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(創作)教祖

『私を救ってください。私は生きていて辛くて辛くてたまりません。私が本当に善い人間なのか、正しい生を送っているのか、ときおり分からなくなるのです。俗世での成功はもはや諦めました。今はただ、私の死後、極楽浄土で安らぐことだけを希望に、華々しさとは無縁な、居心地の悪い世間を生きているのです』

 信者の呟きを遠くから聴きながら、私は祭壇の上で鎮座していた。マイクを通して流れてくる彼の声は、年老いた、死に損ないの猫の呻めき方によく似ていた。
 教祖になったのは、私が四歳の時だった。それ以前は、祖母が教団を指導していた。彼女が還暦を過ぎてすぐ亡くなったとき、両親は私をすぐさま後継者として、このサイケデリックな装飾に彩られた祭壇に祀り上げた。
 教団の幹部の実家を改築して造った大広間の会場では、集会のたびに信者たちが大きな声で合唱する。歌詞は奇妙で、私でさえ、本当の意味を断片的にしか知らなかった。

〽︎まるい つきはえ だんばびて
 むなし まつきり まだかして
 みじと まもりし かえるらん
 まえて ほとけに あずさだば

 祖母がよく歌っていたものを耳で真似ているらしいが、訛りがひどいせいで、大勢で口にするときは、もはや日本語として聞き取ることはできなかった。信者たちも全員が正確に知っているわけではなく、むしろほんの一部の、祖母の代を知っている人間だけが、合唱のときにひときわ大きな声を出していた。それを聴きながら信者たちの口元を眺めると、列の後ろほど、金魚のように口を慌てさせながら、必死で歌唱に追いつこうとする人たちの姿が見える。
 なぜ歌うの?と父に訊いたことがある。父は質問しなければ、何も話してくれない。
『音に形があるのは知っているかい?』
『ううん』
『たとえば、板の上にね、小さな砂つぶをばら撒いたとしよう。そして、その板の裏側から、音を流すとね、板といっしょに砂つぶも振動して、それが動いて、不思議な模様を作るんだ』
『どういう模様?』
『ほら、あの壁にある絵を見てごらん』
『あれ?』
『そうだよ。うちには、ああいう絵がたくさんあるだろう?あれは、マンダラって言ってね、ホトケさまと、ボクたちの世界がどんなものかを、そのまま示してるんだよ』
『それが、音の模様と似てるの?』
『そうなんだ。正確にはクラドニ図形と言ってね、お前もいつか学校の理科の時間に習うかもしれない。つまり、音を出すことで、ボクたちはホトケさまの世界に少しでも近づくことができるんだよ。』
 この話は今でも鮮明に覚えている。納得したような、しないような、あいまいな返事しかできなかった。ただこの話や、他にもいくつかある父や母の、教団についての説明は、亀にけっして追いつくことができないアルキメデスの思考実験と同様に、結局は後味のわるい若干の不可解さを、私に強く印象づけるだけだった。
 月に二度の、信者たちの集会が終わった。私は誰よりも早く会場を退出するにもかかわらず、帰宅するのが最も遅い。「指導者」である私が日常の生活を送っているのを信者に見られると、不利益でしかないからだ。重い衣装を外し、なかなか落ちない化粧を洗い流したら、中学の制服に着替えてバスに乗る。「世話役」の母も同行していた。父はすでに家にいるはずだった。
「もっと早く喋りなさい。ただでさえ普段は口が回らないんだから、皆んなから頭が弱いと思われるよ」
「もっとも、早口すぎると偉そうで、不寛容で、他人に厳しいとも思われるけど」
私は一拍置いて「うん」と返事した。集会の帰り、母とバスに乗るといつもその日の言動について反省を強いられる。白くて細い、母の両手の指を見つめてから、私は窓に浮いた電灯や車の光を見つめた。母の小言を除けば、少し高いところから舗道を眺められるバスが、私は好きだった。
