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診断するということ。

名前だけは有名で、聞いたことがあったけれど。
まさかこんな出会い方をするなんて。


別にこれは人の話ではなく、疾患の話である。

もちろん守秘義務の観点から、出して良い情報だけ挙げると
体が熱でブルブル震えて救急要請、
病院到着してみると血圧がかなり下がっていてショック状態、
なんだか左股関節をかなり痛がっているけど、左変形性股関節症で手術予定だっていうし・・・。
こんな状況の60代女性。
深夜に救急搬送されてきた。

さて、研修医の皆さん、鑑別は???



悪寒戦慄を伴う発熱なので、敗血症性ショックが疑われた。
救急外来で血液培養が採取され、広域抗菌薬が開始される。

「左股関節すごく痛がってたんだよね、後、左臀部に小さいけど深めの褥瘡があったよー。」

と初療してくれた救急ローテ中の同期。
ふむふむ、そうなのねと、
一夜明け、私が最初に会いに行った時には、すでに鎮静し挿管されていた。
おまけに血圧を上げるために、カテコラミン投与も始まっている重症例。


さて、これは何の感染症が原因で、敗血症性ショックになったのか・・・。


午前中にICUに入室し、全身管理が始まった。
さて、そういえば深い褥瘡があったって聞いたな、ということで、昼頃に形成外科の先生と一緒に診察。


あれ、なんか皮膚の色変じゃない?
聞いていた話では、小さい深い褥瘡だけって聞いてたけど・・・。
水疱まであるし。
ん、朝に聞いてた話と違いすぎるんだが?


さて、ここで何の可能性が高くなる?



敗血症性ショックだろうということで感染症科の先生にも来てもらっていた。
「これはデブリ(デブリドマン=切開)しないとダメだ!」


形成外科の先生にデブリドマンしてもらったところ、色調がかなり悪くなった皮下脂肪と筋膜が現れた。
そこから取れた検体のグラム染色で、グラム陽性球菌を認めた。

診断名、壊死性筋膜炎である。

俗称、人食いバクテリア、といえばお分かりいただけるだろうか。
筋膜に細菌が入り込み、あっという間に循環動態を破綻しかねない恐ろしい病気だ。手足に発症した場合、患部を切断することで辛うじて命を繋ぐというレベルの。
後にグラム陽性球菌は、A群β溶血連鎖球菌と判明した。


名前だけは有名で、聞いたことがあったけれど。
まさかこんな出会い方をするなんて。


後で複数名の指導医とディスカッションしたところ、
今回は絶妙なタイミングで診断に至れたケースでは、とのことだった。
早く来院されていても、循環動態や皮膚所見の急激な変化を確認できなかったかもしれない。
遅く来院されても、手遅れになる可能性が高かったかもしれない。

幸い、この患者さんは壊死性筋膜炎の診断が早期についたことで、適切な治療を実行できた。
今では冗談も言い合えるほど、すっかり仲良くなるまでに回復してきている。

「歩けるようになったら先生のところに挨拶に行こうと思って、リハビリの人と今頑張っているんですよ!」
その言葉にむしろ、こちらの方が救われる思いだった。


さて、壊死性筋膜炎を疑うポイントとして、以下の3つが重要と言われている。
血行動態が不安定である
皮膚所見の割に疼痛が激しい
時間単位での皮膚所見での増悪

特に、今回私が得たラーニングポイントは、
急激なバイタル悪化を伴う、水疱形成のある皮膚所見は、
たとえ見た目が地味でも早急なデブリドマンを検討する

ということだ。

この知識がなければ、適切な初動さえできない可能性もある。
研修医全員に知ってほしい知識だと思った。




診断するということ。

私が生きているこの世界は、

知っているか、知らないか、で
目の前の命が左右される世界。

とても恐ろしい世界だ。

それでも、この世界に生きると決めたからには、

歩みを止めるわけにはいかないんだ。

真摯に歩み続けた先には、確実に誰かの幸せが待っているのだ。

だから1日1日、できることに最善を尽くす。

それは、この世界でたった一人しかいない自分を大切にする、ということも含めて。

それ以上のことなんて、所詮人間にはできないのだから。




参考資料
1)塩尻俊明,杉田陽一郎.“第1章 感染症パート 11 皮膚軟部組織感染症”.研修医のための内科診療ことはじめ.東京,羊土社,2022年,p.67.
2)青木眞.“第12章 皮膚・軟部組織感染症 B深部で急速に進展する病変”.レジデントのための感染症診療マニュアル 第4版.東京,医学書院,2020年,p.880-p885.
3)Up To Date ”Necrotizing soft tissue infections"

最終更新 2023年2月22日


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