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誰でも通える小さな美大=デザインレッスン

これまで、デザインとは?という話、そして主に美術大学と大学院などでどのようなことが行われているのかという、私自身の学びと経験に基づく「今の実際」について話をしてきました。
その中で、デザインはより多くの方に開かれることに越したことはないという内容と、反対に、やはり現実としては大学•大学院という狭いコミュニティの中だけででデザイン教育がなされていることについて述べてきました。
お気づきのように、開かれるべきものが狭い世界に特化されてしまっていること。このことの矛盾を暗にお伝えしてきたつもりです。

ひとたびそう思うと、なにかをしなくてはとならないと感じて取り組みはじめたのがデザインレッスンです。

そのようなことから今回は、デザインを学ぶことができる開かれた取り組みの一部を紹介をさせてもらおうと思います。

誰でも通える小さな美大
私は博士号取得直後の春から、運良く神戸芸術工科大学に教員として勤めることができました。2013年の春です。それからもう10年、神戸で家庭をもち今では2人の息子にも恵まれ暮らしています。
とはいえ、神戸芸術工科大学はすでに4年間の任期を終えて退職をしており、その直後に夢でもあった自分のデザイン事務所「NDL2/第二次中村研究室」(エヌディエルツー)を設立しました。

デザイン事務所と並行して、京都や大阪などの関西圏の大学で講師を務めながら、全世代に向けてデザインを教えている場がないかどうか探してみるのですが、これがなかなかありません。
デザインスクールで調べてみても、デザイン=ウェブとなっているのではないか?と思ってしまうほど、出てくるのは大人向けのウェブデザインに関するものばかり。
デザインの本質から分かりやすく、美大のように複数のジャンルを同時に扱えるところは皆無といえそうでした。そうなると、もはやなにも参考にすることができません。

私はそうしたスクールを参考にするのを諦め、それなら勤めている美大のカリキュラムをより分かりやすく噛み砕いてスクールにしてしまおうと考えました。年齢に関係なく「誰でも通える小さな美大」。これがデザインレッスンの構想でした。

デザインレッスンの開講
いわゆる美大の一年生から大学院まで、ひと通りの取り組みについて概説してきましたが、私が考える「誰でも通える小さな美大」としてのデザインレッスンでは、どのようなスタイルが適しているのでしょうか。
講義ができる広い教室はないし、教えるのは私ひとり。大人はまだしも、そもそも子どもは学校に行っているので下校してからでないと来られない。個々にやりたいことも異なる。問題は山積しています。

そこで、大学四年生のゼミ形式で、テーブルを囲んで取り組むスタイルとしました。それなら今の事務所でもできますし、個人の関心に合わせたデザインに取り組んでもらえます。その上事務所の屋号としてつけた「研究室」ということばにもピタリとはまる。

こうして、2021年の4月に「デザインレッスン」としてゼミ形式のスクールを開講しました。現在では約10名の受講生が、代わる代わる決まった曜日と時間に訪れる、賑やかなデザイン事務所になっています。

10才の驚くべきデザイン力
年齢は10才程度から、大人までとしています。ほぼ全世代をカバーしていますが、やはり年齢が小さすぎると難しい。というのは、デザインはディスカッションをして組み立てていくため、ことばでの円滑なコミュニケーションが成り立つことが必要になるためです。また、一コマ90分としているので集中力が続くかどうかという問題もあります。
現在、通ってもらっている最年少は10才の小学生です。休憩なしの90分は、ほとんど学校の倍の時間の長さですが、やはり好きなことをしているだけにあっという間に終わると毎回楽しんで実力をつけています。
その子は実は9才から、およそ1年半もの間、毎週通ってくれています。はじめは「ただ好きなことを突き進める」というだけでした。しかし近頃ではすっかりかわり、リサーチからスタートするようになっています。
たとえば最近作成したカレンダーのデザインでは、どうしたら新しくて魅力的なデザインが生まれるか、インターネットで確認できるデザインの事例を一通り調べ、そこから素晴らしいアイデアを生み出し、制作する過程で生じる問題をひとつひとつ丁寧に解決しながらアウトプットするようにまでなりました。

星座カレンダー(小4)

荒さは残るものの、ここまでできるとあとはプロとしての私が精度を高めることで、商品にすることまでもが射程に入ってきます。自分の考えたデザインが世の中に出ることもあり得るわけです。そうなるともう立派なデザイナーです。
たとえ子どもでも、教え方次第でデザインはできます。手先の器用さということではなく、考え方とプロセスさえ身につければよいのです。

美術部中学生の驚くべきデザイン力
私の聞く限りでは、その子の通う中学校の美術部では絵を描くことが中心でものづくりをする機会はあまりないそうです。
この中学生も、作ることが好きで小学生の頃から2年近くデザインレッスンに毎週通っています。美術部の取り組みが少し物足りないという彼女、それはそうでしょう。これまでにひと通りのデザインプロセスをすでに習得しているのですから。