 バスから降り、スーパーで買い物を済ませ、午後九時頃、ようやく私たち一家が住む団地に到着する。いわゆるマンモス団地で、私が生まれる前から両親と、祖母はここに住んでいた。エレベーターで、中国人の夫婦と乗り合わせる。二人は中国語で、ひそひそと喋っていた。何度か私と目が合う。お互いに上層階らしく、しばらく一緒にいた。
 私が鍵で玄関のドアを開け、買い物袋を持つ母を先に玄関へ入らせる。乱雑に脱ぎ捨てられた靴を揃えるのも、私の役割だ。
 既に帰っていた父はテレビで映画を観ていたが、私たちが帰ってすぐに電源を切り、リビングの照明を調整しはじめた。それは母が眩しい場所を極端に嫌うからで、特に夜中は、私たちがどんな状況であれ、絶対に常夜灯以上に明るくしてはいけないことになっていた。
 スーパーで割引されていた弁当を三つ、レンジで温めてテーブルに並べた。割り箸はうまく割れなかったが、そんなことは数秒後にはどうでもよくなる。
「お前、今日はどうだった?」
父は私を見、今日の集会について訊いてきた。どうだったのだろう。私にもよく分からない質問だった。
「何か言いなさい」
母も、父に追従するように言った。
「どうって」
少し考える。
「この前と同じだったよ。色んな人の話を聞いて、喋って、立って、座って、また立って…」
 常夜灯の光が落とすオレンジ色を、私は気に入っていた。スーパーの弁当自体は不味そうだが、この光に当たると、まったく違った味付けに見え、今日こそは美味しくなっているのではないのかと思ってしまう。特にカツやハンバーグ、生姜焼きは、化学薬品に浸かったお菓子のような、奇抜な色彩になる。そして、それは、教祖として私が信者の前に現れるときの、ぶかぶかとした衣装の色ともよく似ていた。
 会話はあまり続かない。別に続かせる必要はなかった。ただ、今晩はそうではない。
「そういえば、来週の再臨祭のことだけど」
真面目な表情をして、父が話しはじめた。
「毎年のことだから分かってるとは思うけど、そろそろお前は先生にその日は休むと言っておきな。法事だって言ったら承認してくれるよ」
テーブルの向こう側は暗くてほとんど見えない。父の顔は辛うじて見えるが、瞼や鼻筋、下唇のあたりに濃い影がかかっていて、なんとなく幽霊のように思えた。それがおかしくて、少し笑いそうになる。黙って頷いた。
「あ、でもその日はそういえば、ほら」
母は何かを思い出したようだったが、肝心の言葉を思い出せないようで、指先をくるくると回す。
「春節?」
父が呟いた。
「そう、それ」
母の顔にえくぼが浮かぶ。
「その日はちょうど春節じゃない。だから、団地中で大騒ぎするから、その日留守にしてたらまずいんじゃない?」
「平気だよ。ボクたちは別にかれらと同じ場所に住んでいるだけで、関わり合いはほとんどない。友だちはあるけど、心配なら、その人たちにだけ当日の朝挨拶すればいいだけだよ」
 私が住む団地は、住人の七割が中国人だ。両親が言うには二十年ほど前までは違かったそうだが、私が物心ついたときには、団地内で耳にするのはかれらの言葉ばかりになっていた。
「そういえば、さっきエレベーターで乗り合わせた夫婦、あれはたぶん新しく引っ越してきた人たちだよね」
母は私に顔を向けながら、一方で父に語りかけた。
「なんでも、ここの団地を紹介するブローカーの人が向こうにいるらしいね」
父は言った。私はずっと箸を動かしていて、もう少しで食べ終わりそうだった。両親の状況を見る。二人とも、いつのまにか食べ終わっていて、私はひどく驚いた。
