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アイデアバンクの美術大学

ここまで第5回にわたり、溜めに溜めてきたデザインとは?の概論的な内容をお伝えしてきました。わりと漠然とした内容だったと反省しつつも、もう少しだけデザインが世の中にどのようにして貢献できるのか、その新しい貢献の仕方について考えていることをお話したいと思います。

選択肢の「間」にある何か
さて、私は選択肢に丸をつけるという形式がたいへん苦手で、選択肢式のアンケートに答えるときにはいつも必要以上に頭を悩ませてしまいます。振り返ればこの苦手意識は、大学院の修士のときにした企業への就職活動のエントリーシートの作成で顕著になったのでした。

氏名を書く欄の横あたりに、「文系・理系」と印字してあり、どちらかに丸をつけなければならない。建築だから理系的なイメージは強いのですが、もともと私は理系科目は苦手ですし、建築といってもデザインだから文系も理系もありません。今ならそうした問われ方をした時点で丁重に辞退をするわけですが、まだ若かった私は辞退するという俯瞰したモノの見方に気づくことができませんでした。
そこでかつての私は真ん中の「・」に丸をつけてそのエントリーシートを提出しました。まじめに活動をしている大学生や企業の採用担当の方たちからしたらふざけているとしか思えない書き方と受け取られかねませんが、私としては大真面目で真摯かつ正直に自分に向き合った結果、そう決断したのでした。

このように、与えられている選択肢というのはいわゆる既成概念で、その間にある考え方、もっというとその選択肢にない考え方に新しい価値を生む可能性が秘められていると思うのです。

卒業後の進路という選択肢
多くの大学生諸君は三年生も終わりに近づく頃になると就職活動の準備をはじめます。これは「選択肢」のひとつですから、他にも大学院へ進学という手もあります。先程の話でいうと、「文系か理系か?」のような「就職か進学か?」といった二者択一を迫られます。
大学は社会に対して人材を輩出する役割もあるし、研究を進める役割もあるのでこの二つの選択肢はもちろん妥当なものですが、個人的にはやはり少し寂しさを感じます。

とくに美術系の大学では、大学で取り組んだ数年間分の課題作品をまとめてポートフォリオ(作品集)にし、それを携えて企業に就職活動をするというのが一般的です。進学にしても自分がしてきたことをベースに勉強をし、卒論を携えて院試に臨むので、進路は違えどアピールをしていくということに違いはありません。
どちらにしても、未成熟ではあるものの、一個人が3年間から4年間にわたり取り組んできた様々なアイデアが、ほぼその二者択一の進路に進むための切符としてのみ使われるのはもったいない。それ以外に選択肢としての「道」も、アイデアの使い「道」もないのか、と私は考えてしまうのです。

アイデアバンク
たとえば私が教鞭をとる美術大学では、1学年に約160名の学生がいます。つまり、ひとつのデザイン課題で単純に160案が出揃います。通年で4課題とすると、テーマは違えど年間640案が出揃います。次の年度でも同じことをすれば累計で1280案。似たような案もありますが、全く同じというものはデザインにはひとつもありませんから、それだけたくさんのアイデアがごく数年の短期間で蓄積されます。
学生は単位取得と実力アップを目的として取り組み、教員も単位付与と実力アップという、お互いの目的が一致しているため、相互に「オッケー」となればそれ以上の展開はありません。そこで完結して終わってしまうのです。

もしたくさんの関係企業に、それらのアイデアを公開することができたらどうでしょうか。どのように公開するのかなどの具体的な方策はさておくとして、きっと目から鱗のアイデアが見つかっても良さそうなものです。
企業でなくても、たとえば自宅を計画している夫婦がいるとして、住宅デザインの課題作品を一覧できたらきっと参考になると思うのです。

このように、美大はアイデアバンクなのではと私は思っています。それも、営利でなく競争的でもない、プロの指導に基づいて制作される、顔の見える信頼あるバンクです。

道を切り開ける?
もし企業や個人と学生作品のマッチングみたいなことができれば、案が採用された学生はどうなるでしょう?自分の案発信のプロジェクトが成り立ち、クリエイティブデザイナー(これは前回の記事をご覧ください)として、一時的にではあるかもしれませんが、世の中に貢献していける可能性が拓けます。
学生ひとりではなかなか荷が重いので、そこに私のような実務家教員が面倒見役としてつき、さらに学生にもグループを組んでもらいます。
ある程度のメンバーで同時に複数のプロジェクトを回していけば、もうこれは企業に近いものになるかもしれません。
起業というのに近いかもしれませんが、グループで取り組むので別に本業を持っていてもいい。それなら、生死をかけた本気の起業というのとも異なります。ここでも、就職と起業の「間」が新たな選択肢として生まれるわけです。
ハイブリッドな働き方は、今らしいのではないかとさえ思ってしまいます。時間さえ確保できれば、ということにはなりますが…

アイデアがなくて困っている方々へ
先日、とある複数の大学の有志の学生で行われた展覧会に審査員として呼ばれました。
たいへんおもしろいアイデアのプロダクトデザインがずらりと並び、中には今すぐにでも実社会に出して貢献することのできる秀逸な内容のものまでありました。
なぜ商品化できないのか?理由のひとつは学生自身がそこまで射程に入れていないということ。好きでやっているから、自分の実力を磨くためにやっているから、頑張って完結させることに意味があると思ってしまっていることです。
二つ目の理由は、そのデザインを欲している企業とのパイプがないこと。
それならパイプを作って、学生に商品化までを目標とすると伝えれば良くて、あとは周りの大人やプロがサポートすればできてしまうわけです。

とくに昨今、アイデアがなくて困っている企業、とくに製造業には一定のニーズがありそうです。これまで伝統的な工法で木箱を作ってきたが、今の時代のニーズに合わず売り上げが下がっている。建築の外装パネルを金属で作ってきたが、新築が減ってシェアの取り合いがしんどく、今の技術を使って新しい事業を起したいなどという話を実際に聞きます。

すでに産学連携はありますが、組織間の連携だけに腰が重く、もっと気軽にアイデアと製造業の技術のマッチングができれば皆がハッピーになることができるのではないでしょうか。

このアイデアバンクの構想、まずは実験的に学生のアイデアを関連しそうな企業に見せていこうと、実は動いています。
もしこの記事を読まれている方の中で、わたくし中村が訪れた場合は、ご協力賜りたく、どうぞよろしくお願い致します、笑。

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