カメラロールの地味なハイライト - 02/06
私は景色ときれいなものが好きだ。
しかも感性のコスパが良く、ありふれた景色にも新鮮に心躍らされるし、Windows10のロック画面で出てくる世界各地の風景にも毎回ありがたみを感じている。
こういう記事まで探してしまうほどだ。
感受性だけなら清少納言にも劣らないだろう。
鳥頭
私は記憶力がよろしくなく、人の名前やこの間の出来事、昨日の晩御飯に至るまでしょっちゅう忘れる。今日の朝ごはんも忘れる。
(もし病院で診てもらったら、この記憶力の低さに名前がついてしまうのだろうか?)
今は日記をつけているわけだが、写真を見るという行為はそれだけでその日を思い出すことができる。
過去をわざわざ思い出す必要もないのだが、こういう「確認」の作業からしか得られない栄養がある、気がする。
こういう言い回し、インターネットの媚びと馴れ合いを感じて好きになれないな。
何枚か思い出してみる
物は試しだ。
この日は新年のあいさつに親戚の家を回り、最後に過疎った道路で写真を撮っていた。
私はこの日に会う親戚が苦手だ。
悪い人たちではないがややダルい。私とは逆に、汗水をたらして働くことこそが幸福と思っていそうな気がする。
実際そんなことは思ってないだろうが、そういう偏見がある。
私と関わりの深い人間が「ときめきメモリアル Girl's SideをプレイしたいからPS2が欲しい」と言っていたので、棚で眠っていたところを引っ張り出したときの写真。
今の時代にときメモを?しかもPS2のを?と思ったが、あの人が好んで観ているゲーム実況者(おそらく「ジャック・オ・蘭たん」さんあたりだろう)がプレイしていて自身でやりたくなったのだと思う。
ゲーム機を手放すという経験は人生で2度しかない。PS Vitaとこれだ。
PS Vitaはなぜ買ったのかも覚えてないが、2DSを買う資金繰りに売った。
Wii世代なのでPS2もあまり触っていなかったが、三國無双と塊魂はそこそこやっていた。
「無双ゲー」と「塊魂シリーズ」とのファーストコンタクトなので、重みのある体験だ。
どちらのゲーム機も、あったとて起動しないことは予想がつくが……なくなるとなんだか寂しい。
とはいえ、あの人は物を粗末には扱わないだろうし、必要とする人に譲れてよかったと思う。
田舎の夜は静かだ。冬だとなおさら。
道路から少し離れたら本当に自分の足音くらいしか音がなくなる。
移動中はほぼ毎日イヤホンをして音楽を聴く生活なので、音が「やってこない」時間が沁みる。
きっとメンタルケアにも効果があるのだろう。
おそらく、音楽を聴いている間は脳のパフォーマンスが落ちている。頭では分かっているが、やめられない。
きれいな瞬間を見ると、どうしようもなくうれしくなって、ひどい寒さなのも無視してスマホのカメラを起動し、たくさん撮る。
画角を模索し露光を調節し、サイズを1:1や4:3に、縦画面でも横画面でも撮る。
私は、後で眺めるために写真を撮っている。
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