 父と母は和室で一緒に寝る。私は洋室で、いつも一人で寝ていた。自室ではあるが、母が私の趣味に対して潔癖であり、いわゆる「今風」な小物や色合いで部屋を飾れないうえ、父が私のために用意したさまざまな書籍を収納する棚のせいで、一般的な女子中学生らしさはまったくない。本は私が買ったものもいくつかあるが、その多くが宗教や歴史に関するもので、上を見れば「無量寿経」「観無量寿経」「般若心経」「金剛頂経」ほか「往生要集」「選択念仏本願集」「正法眼蔵」「無関門」「臨済録」等々、仏教書が収録された全集や文庫本が並び、一方で下を見れば吉田兼倶や賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤の著作集もあった。これほどではないが、ほかにも世界中の宗教や神話に関する本が、ほとんど網羅的に置いてある。そのどれもが重く、今にも倒れてきそうで、大きな地震が起こったらどうなるのだろうと私は心配になるのだが、両親は別にそれを気にしてはいないようだった。
 毎晩、母は寝る前に好きな音楽をかける。普段はめったに音楽の話をしない母が、カーペンターズを好きなことは、この習慣から知った。隣室から音が漏れるせいで、私もいつのまにか、音楽がなければ眠れない体質になってしまったような気がする。実際、毎日流れてくる曲はとても居心地の良いものばかりだった。
 翌朝、寒い空気を押しのけるように勢いよく布団から立ち上がり、そのまま支度を済ませて登校する。団地を出る途中で、同い年の中国人の男の子と合流した。彼は違う学校だが、小学校の頃から仲が良かったし、日本語も上手だったから、自然と登校する時間を示し合わせるようになっていた。途中で別れるが、それまでの約四分間、彼とは話題にもならないような会話をする。
「来週、遊びにおいでよ」
彼は私より少し前を歩きながら言った。
「法事だから、無理」
「そっかあ」
街路樹に一本ずつ触れながら、彼は先を歩いていく。
「ほどけてるよ、靴紐」
私は指をさした。
「ほんとだ」
立ち止まり、結び終わるのを待つ。
「うちの家族、変わってるんだよね」
俯きながら、いつもの声色で彼は呟いた。
「弟に、おれの古着ぜんぶ上げてるんだけど、じゃあ、おれの服は新しく買ったやつだと思うでしょ?」
「うん」
「そうじゃなくて、おれの着てる服も、実はお父さんが昔着てた服とか、従兄弟が着てた服なんだよ。つまり、おれの家には新しい服がまったくない。親戚中の人が使い古した服を着てるんだよ」
「最近気づいたの?」
「おう」
「新しい服が欲しいとは思うの?」
「当然ね」
「買おうってお父さんに言わないの?」
「言いたいけど、なんて返されるかは目に見えてるからなあ」
「なんて返されるの?」
「そりゃ「貰い物の方が安いだろ」だと思うよ。これを言われたら何も言い返せないよ。だって、おれはまだ働いてないし、生活はぜんぶ向こうが賄ってるからね。しかも、それなりに古臭くないデザインの古着をおれに渡してるし、それに文句なんか言えないよ」
「達観してるね」
「達観もなにも、外国でやっていくにはある程度割り切っていかないと無理だって、小さい頃から言われてたからね」
 彼が、私以上に賢く見えた。じっと彼の背中を見つめる。人や物を見つめすぎだとよく注意されるが、以前学校の友達から「目つきが仏像みたい」と言われたときは、思わず大笑いしそうになってしまった。
「じゃあ、私の家もある意味で外国にいるようなものだね。周り、知らない国の人たちばかりだから」
微笑みながらそう言ってみせたが、彼はもう別の考えで頭がいっぱいらしく、流行りの歌を口ずさみながら、飛び跳ねるような仕草で歩いている。
 再臨祭の当日、私は年に一度しか着ない、いつもよりも数倍大きな衣装を二時間かけて着た。暖房が効きすぎているせいで、控え室はやけに暑い。着物の通気性がひどく悪く、準備するあいだに大粒の汗を何回も拭った。すべて、母が着付けてくれる。こんな時でも、母は常夜灯の下で手元を動かし続けた。
 都内でも最大級のイベント会場を借りるから、集まる人数も多い。全国から信者がやってきて、規模は普段行っている集会の約三倍になるそうだ。私の登壇はイベントの最後で、それまでは父が司会を務める。
 私の出番を待っているあいだ、あの合唱が聞こえてきた。相変わらず、なんと言っているのか分からない。ただ、今日は人数が人数だけに、いつもよりもずっと大きな声で、意気揚々としていた。あの歌、半分は目に見えないホトケさまに、もう半分は私に向けられている。そう思うと、背筋が伸びる一方で、口元がだらりと緩まるような、滅多に経験しない感情が滲んできた。これはきっと、私以外の人たちは一生に一度体験しないような、珍しい体験に違いない。
