『セクシーな男』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2022年7月26日オンエア分ラジオドラマ原稿)

女「トムクルーズの映画、観に行きたい」

カウンターでアマレットジンジャーを飲みながら彼女はそういった。

男「トムクルーズ、好きなの?」
女「だってセクシーでしょ」
男「ジョニーデップより?」
女「トム」
男「ディカプリオより?」
女「うん、ブラピよりもトム」

彼女は僕の質問を先読みして答えた。
僕は少し不服そうにジントニックを飲んだ。

女「好きじゃないの?トムクルーズ」
男「いや、好きじゃないわけじゃないんだけど」
女「だけど?」

もう20年以上前のことだ。
高校生の時に付き合った彼女もトムクルーズが好きだった。
彼女は1学年下の部活のマネージャーで、
僕は彼女と付き合った初めてのデートでトムクルーズの映画を見にいくことになった。
そのときトムクルーズはスクリーンの中で有能なスポーツエージェントを演じ、同僚のドロシー演じたレネーゼルヴィガーとロマンチックな恋愛をしていた。

そして2022年になるまで、
トムクルーズは最後のサムライになったり宇宙人から地球を守ったり、何度もスパイになったりしながら、
またパイロットになった。
僕は高校生から大学生になり社会人になり、新しい彼女ができたくらいだ。

男「エージェントっていう映画知ってる?トムクルーズの」
女「うーん見てないなあ」
男「トムクルーズの映画の中では少しマイナーかもしれないけど、いい映画なんだ。恋愛映画で」
女「ふーん、それが?」
男「高校の時付き合ってた彼女と見に行ったんだよ」
女「へー」
男「それが初めてのデートだった。で最後のデートになった」
女「すぐ別れちゃったの?」
男「そのデートの数週間後に新しい彼氏ができたからってフラれたんだ」
女「えーじゃあ、それをトムクルーズのせいにしてるってこと?」
男「そう(笑)」
女「いやいやいや(笑)」
男「いや、フラれた理由はわかってるんだ。当時は分からなかったけど」

映画の途中で彼女は、冷房が効きすぎてて気分が悪くなったと言って席をたった。
僕は「大丈夫?」と声をかけてそのままに席に残った。
しばらくしても戻ってこないから心配になって席を立って外に行こうとしたら、
一番後ろで彼女は立っていた。
僕は彼女の隣に立ち、それから一緒に映画を見た。

女「映画館、冷えるときあるもんね」
男「映画が終わった後に街を歩いてたんだよ二人で」
女「うん」
男「彼女が、映画面白かった?って聞いてきたんだ。それに僕は、いやあんまり話しが分からなかったよ、気になってって言ったんだ」
女「あー」
男「そしたら「ごめんね」って」
女「そっかあ」
男「その後さあ「なんで付き合ってるのに手もつないでくれないの?」って言われて」
女「手、つないでなかったんだ」
男「うん、恥ずかしいよって言って…そのまま歩いて、どっか喫茶店とか入ったのかな、あんまり覚えてないな。それで最後」
女「他に好きな人ができちゃったんだ」
男「そりゃ優しくなったもんね、俺」
女「初めてのデートでそれは、優しくないね、ずっと」

どうしてあのとき、一緒に映画館を出て彼女と外のベンチに座ってあげられなかったんだろう。
どうして、手をつないで一緒に歩いてあげられなかったんだろう。

男「トムクルーズの映画が公開されるたびに、思い出すんだよ。トムクルーズはあんなにも優しくてセクシーなのにさ」
女「トムクルーズが見てたら言ったかもね、俺の映画観てないで、すぐに彼女のところへ行けってね」
男「間違いないね」

そうってジントニックを飲んだときに僕は気づいた。
バーの冷房が少し効き過ぎていることに。
そしてノースリーブを着た彼女に、椅子にかけていた僕の上着を渡した。

女「ありがと。優しくてセクシーよ、最近のあなたは」
男「トムクルーズに教わったんだよ」


おしまい


※こちらの小説は2022年7月26日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア

作:Gota Ishida

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