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消えた息子 春風の悪戯

「明日はね、ぱぱの命日だからお買い物に行ってぱぱが好きだったものをいっぱい買ってきて一緒に食べようね。」

私は息子に言った。

主人は息子が小学校入学直前に交通事故でお空に行ってしまった。トラック運転手だったので毎日家にいた訳でもなかったし、事故も突然だったのでいつか「ただいまー」と帰ってくるんじゃないかと思ったりしていた。

ぱぱは体が大きくて食べることが大好きだったので、仕事が休みの日曜日に好きなものをたくさん食べてもらっていたことを思い出す。

命日ぐらいは好きだったものをたくさん食卓に並べてあげたいと毎年思っている。だから息子に声をかけて、買い物に行こうと思っていた。でもその前に宿題をやらせなければ、土日は宿題も多いし。

「宿題まだ終わってないやろ?急いでやって買い物行こうな。」

息子に宿題を促してもテレビを観たまま動いてくれない。いろいろと工夫をして急いでやらそうとしても私の話は聞いてもらえてないようだった。

数日前に義母から送られてきたお供え物を仏壇の前にきれいに並べ、今日は和室で食べようと準備をしていた。息子はランドセルを持ってきたものの、そこからなかなか進まない。仕方なく私は隣に座って宿題や連絡帳を確認した。 

プリントは1枚、自主学習が2ページ、この息子のやる気の無さでは晩ご飯の買い物に行こうと思ったらプリントしかできないなあ、と思った。

「プリントだけやって買い物行こうよ。夕方になってしまうよ。ぱぱもおなか空いてしまうで」

キッチンから息子を見ると仏壇の前に小さな机を移動させて座り、なんとか鉛筆を動かしているようだった。とりあえずプリントが終われば買い物に行って、夕食の後に宿題を一緒にやってやろうと思った。

気付けば親戚のおばちゃんから電話がかかっていた。また遊びのお誘いかな。

「もしもし、こちびさん?家におるんやったらお兄ちゃん、うちの孫と遊ばんかな?」

「今宿題させてるんですが、終わったら買い物行こうかと思ってたんです。そうですねー。」

私は電話でしゃべりながら、息子が座っていた和室に行った。あれ?おらんやん。どこ行った?

「おばちゃん、すみません。今見たら部屋にいないんです。宿題やらしてたのに、外に行ったかな?」

庭に出たが、息子は見当たらない。家から見えないところまで勝手に行くことは今まではなかったので、もう一度庭を探した。

「おばちゃん、庭を探してもいないんですよ。すいません、ちょっと探しますので遊ぶのはまた今度でお願いします」

と電話を切ろうとしたら、おばちゃんは車で探してくれると言う。そんなことまでしてもらわなくても大丈夫と言ったが、向こうはさっさと電話を切ってしまった。車を出してもらわないといけないようなところまで行ってるはずがないと私は思ったけれど、家の周りにはいないし、当然家の中にもいなかった。

おばちゃんは息子のことをたいそう気に入ってくれている。おばちゃんちの孫と遊ばせて、晩御飯まで食べさせてくれて、なかなか帰してくれないほど、お気に入りである。うちの近所でもあるので可愛がってもらえてありがたい限りだ。おばちゃんが車であたりを探してくれたが、歩いている子や遊んでいる子はいないと電話をくれた。

仕方がないので、隣町に住む私の母にLINEをした。私の母は多忙なので連絡したところで繋がらないことが多い。連絡しても仕方がない感が私の中にはかなりあった。

やっぱり5分待っても母からの連絡はなかった。さあ、どうしようか、警察にでも連絡しないといけないだろうか。そんな大層な話だろうか?どこからかひょいと現れると私は思ってしまう。


おばちゃんが心配して戻ってきてくれた。二人でどうしようかと顔を付き合わせているところに母からLINEが来た。
やっと返事や、どれくらい経ってるんよ、と思いつつスマホを見ると

「Kちゃん来てます」
え?たったそれだけ?

「おばちゃん、母から返事があって、母のところにおるみたいなんよ。それだけしかわからんけどとりあえず見つかったから。おばちゃん、探してくれてほんますいませんでした。何がなんだかよくわからんので迎えに行ってきます。」
安堵と怒りと複雑な感情が入り混じって、おばちゃんに丁寧にお礼も言えなかった。

しかし、どうやって行ったんだろう。道は覚えていたのだろうか、母がたまたま見つけて連れて帰ったのだろうか。うちから実家まではだいたい5キロくらいある。車でも10分はかかるのに小学低学年が歩いて1時間くらいで行けるもんだろうか。

実家に着いてインターホンを押したら母が出てきた。私は顔を見るなり言った。
「こっちは探してるんやから、すぐに教えてよ。どうやって来たんよ。おばちゃんもすごい探してくれたのに、悪いやろ!」

