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数学の探究ベースの教授・学習に向けて


1.はじめに

 「探究的な学び」がより本格的に重視され始めています。私自身,高等学校数学科における「探究的な学び」のデザインというテーマで連載させていただいていますし,自分の科研サイトの名前も「探究を通して数学を学ぶ」としているところです。
 このように,数学の授業における「探究的な学び」を志向するとき,その理論的背景や先行の取組を踏まえておくことが欠かせません。そうした取組の一つがEUで展開された「フィボナッチ・プロジェクト」です。現時点で10年以上前の取組ですが,いわば「探究的な学び」の理論化と実践の普及を試みたものといえそうなプロジェクトです。

フィボナッチ・プロジェクトは、欧州連合(EU)の第7次研究・技術開発枠組み計画(FP7)の助成を受け、高水準の科学委員会の監督を受けながら、科学教育で高い評価を得ている教育機関(大学、教員養成センター、研究機関など)の指導を通じて、探究ベースの理数教育(IBSME)をヨーロッパに広く普及させることを目的としている。フィボナッチ・プロジェクトは、ヨーロッパにおけるより大きな普及に有効な移行手法の青写真を定義することを可能にする。プロジェクトは2010年1月に開始され、2013年2月までの38ヶ月間続く。最終的には、ヨーロッパ中の60の高等教育機関が参加し、最低でも3,000人の教師と45,000人の学生が参加することになる。

Webページの紹介文より

 このプロジェクトでは数学科における「探究的な学び」のデザインに役立ちそうなブックレットが複数あります。そのうち『数学教育における探究』の第2章「数学の探究ベースの教授・学習に向けて」が”かなり実際的で参考になり,メッセージもよりストレートであると考えられるため,以下で先生方に仮訳を共有できると参考になる方もおられるかも,と考えました。といってもまずDeep Lで訳してその後私の方で訳した仮訳に過ぎませんのでその点ご承知のうえでお読みください。おかしなところがあればご指摘いただけますと幸いです。といっても私自身が訳すより圧倒的に自然な日本語なんですけれども…
(なお,第1章が理論的背景にあたるためより専門的な議論を求める方にはそちらをお勧めしますが,数学教育学関係者の皆様には
Artigue, M., Blomhøj, M. (2012). Conceptualization of inquiry based education
in mathematics.ZDM,45,6,797 - 810

を紹介しておきます。ご存知かもですが,本論文では探究ベースの数学教育(IBME)を,デューイの考察から始めて,数学教育の既存の理論である「問題解決」,Brousseauの教授学的状況理論(TDS),オランダの”Realistic Mathematics Education”(RME),数学的モデル化,Chevallardの教授人間学理論(ATD),Skovsmoseらの批判的数学教育と結び付けて分析しており,これでもかと数学教育学の理論が登場します)

2.数学の探究ベースの教授・学習に向けて

2.1.数学における新しい指導に向けて-なぜか?

 ほとんどの人は数学について正確なイメージを持っていない。 彼らは数学を,教科書の章末にある問題のリストに当てはめるための公式の集合とみなしている。 この誤解の原因は,数学の教え方にある。 学校での数学に対する伝統的な官僚主義的アプローチとは,内容を規定し,内容を提示し,その内容の生徒の習得度を測定することである。 このプロセスは過去に失敗したことが多く,現在もうまく機能しておらず,将来も失敗するだろう。 教師が計算方法を示し,生徒が反省することなくそれを繰り返すというような指導にとどまってはならない。 (「ここに規則と例題があるから,20問の宿題で練習しなさい」)。数学の学習は,能動的で,建設的で,累積的で,目標志向のプロセスである。 これは生徒にとっても知覚できるものでなければならない。 教師は,事実や解答への明確でスムーズな道筋を示すのではなく,数学的発見の冒険を通して,よく設計された問題を通して生徒を導くのである(訳者強調)。 この目標を達成するためには,数学とは何かということと,この科目が学校でどのように教えられているかということのギャップを埋めなければならない。
 「人に魚を与えればその日一日食べることができ,人に釣りを教えれば永遠に食べることができる」
 この真理は,数学教育に対する伝統的なアプローチの欠点を見事に捉えている。 支配的な教え方は,生徒に魚を与えるだけで,釣り方を教えない。 私たちの学校は,知識の伝達にあまりにも長い間焦点を当ててきた。 教師が話をし,説明し,いくつかの例題をこなし,生徒に似たような問題をいくつもやらせる間,生徒は受け身のままである。 私たちには根本的な方向転換が必要であり,数学に対してより進歩的なアプローチが必要なのだ。 生徒は,概念を発見する過程に積極的に参加することで,より深い理解と持続可能性をもって学ぶことができる。 学校は講義の場である以上に,学習の場なのだ。

