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世界遺産って何?②~もう一歩踏み込んで理解する~

前回は世界遺産の定義から遺産の種類などの概要を学んでいきました。
今回は、もう一歩踏み込んで、世界遺産がどのように運営されているのか、世界遺産に関わる重要な概念、世界遺産登録までの流れなどについてアウトプットしていきます。

この記事で学べること:

・世界遺産運営に関わっている組織とその役割
・世界遺産に関係する重要な概念
・世界遺産登録までの流れ

1. 世界遺産の運営体制について

世界遺産の運営には、様々な組織が関わっています。
まず、世界遺産条約の締約国による締約国会議は、2年に1回開催されるユネスコの会期中に開催されます。そこでは、すぐ後に記載する世界遺産委員会の委員国の選出や活動報告の受理、また、世界遺産基金への分担金の決定を行います。

世界遺産委員会:
世界遺産委員会は、世界遺産条約の締約国のうち21ヶ国で構成される組織です。1年に1回以上の頻度で委員会を開催します。

世界遺産委員会の主なミッションは、世界遺産へ登録推薦された遺産に対し、「登録」、「情報照会」、「登録延期」、「不登録」の4段階で決議することです。

登録: 遺産を世界遺産リストへ追加することを認める決議

情報照会: 世界遺産委員会がより詳細な情報を求める決議。その場合、次回の世界遺産委員会で推薦書を再提出し審査を受けられる。3年以内に推薦書が再提出されない場合は、それ以降は新たな登録推薦となる。

登録延期: より詳細な調査が必要か、推薦書の本質的な改定が求められる決議。推薦書の再提出から1年半の審議に付される。

不登録: 世界遺産リストへの追加にふさわしくないとみなす決議で、原則再推薦は認められていない。新たな科学的発見があった場合や、登録基準を変えて再度推薦する場合は再度推薦が可能な場合がある。

また、世界遺産基金の使途の決定や活動報告を活動報告を締約国会議へ提出することも世界遺産委員会の役割となっています。

委員国の任期は6年となっていますが、公平な代表制確保のため、各締約国に均等な機会を与えるためにも4年で自発的に任期を終えることや再選を自粛することが望ましいとされています。

世界遺産委員会事務局(世界遺産センター): 
世界遺産センターは、世界遺産委員会のサポートをする組織となります。

主なミッションは、会議体の設定や世界遺産や世界遺産条約の広報の目的としてのHP運営、各国からの登録推薦書の受理、各諮問機関へ調査の依頼です。

世界遺産センターHP(英語、フランス語)

世界遺産委員会諮問機関: 
世界遺産委員会諮問機関とは、世界遺産条約の履行に当たって、それぞれの専門分野から助言を行うことを主なミッションとしている機関です。また、登録推薦があった遺産に対し調査を実施し、世界遺産委員会へ上述の4段階の勧告を行います。

諮問機関は、ICCROM、ICOMOS、IUCNの3つです。

ICCROM(文化財の保存および修復の研究のための国際センター): 
1959年に設立。本部をローマにおいていることから、通称ローマセンターとも呼ばれる。世界の動産や不動産の保全に関しての研究や技術支援や技術者養成を行う。文化遺産に関する研修、養成の主導的役割を果たすことが求められている。

ICOMOS(国際記念物遺跡会議):
1964年のヴェネチア憲章(後述)を受けて作られた組織。建築遺産や考古学遺産の保護や保全についての理論や方法、科学技術応用の推進を行う。世界遺産センターからの依頼を受けて、文化遺産として登録推薦された遺産に対しての専門調査を実施、世界遺産委員会へ勧告を行うのがこの機関。

IUCN(国際自然保護連合):
1948年に設立。持続可能な自然資源利用のために、世界中の技術者を支援することを目的としている。自然遺産として登録推薦された遺産に対しての専門調査を実施、世界遺産委員会へ勧告を行うのがこの機関。

