監査法人対応の教科書


監査法人に所属し、会計監査をしたことがある人であれば、すぐにわかるようなことでも、一度も所属したことがなく会計監査をしたことがない人にとってはわからないことがたくさんあるようです。

私も事業会社に関与させていただく機会が増えてから、監査法人対応をしている人を横目に見ながら、そのような人たちが必要以上に監査法人に対してある種の恐怖感を覚えているのを見てきました。

しかし、そのどれも健全な意味での恐怖感ではないことが多いです。

奇しくもいま世界はコロナ禍により、資本主義史上最大の危機を迎えていると言っても過言ではありません。

そのような情勢で専門家の助言が各国のロックダウンや日本で言えば緊急事態宣言を行う際の根拠となっているようです。

ただ、ロックダウンや緊急事態宣言の決定が果たして政治的(あるいは経済政策的に)に正しかったのは歴史の審判にかけられることになることでしょう。

政治家は専門家の意見を聞き、今回のコロナ禍であれば、コロナの疫学的な影響のみならず、経済的な影響などを様々なことを考慮に入れ、総合的に判断することになります。

その際に必要となるのは専門家と適切に対話できるだけの十分な知見になります。

むろん、政治家が専門家と同様レベルの知見を持つ必要はありません。

もちろん、あったほうがベターなことは言うまでもありませんが、あらゆる分野において専門家と同様の知見を持つことは実質的に不可能です。

そこである程度は専門家との対話ができるレベルの知識やコツみたいなものを知っておく必要があります。

奇しくもコロナ禍を通じて、専門家との適切な会話ができないと政治家にとっては政策判断を誤ってしまう可能性があるということを実感しました。

そして、このことは会計監査の分野に当てはまるなと思ったのが本稿の執筆に至った経緯です。

そこで本稿では、監査法人に勤務している会計士が普段どのような思考に基づき仕事をしているのか、思考のクセみたいなものがあるとすればどのようなものなのかを紹介します。

そして、それらを前提とした上で効率的な監査対応を可能とするような具体的な例をあげることで、少しでも会計監査に対して理解を深めてもらい、会計の専門家たる会計士と適切な会話をすることができるようになり、ひいては会計監査についての理解を深めてもらうことを目的とします。


1.重要性

重要性については経理部にいて、日々監査対応をしている人であれば、一度は聞いたことがあるとは思います。

簡単に言えば、財務諸表全体に対して、金額が小さい誤りであれば、修正する必要までないよね、修正したとしても全体を大きく変えるものではないよね、というものです。

会計や経理に一度も触れたことない人からすると、経理や会計っていうのは一円までも合わせてきっちりしているように思うかもしれません。

さらに言えば、それを監査する会計士はもっと細かいことに対して目を光らせていると思うのかもしれません。

しかし、会計士の仕事は投資家の意思決定に重要な影響を及ぼすような誤りを見つけることであって、投資家にとってはほぼ意味のないような金額についての誤りを見つけることではありません。

そのため、会計士監査では前期の決算数字と比較したり、月次での金額の推移をみて、大きく金額が動いている項目があったりした場合に、誤りが存在していないかどうかを確認するということを行います。

これは専門的に言えば、リスク評価手続と呼ばれています。

会計士は誤りが財務諸表のどの項目にありそうなのかのあたりをつけるためにリスク評価手続を実施します。

そして評価されたリスクに応じたリスク対応手続を行うのです。

リスク評価手続が正しく行われたとしたら、金額的に小さい誤りなどを見つけようとはしないのが会計士の思考となります。

重要性はそのようなリスク評価手続を行う際にベースとなる会計士であれば誰もが意識する判断枠組みであると言えます。

ではこの重要性とはどのように実務で用いられているのでしょうか。

ここでは二つの観点で説明してみようと思います。

まずは監査を開始するにあたり、どのようなリスク対応手続きを実施すべきかを勘定科目ごとに決定することになりますが、その際にそもそもリスク対応すべき勘定科目を決定することが求められます。

