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『アートのお値段』に見る "アートのお仕事"(ギャラリスト/コレクター篇)

アーティスト篇キュレーター/美術史家/評論家篇に続いて、ギャラリストとコレクターについて見ていきましょう。

ギャラリスト

作家と協働し、作家のエージェントとして美術館などとも協働しながら、二次市場でのお金の動きも睨みつつ、コレクターに作品を売っていく仕事。だからこのアートとお金というトピックの上ではまさに扇の要のようなポジションです。それにギャラリーは巨大なところから小さなところまで規模も個性もいろいろなので、せめてあと2〜3人は入っていてもよかったのですが、ほとんど登場しませんでしたね。

貴重な証言をしてくれたのはこの方。

このジャングルの中で アート好きに会うのが仕事だ
木々の上方にある生態系では アートが資産になるからね
ーーギャビン・ブラウン(ギャラリスト)

ブラウンは彼自身も作家として活動しているようです。だからギャラリストの中でも特に作家寄りかもしれません。

アートとお金は結合双生児のようで 切り離せなくなり
アートは目的を見失ってしまった
道を踏み外し 変容したんだ アート自身がつらい時を過ごしてる 
この状況から抜け出せずにね
ーーギャビン・ブラウン(ギャラリスト)

みんなが終焉に向かって突き進んでいて、最後の審判の時が迫っている、と彼は言います。でも自分もその中で稼いでいるから悪く言えない、と。彼の言葉は、アートを愛しながらマーケットの中に生きるひとりの人間として、真実味があります。

昔取り扱ってたアーティストは高価になった
それに2次市場 3次市場のほうが
1次市場より儲かるの
初めてクーンズを売った時は700ドルだった
ーーメアリー・ブーン(ギャラリスト)

メアリー・ブーンの証言も貴重です。いまは数千万ドル(数十億円程度)で取引されるジェフ・クーンズが、最初は700ドル(約7万円)程度だった、と言うのです。

プライマリー・ギャラリーでは、ある若手作家の作品を売り出そうとするとき、最初は低い値段で出して、何年もかけてゆっくり値段を上げていきます。そうしないと作品が売れなくて作家が潰れてしまうから。

でもそうやって、自分が発見して育てようとした作家の作品が、二次市場・三次市場で信じられないような高値で取引されるということも起こります。一次市場と二次市場はゆるやかにつながっていて、二次市場での価格の高騰は当然一次市場にも反映されるので、必ずしも「ずるい!」みたいな話ではないようですが、基本的にプライマリー・ギャラリーは作家の長期的な成長と成功を企図して、値段のバランスを見極めていくようです。

まあ、もっといろんな、複雑で幅のある領域なのだと思いますが、この映画ではギャラリーの描写はこの程度にとどめることにしたようです。

コレクター

コレクターを「アートのお仕事」に入れるかどうかは難しいところ。利益を上げている方もいらっしゃると思いますが、基本的には "趣味" "道楽" と考えている方が多いのでは、と思います。 ただいずれにせよ、現代美術の生態系の中では非常に重要な役割を果たしていることは間違いありません。

コレクターもさまざまな規模と個性の方がいます。小遣いで少しずつ集めていくサラリーマン・コレクターから、分散投資のために作品を購入する資産家まで。

この映画ではひとりの大物コレクター、ステファン・エドリスに焦点を絞って取材しています。この方が複雑なレイヤーを持つ方で、アートに対する考え方も態度も柔軟でとても興味深く拝見しました。

まずものすごい金持ちです。どうも10億円くらいはポーンと出せるようです。でも持っている作品の価格が上がるのも楽しんでいる。作品は誰かと交換したりもする。作品の趣旨について語れるし、「庭にこの作品を置いて鑑賞したら最高だ」なんて、自分なりの楽しみ方を考えてもいる。第二次世界大戦の時にドイツから亡命してきた身でありながら、マウリツィオ・カテランの《彼》(ヒトラーの顔をした少年の像)を持っていたりする。コレクションは彼にとって道楽であり、ゲームであり、哲学的な問いでもあるようです。

こういう会話が出てきます。

(ジャスパー・ジョーンズの「ターゲット」に)
1000万払った
(97年に1000万ドル?今の値打ちは?)
1億ドルだ
(信じられない)
そのとおり
(適正価格は?)
木枠は80ドルくらいだな
カンバスの質もいい いくらか分からないよ
多くの人が 値段を知っていても
価値は知らないんだ
ーーステファン・エドリス(コレクター)

こんなふうに、自分のコレクション活動を相対化して見ている様子が印象的でした。映画の最後には、あるまとまった数の収集品をシカゴ美術館に寄贈しています。莫大な資金をつぎこんでつくったコレクションを手放す彼を見ていると、富とは、お金とは、人生とは何か、考えさせられます。

ところでもう一人、対照的なコレクターが作中に登場します。初めて購入した作品はダミアン・ハーストの、ピンクの背景に本物の蝶が貼り付けられた絵画だと説明します。

(何に感動を?)
色よ
ーーインガ・ルベンスタイン(コレクター)

そう言いながら泣きそうになるルベンスタイン。映画を見ているこっちはなんだかポカンとしてしまいます。いや、感動したのは背景のピンク色って・・・もうちょっとなにかあるでしょう・・・と。あえてこういう人物を入れることで、あまりよく考えずに作品を買っている富豪もいる、ということを監督は見せたかったのでしょう。

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キュレーターとしての私が仕事上関係があるのは作家と協働するギャラリー(プライマリーギャラリー)までです。ギャラリーは作家のエージェントとして作品情報などを提供するほか、新作委託のときや美術館が作品を収蔵するときに間に入って話をまとめたりします。制作やロジスティクスの手配もします。フィールドは違えど、同じ業界で働く仲間という感じです。

コレクターの方々には、展覧会へ作品を借りる時にお世話になります。美術館にはたいした予算がないので、借用は無償か小額の謝礼でお願いしてきました。それでもみなさん、快く貸し出してくれます。ありがたいです。

キュレーターの中にはコレクターとよい関係を築いて、展覧会制作時に金銭面で協力をあおぐケースもあるようです。また、特に欧米では上記のエドリスのように、晩年に収集品をごっそり美術館に寄贈することがあります。エドリスは自分自身で考えてコレクションを築いたようでしたが、中には、ある程度の段階からキュレーターも関わるケースもあるようです(つまりキュレーターが「自分の美術館にはこのあたりの作品がない」とコレクターにアドバイスする。で、それがしばらく経ったのちに寄贈されて美術館のコレクションになる)。コレクターもあるレベルに達すると、もう目的は社会貢献になるということですね・・・。日本ではまだそこまでの規模のコレクターは現れていないようですが。

(つづく)


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