世界遺産基金:
ユネスコの財政規則に基づき1976年に設立された信託基金。世界遺産条約の締約国は2年に1度分担金を支払わなければならない。支払いを延滞すると世界遺産委員会委員国に選出される資格を失うとともに、緊急援助以外の国際的援助を受けることができなるなる。世界遺産基金は世界遺産委員会が決めた使途のみに使用でき、多くの場合は途上国の推薦書作成支援や専門家の調査、自然災害や紛争からの復興に使われている。2011年のパレスチナのユネスコ加入に伴って、基金の最大拠出国であったアメリカが2018年にユネスコを脱退したことにより、世界遺産基金は資金不足に陥っている。

2. 世界遺産に関わる重要な概念

世界遺産条約履行のための作業指針: 
1976年の第一回世界遺産委員会で、世界遺産条約を適切に履行していくための作業指針が採択されました。作業指針では、前回の記事でも述べた顕著な普遍的価値の定義や、登録基準、また、この後で述べる真正性完全性の定義、世界遺産リストへの申請や登録の手続き、世界遺産基金による援助の手続きなどが記載されています。

世界遺産運営にあたる多くの活動がこの作業指針に基づいて行われています。
イメージとしては、
・世界遺産条約=憲法
・作業指針=法律
と捉えておけばしっくりくるかと思います。

真正性:
真正性とは、「その遺産は本物か?」という概念で、文化遺産に求められます。つまり、建造物や景観の形状や意匠、素材、工法などがそれぞれの文化的背景や伝統を継承していることを意味します。

例えば、木造建築物の遺産が老朽化したので最先端の建築技術を用いて鉄筋コンクリートで立て直す、といったことはタブーとされています。それでは、その建物が建てられた当時の文化的背景(素材、工法など)が継承されていない(=本物ではない)からです。

真正性は、1964年に採択されたヴェネチア憲章の考え方が元になっています。ヴェネチア憲章とは、第2回歴史的記念建造物に関する建築家・技術者国際会議で採択された建造物や遺跡の保存・修復に関する憲章です。この憲章での重要なポイントは、建造物の修復の際には、当時の工法、素材を尊重すること、推測による修復の禁止、また、修復した箇所が後代にも伝わるよう修復箇所を明示することなどが上げられます。この憲章を受けて同年にICOMOSが設立され、ICOMOSが真正性の検証を行うことになっています。

真正性の概念は、かつては建造物が作られた当時の状態を維持していることが重視されていました。確かに石造りの建物であれば当時の状態を維持することは可能です。しかし、木造建築物や日干しレンガなどで作られた建造物はどうでしょうか。つまり、この考え方は石の文化を持つヨーロッパの考え方が元になっていたのです。

これでは、日本やアフリカの遺産は真正性が保てなくなってしまう恐れがあります。ここで真正性の解釈に一石を投じたのが日本でした。1993年の『法隆寺地域の仏教建造物群』の世界遺産登録の際に、より木造建築物への理解を広めるため、日本は「真正性に関する奈良会議」を開催しました。そして、日本の主導で「奈良文書」が採択されました。

奈良文書の採択により、真正性を格文化圏に即して理解することが可能になりました。奈良文書では、遺産の保存は地理や気候、環境などの自然条件と、文化、歴史的背景などとの関係の中ですべきとされました。

つまり、日本の遺産であれば、日本の気候風土や文化・歴史の中で営まれてきた保存技術や修復方法でのみ真正性を担保できる。その文化ごとの真正性が保証される限りは遺産の解体修復や再建なども可能である。

完全性:
完全性とは、「その遺産は完璧か?」という概念で、全ての遺産に求められます。つまり、顕著な普遍的価値を構成するために必要な要素を全て満たしているか、その遺産を保護するための体制や法律は十分か、ということを意味します。

