『6杯目のダーティーシャーリー』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2022年9月6日オンエア分ラジオドラマ原稿)

女「ダーティーシャーリー」

隣に座った見知らぬ女性が6回目のその言葉をマスターに告げたとき、僕は思わず声をかけてしまった。

男「そんなに美味しいんですか?」
女「味なんてもう分からないわ」

彼女は悲しげな目でそう言った。
思いもよらない返答で僕は戸惑うくらいしかできなかった。

女「私は何杯ダーティーシャーリーを頼んだのかしら?」
男「僕の知る限りでは6杯目です」
女「何杯飲んでもだめね。あの人のことは忘れられない…」
男「僕もそのダーティーシャーリーの味を確かめてみようかな」
女「…聞いてくれる?」
男「僕で良ければ」

それから彼女はダーティーシャーリーについて話し始めた。

女「グレナデンシロップにジンジャーエールを混ぜたシャーリーテンプルという甘いノンアルコールカクテルにウォッカを入れたものがダーティーシャーリーなの。お酒で汚してダーティーってことかな。彼と出会う前の私はまだアルコールの味も知らないシャーリーテンプルのようなアマちゃんの女の子だった」
男「じゃあ彼がウォッカのような大人な男性だったのですね?」
女「ウォッカは無味無臭のお酒で、彼は一見そう見えたけど、そうじゃなかった。なぜなら彼には奥さんも子供もいたの」
男「それは、かなりダーティーだ」
女「で、文字通り私はダーティーシャーリーになったわ。最初はもちろん知らなかったし、不倫だと分かった時点で別れるべきだった。でもそれができなかった。一度味を知ってしまうと、なかなか離れられなくなった」
男「ずるくて汚いのが男です、すみません」
女「男を代表して謝ってくれたのね(笑)でも私は自分自信を汚したかったのかもしれない。だから何度も彼と会った。何杯も何杯も頼んでしまったのねダーティーシャーリーを。そしてとうとう、味も分からなくなった」

彼女はそういうと悲しげな目でダーティーシャーリーを飲んだ。
そして僕もひと口飲んだ。
グレナデンシロップの甘酸っぱさが炭酸によって爽やかに口の中に広がり、ウォッカの刺すような引き締まる冷たさと味わいが喉を満たした。

男「美味しいカクテルですね」

彼女はゆっくりと悲しげに頷いて

女「そうね」

と言って、彼女はマスターの方へ目をやった。
彼女がそろそろ帰ろうとしているのが分かった。

男「よかったらもう少し僕とお話ししませんか?伝える必要はないかもしれませんが僕はシングルです」

彼女は初めて少し笑った。

女「私でよかったら」

と言って彼女は座り直して、7杯目のダーティーシャーリーを頼んだ。

男「7杯目はきっと美味しいはずです」


おしまい

※こちらの小説は2022年9月6日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア

作:Gota Ishida

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