 プログラムが終盤に近づく。私ほどではないが、同じく派手な着物を着た女性二人が、舞台袖に呼びにきた。重い体を揺さぶりながら、なんとか立ち上がる。体を支えられないと、まともに歩くことができない。重量感と大きさからして、私の衣装は神社にある注連縄を連想させ、そこから下に突き出た両脚は、胴体部分の大きさと対比されるせいで、小さくて細く、頼りなげに見えた。
 幕が上がる。訓練をしているから、正面から差す強い光で思わず顔を逸らしたり、瞬きをすることはない。私は、ここでは何もしなくていい。豪華な会場には不似合いな、テープの安っぽい音楽が流れる。父は、いつか本物の楽団に演奏してほしいと言っていた。
 黒幕から覗くように現れるのは、会場を埋め尽くす信者たちの顔だった。みんな礼服を着ているせいで、やや翳った幾つもの顔の輪郭だけが向こう側に浮かび、私のことをじっと見つめていた。こういうとき、慣れてしまえば戸惑いはしない。むしろ、超然とした私の態度が助長され、信者たちが望む、「指導者」らしい私を演じることができる。
 何もないはずの宙空で、スポットライトの光条が重なり合っていた。私はそれを眩しいと感じるが、表情には決して出さない。大きな拍手の音が、耳の底をくすぐっていた。やはり会場は暑すぎる。少し汗をかいた。
 胸から頭にかけて、感覚が少しずつ重くなっていく。大きな一枚岩に自分が変化していくようだった。そばに寄ってきた父の耳元に、私が何かを呟く。この場合、私は喋る必要がなく、ただそれらしい仕草をしてさえいればよかった。台本にはこうするよう指示してあり、私はもっぱら遠くの信者からも分かるように、顎や首を少し動かすだけ。だが父は確かに何かを受け取ったような表情をして、舞台の下手へ戻っていく。
 私から父までの距離はおよそ十メートルほどで、舞台から最前列までの間隔とほぼ同じだ。だが、父が「有難い」言葉を喋っているのにもかかわらず、私だけ分厚いゴムの膜に閉じ込められたように、どうしても明瞭に声を聞き取ることができなかった。そして、正面に蝟集する信者たちは、決して私から視線を逸らそうとせず、じっと、私と、私の背後にいるらしい神聖な誰かを透視しようと努めているらしい。彼らの方がずっとホトケの像に近いと、私は思った。
『目の見えない海亀が、ある日海面に浮かぶ木片と出会う。これは自然の世界であればごく当たり前のことのように思えます。が、考えてみればこの非常に茫洋とした衆生の世界で、一匹の亀と、一本の気が出会う機縁は、針の先ほど少なく、有難いものです。私たちはこれを「エン」と呼びますが、この「エン」がどれだけ如来の大慈悲心に適ったものなのか、私たちには測り難いものです』
 このあと、父は何度も「エン」という言葉を使った。半鐘が鳴るように、頭の中で何度も「エン」が響いてくる。汗は流れ続けていた。
 舞台や地盤が少しずつ沈下していき、私だけがこの世界に宙吊りになる錯覚が、当たり前の光景として展開されていく。眠るよりも早く、瞼を閉じるよりも急がしく、私の意識は途切れた。
 目を覚ますと、タクシーの中だった。バスではない。そこには、助手席に座る父と、私の頭を膝に乗せる母がいた。ルームミラーに反射した、運転手の顔と目が合う。お互い、すぐ目線を外した。
「脱水症状になっていたんだよ」
父が言った。今言うことではない、と母が咎めた。
「大丈夫」
そう言って、私はゆっくりと起き上がる。
団地まで、あと三十分はかかるそうだった。
「ところで」
父が口火を切った。母はまた、厳しい顔を助手席を見る。だが、話すのを止めようとはしなかった。
「今日はすごく上手くできていたよ。練習したとき以上で、おばあちゃんも喜んでると思う」
