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美大ってどんなところ?

前回の記事では大学卒業後の選択肢についての話題に触れました。学生の皆さんの多くは4年間で卒業をしてその後会社へ就職をしますが、そもそも美大ってどんなところなのか、どんな勉強をするのかイメージが湧きにくいかもしれません。
そこで今回は美大ではなにをするのか、どのように勉強をするのかということについてお話をしたいと思います。

「特別」は一握りだからご安心を
こんなことを言うと本当にできる学生やそうした学生ばかりのハイレベルな大学からは叱られてしまいそうですが、美術大学、とくにデザイン系においては、はじめからできる学生はほぼいません。
「音大を出ました」という方は、ピアノをはじめ、専門とする楽器を巧みに演奏することができるとは思うのですが、「美大を出ました」という場合、全員が絵を上手に描けるかといと実はそうではないと言えそうなのです。
たとえば高校で美術科やデザイン科、図面の作成に関して言えば工業科などですでに鍛錬を積んできた学生であれば初期のスキルはそれなりにはあります。しかし絵が描けることや図面がつくれること=デザインができるということではありません。
ですから教員としては、やはり彼らもほぼ全くの素人なのです。デザインは思考を鍛えて共感を得る物事を創造することを学ぶ学問なので、美大だからといって先天的なスペシャルな能力が初めから備わっているということはほぼありません。
もしそうした「先天的な才能」で語られてしまうものだとすると、そもそも体系的な学問にはならないでしょうし、反対に才能がないから教えられないということになってしまいます。
それでは教育機関として成り立ちません。

才能がないから美大のデザインには進まなかったというのは、入試などにも携わった経験のある私からすれば都市伝説のようなもので、それは誤解であると明言できます。
とくに昨今では、デッサンなどの実技が必須ではない受験方式なども多々あります。それがよいかどうかは別として、美大のデザイン系学科に進学することは何も特別なことではないのです。

思考を鍛え自分の答えを見つける4年間①
1•2年次
美術系大学でデザインを学ぼうとすると、まずは専攻を決めて受験をすることがほとんどです。第5回の記事で紹介した「〇〇デザイナー」の内容で、〇〇に入ることばはたくさんあることを示しましたが、まさにそれを決めなくてはなりません。
ちなみに私は建築デザインで受験をしたので、専攻は建築科でしたが、一、二年次まではプロダクトデザインの実習や環境デザインの実習も必須になっていましたし、ビジュアルデザインや写真実習なども希望をすれば学ぶことができました。
つまり、初めのうちは様々な分野のデザインを広く浅く勉強し、後半から本格的に専門を扱うことになります。

いつもながら、これは私個人の経験に基づくカリキュラム構成の紹介ですので、大学によって異なることを予めお伝えしておきます。

とはいえ、自分の専攻に関連する実習(私の場合は建築とその周辺)をクリアするだけで、少なくとも私は精一杯だったので、他の実習を履修するどころか、サークルなどもせずに毎日のように課題に対する答えを求めてアイデアを出しては没にして、を繰り返していました。ちなみに「実習」というのはデザインを学ぶカリキュラムのなかでメインとなるもので、実習の評価=デザイン力といって差し支えないと思います。私は実習の成績は良かったのですが、講義のほうの評価はさっぱりでした。

皆さんがイメージしやすい実習の課題例としては、住宅のデザイン、椅子のデザイン、公園や広場のデザインといったものでしょうか。
住宅であれば、具体的な敷地や広さ、木造二階建てで4人暮らしをするといった条件が予め設定されていて、その条件を満たしながら「それいいね」と思わせるデザインを考え、図面や模型を与えられた固定の机なりスペースでつくります。
よく郊外で見かけるハウスメーカーのような住宅を考えてもほとんどまったく評価はされません。その理由はまた別の機会にご紹介します。

思考を鍛え自分の答えを見つける4年間②
3年次
ここで記事にしている内容のような、デザインの概論やデザインの歴史などの講義科目で知識を吸収するのと並行して、基礎的なデザインの実習を経験した後、いよいよ「狭く深く」の専門領域のみを扱う3,4年次になります。

とくに3年生は、個人的にもっとも伸びる時期だと考えています。というのは、基礎的な知識と表現スキルが身につき、わりと高度なディスカッションができるようになるからです。それに加え、2年間でさまざまな先行事例を知ることで自分の関心事が少しずつ明確化されてきている時期でもあります。もちろんデザインのプロセスも感覚的に分かってきていることから、課題も難しくなります。
先ほど住宅のデザインを例に挙げましたので、建築のデザインを例に挙げていきましょう。ちなみに、イメージがしやすいように住宅のデザインとしましたが、じつはその難易度は非常に高く、今現在私でも頭を悩まされます。歴史的な潮流を視野に入れた上で、未来の人の暮らしを考えるのは本当に難しいことだと付け加えておきます。