彼女はすでに、文具メーカー主催の国際的なデザインコンペにエントリーし、美しく素晴らしいデザイン案を提出できるレベルになっています。
彼女は、自ら問題点を発見し、これまでにない発想で、「いいね」、「助かるね」、「おもしろいね」といった、私が考える「デザインとは?」を全て満たすスティックのりのデザインをしました。
スティックのりは最後まで使えないし、詰め替えも難しくて、空のケースは捨ててしまうことが多くエコではない。そうした問題提起からデザインしたのが、

•二つに真ん中でパキッと折れるようにして(スティックを!?)、
•のり本体が底部から簡単に外れる仕組みにして、
•少なくなった片方をもう片方にくっつけて、
•それで最後まで使い切ることができて、
•詰め替えも簡単にできる!
名付けて「折るノリ」
という斬新なデザイン案を作成しました。

「折るノリ」のデザイン(中1)

ここまでくると、もうほぼプロの仕事に近い。
残念ながら1000を超えるエントリーがあった中からの選出は果たせませんでしたが、驚くべきデザイン力を身につけていることは明らかです。
昨今、試しに私が美大の一年生に課している建築課題を出してみたところ、美大生たちと比べても全く見劣りしないどころか、優秀作に選ばれてもおかしくない作品を完成させました。

もちろんはじめからできたわけではありません。小学生の頃はやはりお絵描きの域を超えないと言わざるを得ないものも多々ありました。デザインレッスンに通う中で、着実にデザインの本質を射抜けるようになったわけです。

プロになった社会人
大人の方もデザインレッスンにはいらっしゃいます。たとえば、長らく事務のパートタイマーとして働いているという50代の主婦の方。
この方はもともと絵を描くことや、グラフィックを描くことが好きで、時間を見つけては家で創作をしてきたということですが、その作品がいいのか悪いのか、どうしたらワンランク上の作品にできるのか、アドバイスをもらえる環境がなくずっと悩んでこられたそうです。
もともと意欲的な性格であることから、グラフィック系の専用ソフトを使うこともできましたが、スキルだけではなかなか作品としての評価には結びつきません。
彼女も通い初めてから1年半ほど経ちますが、初めの頃は簡単なロゴの制作や文庫の装丁デザインなどを課題として、アウトプットそのものの出来の良さよりも、コンセプトからきちんと考えていくという基礎的なデザインプロセスを学んでもらいました。
少しずつ要領が分かるようになってからは、和菓子屋さんのトータルなデザインとして、ロゴやパッケージデザインにのれんのデザイン、細々としたアイテム一式にも取り組んでもらいました。
ステップアップ方式で、デザインの組み立て方と同時にスキルにも磨きをかけ、みるみるうちに実力が伸びていきました。

そろそろ外に出してもいいかもしれないと感じ、紹介したのが大手壁紙メーカーのコンペで、それに取り組んでもらうことになりました。結果的に320程度の応募案から選ばれた最終12案に残り、ファイナリストとして、プロのデザイナーと肩を並べ、都内でプレゼンテーションを行いました。嬉しいことに、最優秀賞や優秀賞には届かなかったものの、ファイナリスト賞を受賞してくれました。

ファイナルプレゼンテーションに臨む社会人受講生

公的な場で社会的な評価を受けること、これはもうデザイナーといっても差し支えありません。
ご本人は、現在の勤務を退く年齢がきたら、その後は自分でデザインをしてその後の時間を充実させていきたいとのことです。

新たなことを始めるのに年齢は関係ない。お勤めを終えてから個人で活躍し、社会や経済に積極的に参加ができるという、人生100年時代のまさにロールモデルのような受講生の姿には、私もたいへん大きな可能性を感じます。

世代を超えたデザイン教育
私は普段から18才程度から22、23才くらいの若者を教えています。大学というのは、特に私が担当しているようなデザイン系の課題には決まった教科書はありません。
研究や実務で得た最新の知見を私自身が蓄積し、毎年鮮度の高い課題を作ることを心がけていますし、それは大学教員としての責務でもあるように思います。大学は最新の研究をするところで、その結果を学生達に授業という形で伝えていく場です。ここが、それまでの高校までとは大きく違う点でしょう。
だから常にアンテナを張っていないといけない。

私は半ば強制的に、そうした環境に身を置いています。そうした最新の情報を能動的に得ることが、小中学生世代へは、期待を込めて、デザイン教育を「促進」することができ、50代や60代の世代などの年長者へは、これまで頑張ってきてくれた感謝の意を込めて、デザイン教育を「還元」できるからです。
大学と関わることで得られる知見をそれ以外の世代に伝えいくこと。そうすれば何かが少しだけでも豊かになるかもしれません。

誰でも通える小さな美大=デザインレッスンをもっと知ってもらいたい。まずはそこからですね。

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