座席によりかかりながら、すでにはっきりした意識で話を聞いた。
「ここまで大きなことができるようになったのは、お前のおかげだよ。お父さんはすごく嬉しく思う。色んな人が、お前を応援してくれているんだよ。少しずつ、増えてるんだ。そういう人が。だから、お父さんもお母さんも、お前の今後について、いままで以上の支援ができるんだ。」
 母はため息をした。私はいやな予感がしたし、それは母も同感なはずなのに、どうやら話題を中断させる気はないそうだった。
「それでだね、来年、お前は高校受験だろう?で、ボクたちがうまくやって、ほかの同級生の子たちよりもいくぶんか楽に、良いところへ進学できるようにさせることができるんだ」
父と母が目を合わせる。その時間は、思ったよりも長かった。その数秒間、私はタクシーの窓から外の景色を眺めていた。バスよりも低い位置から、繁華街を通り過ぎていく。一人や、二人、もっと多ければ十人くらいで集まっている人たちとすれ違う。私は限られた瞬間にかれらの顔を見ようと努力したが、一方で私を見つけようとする人はどこにもいなかった。世界中に存在する色のすべてを集めたような街のなかで、私と両親だけが、遠くまで置き去りにされたような寂寞の底に沈んでいた。
「中学受験はしなかったけども、昔からお前は頭が良かった。それはボクたちが一番よく知っている。だから、受験勉強なんかに時間を取られて、自由に色んなことを学ぶ機会を失って欲しくないんだ。だから、受験のことはお父さんとお母さんに任せなさい」
 父は、再び母の顔を見た。
「それで、もうひとつ話があるんだが、今住んでいる団地。来年には引っ越そうと考えてるんだ」
母はついに我慢できなくなったらしく、「ちょっと」と口を挟んだ。
「どっちにしろ帰ってから話すつもりだったんだ。ちょっと早く喋ってもいいだろう。この子も、うっすらと気づいてたはずだよ」
私は何も知らない、と言いたくなった。
「おばあちゃんはね、上京してからも素朴な生活を目指してたのは知ってるだろ。だからお父さんもお母さんも今の団地に住んでたんだ。けど、最近はやっぱり、状況が変わってきた」
だいぶ言葉を選んでいる。父の言葉の裏にある、黒く暗い気持ちを、私は感じ取った。
「今と生活が変わるわけじゃない。引っ越すが、転校するわけじゃない。次は、狭いけど新築の一戸建てにするつもりだ」
「ただ」
 いやな予感が的中したと思った。咄嗟に母の顔を見たが、ちょうど車内全体が影にかかって、隠れてしまった。
「先日、幹部の人たちと話し合いをしたんだ。我々の「キョウギ」としては、それが正しいって。当然、ボクたちが率先してやらないと…」
「だから、引っ越したあとは、これまで遊んでた団地のお友達とは、関わらないでほしいな」
 信号が赤になり、タクシーは一時停車した。父の背後で、横断歩道を四、五人が忙しそうに渡った。さらにその人たちの向こう側では、私たちに、別の車がヘッドライトの光を投射している。
 そのとき、頭では何も考えていなかった。ただ、もつれ合った意識の束からつまみ出され、辛うじて喉から引っ張り出されたのは「最低」の二文字だった。
 父は一瞬、口を閉ざした。隣にいる母も、小さく肩を揺らした。
「なんでそうやってぜんぶ決めようとするの?私が誰と何しようが、私の勝手じゃん」
俯きながら、吐き出すように言う。
「それに、なんでこんなところで言うの?今日の私、疲れてるんだよ?お母さんもなんで止めなかったの?なんでいきなり言い出すの?もっと早く言ってよ。私のこと全然考えてくれてないじゃん」
泣き顔を見せるのはいやだった。だから両手で顔を覆った。声を抑えようと、呼吸を落ち着かせたが、むしろ息苦しくなるだけだった。
「ボクはね、単にお前の障害になるようなものを取り除きたいだけなんだ。だから受験よりも別のことに時間を割いてほしいし、引っ越しもするんだ」
「それじゃ、私の友達が私の邪魔ってことでしょ。なんでそんなこと言えんの?私はひとりじゃ何も決められないの?」
