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コダマシーン、初の講演会。

昨年末、素敵な歴史建築の中の書店で、講演会をさせてもらいました。観客は30人超くらいで、こじんまりとした部屋はぎゅうぎゅうでした。自分たちがしてきた仕事の紹介に続いて、私たちはこう訴えました。

中国では「なんでもできます!」という業者さんが、適当な作品を、適当に置くことが多いですが、もう、それでよかった時代は終わろうとしています。オーディエンスは成熟してきています。
コンテクストにあった、ちゃんとしたクオリティの作品を置きましょう。そして見る人の人生を変えるような体験を作り出しましょう。

90分間、誰も席を立たず、講演後もたくさんの人がその場に留まり、熱心に質問をしてきたり、私たちの持ってきた図録をかわるがわる見たりしていました。この年末の小さな講演会は、上海に来てから初めて自分の声を届けることができた機会として、大事な記憶になりそうだと思いました。

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コダマシーンは、私と夫の増井辰一郎のユニットです。2018年に上海で会社を立ち上げました。私は、現代美術キュレーターとしてのアカデミックな仕事は個人名で(日本に個人事務所を持っています)、商業案件と中国案件はコダマシーンで受けています。

増井は、京大で建築を学んだあと、インテリアデザインやグラフィックデザインの仕事をして、またインターメディウム研究所(IMI)に通ったことをきっかけに現代美術家のアシスタントとして動くということもしてきた経歴の持ち主。夫婦で仕事するのってちょっと抵抗あったのですが(プライベートと仕事は一応分けたいというか・・・)、でも考えてみれば強力なタッグです。建築や素材といったハード面から、作家のコンテキストや思想までカバーすることになるわけですから。

というわけで、いったん一緒にやると決めてしまったあとは、「仕事するぞ!」と意気込んでいたのでした。ところがその勢いとは裏腹に、会社設立からのこの2年間、中国でのアート作品設置の仕事は思うように受注できませんでした。もちろんコロナとか、まだ駆け出しだということもあるのですが・・・

営業として動いてくれていた中国人パートナーが、案件をたくさん持ってきてくれてはいました。ショッピングモールにパブリックアートを設置してほしい、世界遺産の体験型展示を企画してほしい、アートホテルを計画してほしい・・・。引き合い自体は多かった。ただし受注して支払いまでスムーズにいく案件はほとんどない。中国ではみんなある程度そうなのですが、それにしても我々は苦戦しました。一つには、その中国人パートナーのやり方、考え方が私たちの仕事に合わなかったということがあります。

彼は仕事熱心でしたし、そもそも彼が入ってくれたことで上海での会社設立ができたので、私たちにとっては大事な人です。それに次のようなことを教えてくれたのは、彼でした。

中国ではまだ「アート」がなにか、わかっている人は少ない。どういう性質のものか、どういう役割をはたすのか、どうやって作るのかも、みんな知らない。だからこっちから提案するしかない。

この前提はいまなお中国でこの領域の仕事をするとき、最初に頭に入れておかなければならないものです。納期まで1ヶ月しかない案件がきたり、恒久設置の公共彫刻に高校の文化祭程度の予算しかついてなかったり、クサマかムラカミかナラの作品(つまり大御所の作品)がほしいと言ってきてその予算では無理だと言うと「それっぽいのでいい」と言われたり・・・理不尽な要求は枚挙にいとまがありませんが、すべては「知らないから」だということです。ある事項について、社会全体で共有されている認識が初期段階だということは、どの社会においても起こりうることで、責めることはできません。

そんなわけで、ある意味クライアントの教育からやらなければならない状況なわけですが、それをわかっている彼でさえ、やっぱり現時点での中国のやり方・考え方から抜け出すのは難しかったようで、結局はクライアントの要求にどれくらい応えることができるかという営業となり、なんでもできるわけではない、つまり適当に済ますことができないコダマシーンの仕事に対する姿勢と決定的に食い違っていきました。

昨年彼とはパートナーシップを解消することになり、改めて二人でやっていこうとしたとき、別の中国人の友達が「営業するんじゃなくて、講師として話をした方がいいよ」と、冒頭の講演会をセッティングしてくれたのです。そして「なんでもできる、じゃなくて、なにができるか、強みを話そう」と言ってくれたのです。

というわけで、「コンテクストにあった、ちゃんとしたクオリティの作品を置きましょう」なんていう、日本では当たり前のことを話すのにも、力が入りました。そこには「適当な作品でいい」「それっぽいのでいい」「作家とディスカウント交渉するのがキュレーターの役目でしょ」などと言われ続けた私の、「それは違う」という怒りに近い思いが込められていました。

もちろんこの講演会を経て、素敵なクライアントから好条件の仕事がどしどし舞い込んでくる・・・なんていう都合のよい話には、まだなっていませんが、自分たちの拠って立つところを確認できた、よい機会になったと思います。


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