ(笑)。

『逢いたくて、島耕作』STEP1より

ー今野あるあるのいじり漫画ですね。

「すみません。今野はあなたも好きだしみんなも好きだけど、今野が主人公でがんばる漫画とか昼飯を食べる漫画とかそんなもん需要がないんですよ」という話をしました。

ーハンチョウやトネガワみたいないじり方をできるなら全然ありな気がするんですけど。

そうそう。打ち合わせの初期はそんな感じだったんですよ。「今野、今日のセクハラ残念だったな……。じゃあ昼飯食うか!」みたいなネームがあったんですけど、読んでみたら「見たくないよ! 今野のゆかいな休日とか」ということに気づいてしまった。ハンチョウのように愛でる対象にはならなかったのです。それゆえ、島耕作のスピンオフがいったん暗礁に乗り上げたわけです。

ーまたボツの香りがしてきました。

ただ、以前より編集長から私に「大人向け異世界漫画をやりなさい」という指令がずっとあったので、そんな話を諏訪さんとしていたところ、「じゃあ異世界転生もの島耕作にしましょう」となってきた。いちおう編集部側のオーダーが、さんざん作家のネームをボツにしたあとに入ってきた。

ー『転生したら島耕作だった件』とは差別化をして。

そうそう。「島耕作の転生はもうあるやんけ!」という話になるので。『転生したら今野輝常だった件』も案としてあった、でも全然嬉しくないでしょ(笑)。「ただその場が面白いだけのネームを描くのではなく、キャラクターを起てましょうよ」と話をして。それで谷耕太郎という、いわゆる主人公をちゃんと作りました。「読者が応援してくれる主人公を作ろうね」という真面目にキャラクターを立てる打ち合わせをして、このあたりから主人公が出来上がっていった。

諏訪さんという作家さんは繰り返しになりますが、ただネームだけが面白くて、何か描いてくれといったやつに、そこに最大限のサービスをしてくれる、そこに関する天才だったんです。そこに考えが至らなかったので、芯を食わない打ち合わせをしたあげく、漫然とネームだけを出させ続けていた。これは編集者として明らかな失策です。最初に私が諏訪さんを雑に扱っていると言いましたが、本当に良くない形で雑に扱ったわけです。「もう何10本ボツにしたんだこの野郎!」と諏訪さんが私に怒っても仕方がない。遠回りさせてしまったことを猛省しています。

そして、異世界転生ものの企画に至る

諏訪さんと異世界転生もののことはずっと話をしていました。最初にコミックDAYSで連載した『魔王様は結婚したい』は逆転生もので、異世界の最強魔王様がうっかりこっちの世界に転生してコンビニの店長をするという話です。

そこで転生もののいわゆる作り手側の事情としていいところは自分と作者で合意できていました。それはロジックを説明しなくていい、なんで俺はここにいるのかを説明しなくていいということ。本当はいろんな物語を作るにあたってそこを考えなくてはいけないんですが、それを全部省くことができるので、転生ものというプラットフォームはとてもいいなと。

ー徐々に短くなってますよね。当初は20ページぐらいかけてたものがだんだん10ページぐらいになって。

10年ぐらい前の異世界転生ものでは1話目では女神とのやり取りで終わるというものが普通にありました。

ートラックにひかれるまでが1話とか(笑)。

そうですね。これがジャンルとして定着した現在では、そこはもういらない。主人公はなぜ選ばれたのかとか、なぜここなのかという説明はいらなくなって、みんなが楽しめるようになった。であるからこそ異世界ものはブームではなくてジャンルになったんだと思うんですけど。説明不要で作品世界にキャラクターを放り込むことができる。そこのところが異世界ものをつくるうえで大事なところなんだろうなと。という打ち合わせを諏訪さんとしまして、ということで『逢いたくて、島耕作』でも今野が最短で登場する。

ーホント最短ですよね。2ページ目?