「幹部同士の決定なんだ。いまさら変えられない。それに」
私は父の顔を見た。不安そうだった。
「お前はこれから何かしたいことがあるのか?」
それを聞いたとき、私はうまく返事ができなかった。ただ、余計にひどくなる嗚咽で全身をこわばらせ、よりかかった車窓からわずかな冷たさを感じるまま、次に誰かが発言するのを待つしかなかった。
 そろそろ団地へ到着する頃だった。飲食店やコンビニの数が徐々に減りはじめ、等間隔に並ぶ街灯の下を通過するたび、古臭い光が私の髪や膝を照らす。
「これも「エン」なんだよ」
遠いようで、近いところから父の声と、母のため息が聞こえた。それ以外の言葉を発する人間はこの場におらず、私たちは冷ややかな沈黙の中を走っていくしかないように感じた。
 団地付近でタクシーは停車した。運賃はだいぶかかったはずだ。最後に一瞬だけ、運転手と私は目が合った。私が泣いていたことを知っているはずなのに、まるで何も知らないような目つきで、後部座席のドアを開けてくれた。
 車から私は降りる。清算は母がしていた。そして、父は車内で何か話している。少し落ち着いた私は、空気を大きく吸ったあと、座席に半身を戻した。そして父と母に向かって、はっきりと言う。
「本当は何も信じてないくせに」
 踵を返して、そのまま団地の方へ早足で歩きはじめる。父と母のどちらかが、私を呼び止めるのではないかと思ったが、背後で二人の気配がちらつくだけだった。そしてその気配も、タクシーから遠ざかるにつれて希薄になっていく。
 外は寒かった。団地の棟と棟のあいだに植えられた樹木が、風に吹かれて梢を揺らしている。ときおりスカートがなびいたり、膨らんだりした。コートを忘れてきたことに気づくが、もう向こうへ戻りたくはなかった。左手を、右手でさわる。とても冷えていた。
 どこへ行くかも決めず、ただ歩き回っていると、春節を祝う集団が見えてきた。団地の隅、住人があまりいない、やや過疎化した棟の暗がりに、かれらはいた。近づく途中で、花火の残骸を踏む。昔は爆竹を使っていたらしいが、最近は大きな音が出ない市販の花火を使っているらしい。シュルシュルとこすれるような音が、かろうじて私の方まで届いていた。風に吹かれ、煙や火薬のにおいが遠くまで漂っている。それを吸い込まないように、注意深くかれらに接近した。
 一人一人の顔を判別できるところまで来ると、両親と遊んでいる彼を見つけた。私と話すときとは違う国の言葉で喋りながら、楽しそうに花火を持ってはしゃいでいる。寒いのに半袖のシャツを着て、ヘラヘラと笑っていた。かれらの輪に混ぜてもらおうと挨拶しかけたが、どうしても声を出すことができなかった。煙幕が私とかれらのあいだで凝固したようで、一足跳びで乗り越えることができない。かれらはお菓子の袋を開けて食べ合っている。かれらが喋っている内容は、きっと私にとって想像すらできないような気がした。
 彼からも、かれらからも一向に気づかれないまま、私は後ろを振り返った。深い川に身を沈めるようにして、影の奥の方で父と母が並んで立っている。二人とも相変わらず何も言わなかった。
 三人で帰るあいだ、私は一切口をきかなかった。そうするべきだし、当然のことだと思えた。かれらも分かっているはずだった。外から見た団地の窓で、まだ明るいところは少なくなっている。窓に明かりのない部屋は、すでに入居者が眠っているか、退去しているかのどちらかだった。ただ、いずれにしろ明かりのない住居は、廃墟も同然な気がする。手探りでものを掴まなければいけない生活に、文化はありえるのだろうか。三人でいるようで、今の私はほとんど孤独でいるようだった。
 玄関のドアを開ける。私が一番に入った。つい、常夜灯に明かりを調節してしまう。それが習慣になっているのだから、仕方ないと思った。背中から、かれらが「今日はごめん」と言ってくる。無視をした。そして、この一連の応答が何かの儀礼であるかのように、かれらは黙ったまま着替えたり、荷物の片付けをしはじめる。私も早々に着替えて、入浴を済ませ、そのまま自室に閉じこもった。いらない、と一言だけ伝え、食事はとらなかった。
