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08: やっぱり『逃げないが勝ち』なの??

加藤隆弘(かとう・ たかひろ)
九州大学大学院医学研究院精神病態医学 准教授
(分子細胞研究室・グループ長)
九州大学病院 気分障害ひきこもり外来・主宰
医学博士・精神分析家

『みんなのひきこもり』(木立の文庫, 2020年)
『メンタルヘルスファーストエイド』(編著: 創元社, 2021年)
『北山理論の発見』(共著: 創元社, 2015年)

 私の隣には先輩の樽味伸(たるみ・しん)さん(新型/現代型うつの原型となる「ディスチミア親和型うつ病」のコンセプトを提唱した夭逝の天才精神病理学者)が座っており、彼が《日本語臨床研究会》に発表するための準備をしていました。私も精神病理の一員として何か発表してみようかなと思い立ち、《日本語臨床研究会》というなんだかよく分からない名前の研究会したが、「樽味さんと一緒なら」という、無意識に感じつつあった安心感を糧にして、一大決心して、発表することにしたのです。
私は、『先生』という日本語にまつわるモヤモヤした気持を吐き出しました。この瞬間こそが、引っ込み思案で、人前に出ないといけない場面を逃げ回っていた私が、多くの人の前で逃げずに発表した初めての舞台となったのです。

ココまで前回

 前回は、人前に出るのが嫌で嫌で仕方なかった私が“逃げずに”発表した、というエピソードを紹介しました。すると、とある読者から次のような厳しめのコメントをいただきました(そのコメントを若干モディファイして以下に掲載します)。

「ここは《逃げるが勝ちの心理学》という連載なのに、なんで『逃げないが勝ち』みたいなエピソードを自慢げに紹介するんですか?! やっぱり、世の中『逃げないが勝ちなんですか! 加藤さんも所詮そう思っているってことですね。がっかりしました…」

 この言葉をいただき、私はハッとしました。私の無意識のなかでは「逃げるが勝ち」と「逃げないが勝ち」の葛藤が常々うごめいていることを、再認識したのです。
 この連載では、こうした「逃げる」ことに纏わる私自身の葛藤を綴ってゆきたいと思います。また、遠慮ない率直なご意見をいただけると、うれしいです。 
 このコメントをくださった方、とても勇気のある方と御察しします。もしかしたら、過去に逃げたことで苦しい思いをしたことがある方かもしれません。今回は、しかし、私の記事に対してスルーせずに、“逃げずに”レスポンスしてくださったのであろうかと推察します。

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 心理学的に「逃げる」ことを理解するためには、「逃げる」というアクションをとる本人の主観的体験と、「逃げる」というアクションを観察する他者の主観的体験と、本人と他者とのあいだの間主観的な体験、少なくともこの三つの体験世界を、多元的に捉えることが大切であろうと思っています。

 2005年の発表エピソードを改めて振り返ってみましょう。
 私の主観としては「これまでひきこもって逃げ続けていた人生を脱皮して、逃げずに人前で発表してみよう!」といった気持があったことは確かです。
 他者の主観としては、どうでしょう。当時の私自身の他者との関わりを振り返ってみると、『自分は引っ込み思案です』とか『逃げたい気持で一杯です』みたいなことを他人に口にしたことがなかったと思うのです。であれば、他者から加藤をみると、加藤が「逃げたい」気持を持っていたなんて、みじんも感じていなかったかもしれないのです。“逃げる”にまつわる独り芝居を、独りで自作自演していたのかもしれないなって、少し気恥ずかしく振り返るようになりました。

茜色の空は
誰かの顔を紅く染めるかもしれない


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