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【新刊先読み】ラグビーW杯で話題を呼んだコピーライターが教えることばの鍛え方

12月20日発売の新刊『主観思考 思ったこと言ってなにが悪い』(吉谷吾郎著・光文社刊)より、「序章」をお届けします。

 どうすれば人のこころを動かすことばを書けるんだろう?

 大学を卒業したあと、小さな広告制作会社にコピーライター志望で入社したぼくが呪いのようにずっと抱えていた悩みです。

 コピーライターとは、人に伝わることばを書くプロ。なんのコネも実力もないじぶんが、たんなる憧れだけで「コピーライター」のスタートラインに立っていました。
 とにかく「いいコピーを書きたい!」という情熱だけはあったので、あらゆるコピーライティングや文章術の本を読みました。おおげさではなく世の中にある「コピー」と名のつく本は読み尽くしましたし、名作と言われるようなコピーをなんども書き写しました。幸運にも尊敬する「ことばのプロ」たちとの出会いがあり、教えを請うて直接フィードバックをもらった経験もなんどかありました(それらの経験はいまでもじぶんが仕事をする上での財産になっています)。

 ところが「どうすればいいコピーを書けるのか」をいくら勉強したって、1000本コピーを書いたって、「うまくいったぞ!」と胸を張れるような仕事ができない時期が数年つづきました。

 そんな悶々とした日々のなか、あるときこんなコピーを書きました。

「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」

 2019年に開催されたラグビーワールドカップ日本大会のキャッチコピーです。

「◯◯じゃない。◯◯だ。」なんて、よくある古典的なレトリック。キャッチコピーやスローガンというものは短ければ短いほどいいという定石があるけれど、これは長いほう。世に出るまえは「うまくいくだろうか」という不安と、「こういうイベントのキャッチコピーなんてスルーされるのがふつうだろう」という自己慰安の気持ちが入り混じっていました。
 ところがどっこい(はじめて使いました)、このキャッチコピーが世の中に出てからというもの、信じられないほどの反響がありました。この一行のことばがじぶんの想像を超えて、日本全国を切り拓いてくれているような感覚でした。

 知人からこの仕事の相談がきたとき、ラグビー選手としては決して日本代表になれるようなレベルでは到底なかったものの、コピーライターとしてあのラグビーワールドカップの仕事に携われるかもしれないなんて、千載一遇のチャンスだと思いました。
 高校・大学時代はラグビー部に所属していたのですが、会社に頼れる部活の先輩はひとりもいない。大手広告代理店がやる世の中を動かす大キャンペーンのような仕事もない。当時は中小企業の採用広告をたくさんつくっていて、かつてコピーライターに憧れていたじぶんに胸を張れるような仕事はありませんでした。
 だれもやりたがらないような仕事や、みずから頼んででもやりたい仕事をボランティアで必死にやっていた20代。スキル不足で迷惑をかけたこともありましたが、どの仕事も一生懸命取り組んでいたおかげか、その仕事がうまくいくとご褒美でつぎの仕事がすこし大きなサイズになってやってきて、雪だるまのようにどんどん大きくなり、いよいよあの「ワールドカップ」の仕事にたどり着いたのです。

 そのとき素直に思ったのが、「ワールドカップは4年に一度やっているけれど、日本でやるこのワールドカップの仕事の打席に立つことができているなんて、じぶんにとっては一生に一度の仕事になるだろうな」ということでした。そうです、このキャッチコピーを読んで共感したひとりめは、まさに書いたぼく自身。ぼく自身がだれよりもこのことばを「こころからそう思う」と信じていたのです。

 さらに、このキャッチコピーが世に出てから、知り合いの選手たちからは「じぶんもそういう気持ちで日本代表に選ばれるためにがんばろうと思う」だったり、ファンからは「わたしにとってもそうだからたくさんチケット買わないと!」だったり、大会関係者のみなさんからは「我々もそのつもりでいい大会にしよう」だったりと、うれしい共感の声がとどきました。
 率直に、感動してしまいました。地球上でバラバラの場所で暮らす人類がじぶんの足元を掘りつづけたら最後は球の中心でみんなが出会うように、たったひとりのじぶんがどう感じて、どう思っているかということを深く掘りつづければ、多くの人たちとつながり合えるんだ、ということに。

そして、こんな考えが頭に浮かびました。

「人に伝わることばを書くための魔法のテクニック」なんて、存在しないんじゃないか?

 もし再現性のある科学の方程式のようなものがあったら、だれだってすばらしいコピーを書けちゃうし、そんな秘伝のタレがこの世に存在するのならほんとうは同業者に教えないものじゃないか…?(「いや、教えるよ」という方、すみません!)

 もちろん、ことばやコミュニケーションのプロ、問題解決のプロとしての技術や知識は幅広くたくさん持っていて、打率を上げるためのコツは知っている。けれども、実際はじぶんひとりでコントロールできないさまざまな要因が重なって「うまくいく」ことが多いものです。
 先ほどご紹介したぼくの書いたコピーだって、「広告の露出量が多く期間が長く範囲が広かった」「ラグビー日本代表が大躍進してくれた」「初のアジア開催という希少性の高い大会という事実が先にあった」などの要因が大きく、どれもぼくの力量のおかげではなく、だれかのおかげです。
 巨匠と呼ばれるコピーライターのみなさんも、クライアントへのプレゼンでは「こういうふうにすればうまくいきます」と提案しているけれど、「たまたまヒットした」とか「空振りした仕事もある」というのが本音だと思います(「いや、ちがう」という方、すみません!)。

 正解なんて、ない。じゃあ、信じるべきものはなんなのか…?

 そう、「わたし」なのだと思うのです。

「じぶんはこう思う」や「わたしはこう考えました」といった主観というものをきちんとことばにして伝えられたら、仕事がすこしたのしくなったり、すこしイヤな出来事にもポジティブな意味を見いだせたり、そして、ひとりひとりの主観をみんなが交換し合えたら、もっと他人の考えを受け入れられるようになったり。みんながじぶんの主観を大切にすることで、よりよく生きられるんじゃないか。そして、その尊い「主観」というものは、本来だれもが持っているものじゃないか。そんなふうに考えています。

 第1章「主観の力」では、「わたし」という主観にはどんなパワーがあって、なぜ主観が大切なのか、人のこころに伝わることばとはどんなものかを考えていきます。

 第2章「主観の敵」では、そんな「わたし」という主観に重きを置くことを阻むものはなんなのか? ということを考えていきます。

 第3章「主観の見つけ方」では、「わたし」という主観をどのようにのぞくことができるのか、どうやって「じぶんのことば」を見つけていくのかをご紹介します。

 第4章「主観の伝え方〈姿勢編〉」では、「わたし」という主観を言語化するにあたっての心構え、大切にしたい姿勢についてご紹介します。

 第5章「主観の伝え方〈技術編〉」では、「わたし」という主観を言語化するときに活かせるコピーライターのことばのテクニックをご紹介します。