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集めたもの:1 須藤一郎と世界一小さい美術館ものがたり /多摩美術大学美術館

 サンリオピューロランドのゲートを正面に見て右手側に、ベネッセコーポレーションの大きなビルがある。東京本部だそうだ。ここは子どもが主役の街。
 ベネッセビルの陰に隠れるように佇むのが、この日2つめの目的地・多摩美術大学美術館である。
 今回の展示は「須藤一郎と世界一小さい美術館ものがたり」。須藤さんは保険の営業マンとして労働にいそしむかたわら抽象絵画をこつこつと収集し、自宅を改装して「すどう美術館」を開いたサラリーマン・コレクター。定年退職後の現在は小田原にお住まいだ。
 コレクションのきっかけは、伊豆の美術館で菅創吉(すがそうきち)という画家の絵に衝撃を受けたことであった。須藤さんは憑かれたように菅創吉の作品を集めだし、やがて創吉の周辺作家、年齢や国籍、ジャンルを問わないコレクションへと広がっていった。

 多摩センターまではるばるやってきたのは、どちらかといえばこちらの展示のためだった。ひとりのコレクターにフォーカスするというコンセプトに興味を持ったし、出品されている画家の顔触れも好みだった。
 だがそれ以上に、リーフレットに大きく出ていた菅創吉の油彩《壺中》に、えもいわれぬ魅力を感じたことが大きかったのだ。

 創吉の作品は27点。油彩を中心に版画や素描、機械の部品を組み合わせたオブジェが、第1展示室全体に並べられていた。
 創吉の描く画面は、どれも暗い。はっきり言って地味だ。描かれる人物や図形などのかたちも、なにかに似ているような、似ていないような。タイトルはいちおうついているものが多いが、意味がわからない。
 そう言ってしまうと奇矯で不気味かと思われるかもしれない。人によってはそう受け取るのだろうが、少なくともわたしにはなぜか、創吉の絵にはどれも人肌の温かみがあるように感じられたのだった。展示の冒頭に掲げられた《壺中》を観てから創吉の展示室を出るまで、その印象は変わらなかった。
 一見無機質な金属の部品によるオブジェにも《たつのおとしご》だとか《ダックスフンド》といったように、茶目っ気のある見立てがされている。こんなところにもまた、「温かみ」を印象づけるエッセンスが隠れているのかもしれない。(つづく)


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