さて、本題に戻ります。3年次以降になると与えられる条件が複雑化し、より社会的な問題を視野に入れた内容で、規模も大きくなります。
たとえば「複合施設-今日のメディアセンターのデザイン-」といったものが3年次課題では出されたりします。

お分かりのように、メディアセンターというのはわりと新しい複合的な概念ですね。図書館とか博物館とか地域のインフォメーションセンターなどの学習・研究の場であったり、そうした用途によって生じる交流を世の中に発信していく場であったりと、社会的で文化的な地域の核となる公共の場を創造するような、タイトルからしてなんだか難しそうな内容になります。
当然建築の規模も大きく、より多くの人が訪れることが想定された内容になりますから、さまざまな立場で多角的に物事を考えなくてはなりません。つまり、より多くの人から「それいいね」を獲得しなくてはならない、まさにデザインワークの真骨頂です。

ちなみに私が3年次の時は、上海の中心部の1ブロックがデザインする敷地で、文化商業施設のデザインを課されました。わずか数日でしたが実際に上海まで敷地を見にいき、文化に触れ、これまで得てきた知識と新しく調べて構築した知識とを総動員して「えいやっ」と設計しました。寝る時間も割き、最後の方はふらふらになって格闘しました。

今は、学生に徹夜をさせたり無理をさせることがないように、課題の難易度も教員側がずいぶんと配慮するようになりましたが、やはりそうしたハードルを越えようともがく中で、いつの間にか格段にレベルアップしていたことは事実としてあります。

課題への取り組み方が変わってきたにせよ、4年間の主役といっても良いこの時期をどう充実させられるかは、今も昔も同じように思います。

思考を鍛え自分の答えを見つける4年間③
4年次
知識を吸収し、頭を働かせ、アイデアを生み出し、手を練ってきた3年間を終えた次の4年次の中心的な取り組みは「自ら問いを立て、それに応える」ことです。これまでは教員が課題を与え、学生がそれに応えるスタイルでしたが4年生は違います。自分で問いを発見し、自分で答えを出すスタイルになります。
少し不思議な感じを禁じ得ないという方も多いかもしれません。まるで哲学問答のような取り組みですね。

また一方で、出題者が自分なんだから、答えは全部わかっていて、それだったらなんと簡単なことかとも思います。
しかし、たとえば「1+1は?」と自分に問題をだしたとして、「2」と応えるだけでは何も生みません。それは明らかに「問題が良くなかった」ということになります。

新しい考えや役に立つこと、現代社会に生きていて必要とされること、盲点だったことを明るみに出すことなど、「何かを生む良質な問題」をつくるというのは実は簡単なことではありません。
何百、何千という数も種類も膨大な小さな花の種から、もっともよく育つ種を見極めて選び取る感じに近いかもしれません。「この問いはあまり育たなさそうだ」とか、「この問いは芽が出ない」とか、「良質な問いだと思って一生懸命取り組んだのに、すでに別の人が育てて販売していた」とか、そんなことの連続です。

これが世に言う「卒業研究」というものです。

美大の卒業研究には主に2つ、「卒業論文」と「卒業制作」というものがあります。どちらか1つを1年間を通して進める大学と、どちらもクリアしないと卒業できない大学とがあります。とにかく時間がありません。初めてのことなので良質な問題が何かを見極めるだけでも精一杯です。そこで学生は4年生に上がる際に自分の強い味方となってくれる担当教員を自分の関心事によって決め、その先生のゼミに所属し指導を受けることになります。
ゼミでの指導とはどんなものなのか、それこそイメージがつきにくい方は多いと思います。この内容についてはまた後日お伝えするとしましょう。

さて、ひとつのテーマに1年間をかけて調べ、デザインという形にまで昇華させるこの卒業研究。それだけ時間をかけて行う独自性の高いものなので、卒業研究をクリアした学生は専門家の卵として「学士」の称号が与えられます。これが4年生の取り組みです。

これまでお話をしてきたように、美術大学といっても考えることの基礎からはじめ、皆が納得のいくものを多角的な視点でもって提案していくというプロセスは、初めにお話をしたように何もスペシャルな才能をもっていてこそできるというものではありませんよね。
もちろんコミュニケーション力だとか、中学・高校までの教科別基礎知識というのはある程度は必要ですが、「興味をもったことを調べ、考えること」自体は誰でもができることです。
だから私は、基礎知識やデザインの専門的なことは私が補うとして、それなら小学生でもできるかもしれないと考えたのが「デザイン・レッスン」。

今日もこれから小学4年生がわらわらと来ます。
きてくれている子どもたちの将来が楽しみです。


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