 自室ではドアを閉め、鍵をかけた。これで誰も入ってこれない。ベッドに倒れ込むようにして仰向けになると、なぜだか少しずつ耳が冴えてきた。見慣れた空間にいると、今度は目の見えない領域に注意を払うため、体が聴覚をはたらかせるのかもしれない。その原因が好奇心によるものなのか、恐怖によるものなのか、私には分からなかった。明日、図書館で調べよう。
 まだ祝祭が続いているそうだった。かすかに、シュルシュル、シュルシュル、と花火の音が聞こえる。さっき私がいた場所ではないが、どうやら団地内のさまざまなところで人が集まっているらしい。以前、登校中に靴紐を結びながら彼が言っていたことを思い出した。爆竹を使わない理由は知っているが、かれらがまとまって春節を祝わないこと、この団地内でのかれらの行動すべてが、どこかで割り切られて考えられているのだろう。やはり、頭がいいんだな、と思う。
 立ち上がって窓の外から地上を見下ろした。ちょうど私の部屋の真下で、花火が焚かれている。煙が入ってこないように窓は閉めたままだが、試しに部屋の明かりを消すと、驚くほどはっきりとかれらの様子が見える。点滅する光の中で、人が自分の影と踊るような動作をしながら、隣人と談笑している。夜の闇の中で燃える花火は、寂れた棟の白壁を、ペンキで塗りたくったようなヴィヴィッドな輝きで彩っていた。
 一方でかれらは、私が眺めているという事実すら知らずにいる。そして、ここから見たかれらが本当に美しいことを知るのは、私だけだった。この感覚は、今日の再臨祭で起こったことと同程度に、得難いものだった。
 話し声が聞こえた。リビングからだ。窓から離れてドアに近寄り、聞き耳を立てる。
「そういう年ごろなんだ。しょうがない」
「もっと丁寧に説明すべきだったのに」
「それはボクの失敗だった」
「けど、明日もたぶん機嫌はならないだろうし」
「だから、そういう年ごろなんだよ。ボクも昔はそうだったし、君もそんな感じだったはずだよ」
「そうだけど」
「あの子だって、今は嫌かもしれないが、悪い話ではないと思うだろうし、それが一番いい選択肢だったって気づくだろう」
「だけど」
「あの子はボクたちなんかより頭も要領もいい。しばらくほっとけば、すぐ気がつく」
「もし最後まで反対されたら」
「もう無理にでもさせるしかない。これはもう決定したことだから」
また、ひどく沈んだ気分が戻ってくる。ドアに寄りかかるようにして、項垂れた。だが、もう泣くことはない。
「そういえば、あの子がタクシーから降りるときに言ってた言葉。あなたどう思う?」
「まあ、五分五分ってところだ」
「五分五分って?」
「そのまんまの意味だよ」
ベッドにそっと体を沈める。何かを考えようとして、何も考えられない時間だけが過ぎていく。明日も、かれらとまともに話すことはできないだろう。今はルールも分からずにチェスの駒を動かすような、意味もなく徒労が募るだけのゲームに巻き込まれている。目を閉じ、早く入眠するよう努めた。
 しばらくして、隣室から音楽が聴こえてくる。また、母の好きなカーペンターズだった。「青春の輝き」だとすぐに分かる。瞼を開かないまま聴き入っているうち、自然と曲を口ずさんでいることに気がついた。いつのまにか、耳で歌詞を覚えてしまっている。おそらく、父と母に対して私がどんな感情を今後抱こうとも、この曲は記憶に残り続けるのだろう。私がそれを肯定したり、否定したりしても、きっと無意味に違いない。
 全身の力が抜けていく中、ついに私は曲の終わりをはっきりと聴き届けることはできなかった。
 夢を見る。現実が間延びしたような時空間に、私は立っていた。ただ正確に理解できる唯一のことは、夢の中で私は阿弥陀如来になっていたということだけだった。

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