その際にはまず金額的に大きな勘定科目については重要性があるものと考えて、リスク対応手続きの策定が行われることになります。

しかし、財務諸表には金額的にはそれほど大きくない場合でも性質としてきっちりと監査をしておかないと危険と判断される勘定科目もあります。

これは例えば、会計上の見積もりの要素が大きい勘定科目などが該当することになります。貸倒引当金や固定資産の減損会計、税効果会計などが該当します。

質的に重要と判断された勘定科目に関しては、金額的にそれほど重要性がなかったとしてもリスク対応手続は実施されることになります。

<経理のあなたができること!>

量的重要性、質的重要性の意味を理解し、決算を効率的に組めるように配慮することが大切になってきます。

2.ジョブ損益の観点

監査法人は国の機関でもなければ、公務員でもありません。

民間の事業会社です。

つまり、単純に赤字になり、それが継続してしまえば、倒産してしまいます。

監査法人の収益源はクライアントからの報酬をもらうことです。

そうすると、各クライアントごとの損益がプラスになっていないと監査法人全体としての損益もプラスにならない確率が高まってしまいます。

監査法人は大きくなればなるほど、当然ではありますが、間接部門のコストがかかるようになります。

間接部門のコストもクライアントからの報酬で賄う必要があるので、クライアントごとの損益はとても重視されます。

<経理のあなたができること!>

監査法人は非営利組織ではなく、純粋に利益を追求する営利組織であるということを認識することで、監査法人に所属する会計士の思考を理解することができるようになると思います。

3.会社としての考えを教えて欲しい

これも監査対応をしている経理の方であれば聞いたことがあるかもしれません。

かつての監査法人であれば、会社の見解を聴くということはなかったのかもしれませんが、現在の監査法人の監査を受けるとよく聞かれることになります。

例えば、固定資産やのれんの減損、引当金、税効果会計など見積もりが伴う会計処理が増加していることに伴い、会社としてのスタンスに基づき会計処理が決定されることが多くなっています。

この辺りの会計処理については、監査法人としてはまずは会社としてどのようなスタンスなのかについて明確にしてほしいと思っています。

会社のスタンスが明確になっていないのに、例えば、繰延税金資産を計上することはできますか?などの質問を監査法人に行ってしまうとすると、監査をする会計士としては、それはまずは会社としてどういうロジックに基づいて、繰延税金資産を計上することが可能なのか理論武装をしてほしいと考えます。

会社の経理の方からすると、どのようなロジックであれば納得してもらうのかがわからない場合があったり、どのような資料を用意すれば良いのかわからないので聞いているだ!と思うかもしれませんね。

<経理のあなたができること!>

会計上の見積もりを行う必要がある会計処理に関しては必ず会社としてのロジックを明確にして、それを資料として作成することが大事になります。

仮にどのような資料を準備するのかわからない場合は事前に主査の人に聞いておくと良いと思います。

会計士にとって一般的に事前にそのような質問をされることは結果として決算における監査の工数が削減できたりするので、歓迎されることが多いので、ぜひ実施してみてください。

4.スケジュール感を持って仕事をすることが苦手な人が多い

会計監査は一般に思われている以上にチームワークが重要な仕事になってきます。

しかし、そもそもチームワークをすることが苦手な人が会計士になっているような面もあり、プロジェクトの管理なども効率よく行われていないことが多いです。

そのため、受け身の姿勢で監査を受けていると会社にとって不利になってしまうこともあります。

例えば、決算短信の発表ギリギリのタイミングで重要な修正を求められてしまうなど、本来であれば、もっと早めに議論をして、会計処理の方向性を決めていれば、そのようなことは回避できたにも関わらず、監査チームの段取りが悪いがために審査でひっくり返されてしまうなんてことはよくあることです。

このようなことが起こらないためにも、会社の側から積極的にスケジュールに関するイニシアティブを握っていくことが大切になります。

<経理のあなたができること!>

決算スケジュールを監査法人と明確に共有し、いつまでに何を準備し、監査がどこまで進んでいるのかを少なくとも週に一度主査の人とディスカッションできるような体制の構築が望ましいと思われます。

5.報酬をたくさんもらっているクライアントに対しては強く言えない

まあこれはなんとなくわかるのではないかと思います笑。

監査法人と言えども、民間の営利企業には変わりません。

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