2ページ目ですからね。「わ、転生した!」「今野?」。

『逢いたくて、島耕作』STEP1より
『逢いたくて、島耕作』STEP1より

ということで、最近のジャンルとして定着した異世界ものの流儀を踏まえる形にボツの結果落ち着きました。

ー「1ページで転生した、早っ」て思いましたが。

でも「早っ!」で済むんですよね。モーニング読者もある程度わかっていて、「こんなすぐ、なんで転生したの?」っていう人いなかった。

ー正直いらないですよね。なんで死んだか思い出す必要はない。

死んだかどうかすら、説明する必要はないんです(笑)。だいたい何かが理由で死んだらそこに残留思念が残ってそのスキルを得るというのが、まあテンプレートではあるんですけど。それが『逢いたくて、島耕作』の場合は、ちゃんと後々伏線となって就活に失敗してからの出世欲とちゃんとリンクしているんです。

いちおう主人公のキャラクターとしては、島耕作が好きすぎて就活がうまくいかなくてという設定。実際に私も諏訪さんも島耕作が好きで、できれば島耕作の世界に行ってみたい。ただ、行くための理屈をいくら考えたところでしょうがない。早く行こうよ!という(笑)。異世界ものがみんなの頭に定着したところを活かして時流に乗せてもらったところにある。

タイトル会議は居酒屋で

ー『逢いたくて、島耕作』。このタイトルもボツの末に生まれたんですか?

なかなか決まらなかったんですよ。つけてくれたのはTさん。もともと島耕作担当だったから。4話ぐらいまでネームを描き始めた段階で、名古屋在住の諏訪さんを東京にお招きしました。ちゃんと弘兼さんに話を通さなきゃと。ただ弘兼さんはご多忙につきどうしても都合がつかずということで会えず……。『逢いたくて、島耕作』同様に、『逢いたくて、弘兼憲史』で、逢えなかった。

はるばる上京してきたのに「逢えへんやんけ!」ということになり、編集長や弘兼さんの担当を含む編集部のメンバーと会社近くのゴールデンゲートという居酒屋で接待しました。

ーとことん諏訪さんを雑に。(笑)

そこでガンガン酒を飲みながら、「弘兼さんにも逢えないなんて!」「島耕作に逢えないだけかと思ってた」と諏訪さんが嘆いて。

そうしたらTさんが、「タイトルもおしゃれな洋画みたいに『逢いたくて、島耕作』でいいんじゃないですか?」と。「おしゃれな洋画みたいってなんだそれは!」と、みんな爆笑して『逢いたくて、島耕作』に決まりました。

ーちょっとフレンチですね。J-WALK感もありますね。

昔の洋画風なね。Tさんはそういうの好きなんでしょう。

ー他のタイトル案はどういったものが?

たくさんあったんですが全部忘れちゃいました。ボツになった今野の企画の『保身、今野輝常』しか覚えてないです。近所の居酒屋で作者をまじえてタイトルを決めるとは昔っぽいですね……。

ー昔っぽいですね。転生、異世界っぽいタイトルじゃないよなっていう。

そう。最初は異世界っぽいタイトルにしたかったんだけど。普通だったら『転生したら今野輝常の部下だった件』みたいにしたいわけですが、そうすると島耕作がタイトルに入ってこない。島耕作のスピンオフなのに今野がタイトルに出てこようとするっていう問題があって、そこで苦しんだところはあります。今野がタイトルで誰が読むんだと(笑)。

ー逢いたくて、だとちょっとエスプリ効いてるふうでいいんじゃないでしょうか。

居酒屋で話している時点で、主人公は島耕作に逢えないというのは決まっていたので、いくらがんばっても逢えない。ちなみに諏訪さんは子どもの頃から島耕作が大好きだったと言いましたが、諏訪さんの実家が床屋さんで、待っている客が読む漫画の中に『島耕作』が全巻置いてあったそうです。諏訪さんは親の職場に入り浸ってそれを読んでいたという。いい話です。


取材を終えて

いかがでしたでしょうか。諏訪さんのネタを何十本もボツにしたⅠ上さんですが、Ⅰ上さん自身も過去に企画をボツにされた経験があるからこそ、めげずにネームを出す諏訪さんの気持ちがわかるのかもしれない、インタビューをしながらそう思いました。また『逢いたくて、島耕作』の主人公・谷耕太郎には、そんな諏訪さんのガッツも反映されているような気がいたします。

今回『逢いたくて、島耕作』のボツネタから異世界ものまでお聞きしましたが、しばらく漫画を読んでいない方の中には「へえ、異世界ものってジャンルになってるんだ」と思われた方もいるのではないでしょうか? 

『逢いたくて、島耕作』、島耕作ファンの方はもちろん、異世界もの漫画のはじめの一冊としてもオススメです! 是非!


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