完全性を証明する条件は3つあり、それらは作業指針に示されています。

・顕著な普遍的価値が発揮されるのに必要な要素が全て含まれているか
・遺産の重要性を示す特徴を不足なく代表するために、適切な大きさが確保されているか
・開発あるいは管理放棄による負の影響を受けていないか

また、自然遺産には登録基準ごとに完全性の条件が定められており、例えば滝が特徴の景観においては下流域を含む必要があったり、渡りの習性を持つ生物を含む地域では渡のルートの保護も求められたりします。

文化的景観:
文化的景観とは、文化遺産と自然遺産の境界に位置する遺産です。分類は文化遺産になります。

どういうことかというと、これまで人間は自然の影響や制約のもと独自の文化を発展させてきました。その中には、「人間と自然の共同作品」とも呼べる遺産も存在します。こうした遺産を文化的景観として捉えることで、従来の西欧的な解釈よりも柔軟に文化遺産を捉えることが可能になりました。

文化的景観は1993年に採択された概念で、初めて文化的景観が認められた遺産は、ニュージーランドの『トンガリロ国立公園』です。

文化的景観は人口の景観も自然の景観にも認められ、どちらの要素が強いかによって3つのカテゴリーに分類されます。

1. 意匠された景観: 人間によって設計、創造された空間。庭園、公園、宗教的空間など。人口の要素が強い。

2. 有機的に進化する景観: 自然環境に対応して形成された空間。農林水産業の産業など。自然と人口の要素が半々ぐらい。

3. 関連する景観: 自然がその地の人々に影響を与え、文学的、芸術的、宗教的要素と強く関連する景観。自然の要素が強い。

3. 世界遺産登録までの流れ

ここからは、各国の遺産が世界遺産としてリストに記載されるまでの流れを学んでいきます。登録の推薦から登録までの期間は約1年半を有します。

⓪暫定リストへの登録
ある遺産を世界遺産を登録するには、まずはその遺産を各国が有する「暫定リスト」に記載して世界遺産センターに提出する必要があります。暫定リストに記載のない遺産を世界遺産として登録することは原則できません。

①暫定リストの中から推薦の準備が整ったものを推薦
締約国は、暫定リストの中から推薦の準備ができた遺産に対して推薦書を作成し、毎年2月1日までに、世界遺産センターに提出します。この期限が過ぎると、次回の審議にかけられることになります。なお、日本の場合は9月ごろに世界遺産条約関係省庁連絡会議にて推薦される遺産が決定され、翌年1月ごろに推薦書が閣議了解されます。

②世界遺産センターが諮問機関へ調査を依頼
世界遺産センターが推薦書に抜け漏れがないことを確認したら、各諮問機関へ調査を依頼します。文化遺産はICOMOSが、自然遺産はIUNCが、複合遺産はICOMOSとIUCNがそれぞれの専門分野の調査を行います。文化的景観の場合は、ICOMOSが、IUCNの助言を受けながら調査を進めます。

③ICOMOSとIUCNによる調査
ICOMOSとIUCNがそれぞれ夏頃に調査を行います。そして、世界遺産委員会開催の6週間前までに調査結果をまとめ、登録可否について上述の4段階の「勧告」を世界遺産センターに対して行います。

④世界遺産委員会による決議
世界遺産委員会では、調査結果を踏まえ、遺産登録について4段階の決議を下します。委員国間で意見がまとまらない場合は投票を行い、2/3以上の得票で可決されます。

近年、諮問機関と世界遺産委員会の意見が対立するケースが出てきたことにより、アップストリーム・プロセスと呼ばれる施策が採用されています。簡単に言うと、世界遺産委員会による審議の前に締約国が諮問機関から助言を受けられるなどすり合わせの機会を設ける施策です。

4. 終わりに

細かい憲章や条約などは触れませんでしたが、ここまで押さえていれば基礎問題はだいたいマスターできたと言えると思います。

次回以降は日本の遺産について発信していきます。

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