「だってKちゃんがわんわん泣きながら来て、ずっと泣いてるんよ。だから、どうしたん?ママに叱られたんな?ママがめちゃくちゃ怒ったんか?って聞いたら、そうや、って言うから。怒られてるから連絡しづらいなあと思ってな。」

いやいや、ちょっといろいろ間違ってるよ、母よ。どんな理由でも、来てることは連絡してくれないと大変なことになるでしょうよ。探したりしないような鬼のような親やと思っとんかいな。それに、まず怒ってないし、叱ってもない。話が全然違うし、わざわざ私を悪者にする誘導尋問やわ。

脳内を乱暴な言葉がかけめぐり、発してしまった言葉もあったが、出来るだけ我慢して話をした。孫がかわいいから私が悪者だと言いたいのかもしれない。しかし事実と反することを言われたら、腹が立つのは当たり前ではないか。大阪弁でぐぁーーっと怒ってしまうので私をわざわざ刺激しないでほしい。
 
なんで、私が叱ったことになるんや、こら息子出てこいや、オラ!と家に入ろうとしたら、泣きながら息子が出てきた。
「ごめんなさい、ママは悪くない。ママは怒ってない。ばあちゃんごめんなさい。ママを叱らないで。」
どういうこと?はあ?っと私達は息子を見た。

母も驚いて聞き返した。
「ママが怒ったんと違うん?そしたら何で泣きながらばあちゃんちまで来たん?」
息子はずっと泣いていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい。ぱぱが、ぱぱがー」
泣いてばかりで何を言ってるのかもよくわからない。ぐずぐず、ぐしゅぐしゅ、あーん、と忙しく泣きわめいている息子。

「ママが何かした?悪いこと言った?宿題が嫌やったん?」
私も聞いてみたが、息子は泣いてばかりで時折「ぱぱが」というキーワードを発する。全く意味不明である。ぱぱの命日は明日ということだけしか私にはわからない。

「怒らんから落ち着いて説明して。ぱぱがどうしたん?」
「ぱぱがー、うっうっん、怒ってー、あーん」
全然意味がわからない。

「ぱぱが怒って追いかけてきた」
やっと聞き取れる声で息子は言った。

「は?」
私と母は息子の顔を覗き込んで見た。これだけ泣いてるのにいい加減なウソはつかないだろう。宿題が嫌だったとしても、わざわざ5キロの道のりを逃げるほどのことはない。

「はよせえ、ってぱぱが怒った。怖くなって走ったらぱぱがそのまま追いかけてきた」
えー?この子またぱぱと話をしてたん?なんでぱぱが怒るんやろ?

母も息子の霊感のことは知っているけれど、まさかこんなことがあるなんて、混乱しているのが見てわかる。母は「二人で話をして」と言って家の中に戻って行った。

私と息子は車に乗って話をした。落ち着いてきた息子は言った。
「僕が宿題をせんと遊んでたらぱぱが怒ったん。怖いから庭を逃げ回っていたけどいつまでもついてくるから怖くて逃げたん。後ろを向いたらずっと追いかけてくるから怖くてたまらんかったん。後ろをみたらもう顔だけになってて大きな顔がずっと追いかけてきたん」

何となくわかってきた。ぱぱは一緒に買い物に行きたかったのに息子が宿題をやらないから出かけられないことにイライラしたのだろう。だから宿題を早くやれ、と言ったのだと思う。

しかし、父親ならば息子がおびえるくらいこわがらせなくてもいいだろうに。大人気ない、霊界に行っても成長がないのお。情けないような腹立たしいような言葉には言い表せない気持ちになった。もう、少しだけ買い物をして家に帰ることにした。疲れた。

せっかくの晩ご飯が複雑な気持ちで食べるのであまり美味しさを感じられなかった。行方不明になってみんなに心配をかけた息子は、もうすっかりご機嫌にテレビを見ている。私はもうヘトヘトだった。

後片付けをしている時に何か違和感を覚えた。そこにはのし紙に小さく落書きされたお供えがあった。のし紙に落書きするなんて、もうめちゃくちゃやなうちの子は、と怒りが湧きそうになって息子に注意した。

「僕、そんなん知らんよ。そんなん書いてないよ」
「いやいや、怒らんから正直に言ってよ。こんなのし紙に落書きはするもんやないんやで。次からは書いたらあかんよ」
と私は言った。

「だから僕は書いてないし、そんなん知らんよ!」
と怒り出した。じゃあ誰が書いたんよ?

お供えののし紙の隅に、薄い文字で数字がいくつか書かれていた。まるでぱぱがひまつぶしに書いたかのようだ。自分の存在を知らせたかったのだろうか。今日一日の出来事は怖いような怖く無いような、でも決して笑える話でもない。

他人に迷惑や心配をかけてはいけないということだけは息子もぱぱも自覚してほしい。こんな話、いったい誰が信じてくれると言うんだろうか。とにかくお願いします。

#春風怪談
あんこぼーろさんの企画に参加させていただきました。

最後までお読みくださってありがとうございました。

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