2.2.フィボナッチ・プロジェクトにおける数学教育の特徴は何か?

 数学をうまく教える方法はひとつではない。多くの道がこの目標に通じており,その中には互いにまったく異なる道もある。フィボナッチ・プロジェクトでは,教室での教師中心の支配的な講義スタイルに別れを告げた。 私たちは,数学に対する探究ベースのアプローチを好んでいる 。 このような教育では,数学は既成の構造として提示されるのではない。 私たちは公式や規則から始めるのではなく,学習プロセスの最後にそれらを得るのである(訳者強調)。 学習は個人的なプロセスであり,外部から示唆を与えたり,影響を与えたりすることができるが,実際の学習プロセスは各個人の内部で行われる。 外部からのコントロールの可能性は限られている。 学習を成功させるには,生徒が自分で思考の網を結べるようにならなければならない。 知識の要素間の結びつきが強ければ強いほど,つまり網の目が密で堅ければ堅いほど,思考は柔軟になる。
 そうすれば,生徒たちは,変化した状況や不慣れな状況でも知識を応用できるようになる。そのため,私たちは生徒が自分自身のインフォーマルな問題解決の方法を使うことを奨励し,少なくとも最初のうちは,生徒の数学的な考えや試みを,より効果的な方法や高度な理解へと導いていかなければならない。 時間と努力が必要なのは,数学的に考えることの仕方を学ぶことである。 それこそが,教師が時間を集中させるべきことなのだ。
フィボナッチ・スクールの数学教育には,特徴的な基本概念がある。 以下はその例である:

  • 事実を生徒に伝えることに重点を置かず,自主的な問題解決に重点を置く。

  • 単に計算したり公式を操作したりすることに重点を置かず,理解することに重点を置く。

  • 孤立した問題に焦点を当てず,文脈の中の問題に焦点を当てる。

  • フィボナッチ校の数学指導の特徴として,特定のスキルや結果を身につけることだけに重点を置くのではなく,必要な学習プロセスやストラテジーにも重点を置く。

 これらの中心的な概念の実践は,数学への探究ベースのアプローチにつながる。 探究ベースの数学教育(IBME)は,少なくとも生徒の数学に対する態度や,「現実世界」と数学内の両方の文脈で数学を使う能力を向上させるだろう。
 教科の純粋な(pure)主題に対する多くの生徒の受容性が,日常的なメディア消費の影響で大幅に低下しているという事実も考慮しなければならない。 だからといって,今の生徒が昔の生徒より劣っているということにはならない。 つまり,新しい内容が必要なのではなく,古い内容を扱う異なるアプローチが必要なのである。 私たちはこのことを考慮に入れて指導に当たらなければならない。

2.3.探究ベースの数学教育-行為を刺激する

 第一段階として,探究ベースの数学教育(IBME)は,生徒が積極的に行動することを意味する。 我々は慎重に選ばれた問題の中で数学を導入する。 これらの問題を解こうとする過程で,生徒は徐々に典型的な数学的活動に没頭していく。 ポール・ハルモス(Paul Halmos 1916 - 2006)によれば,私たちの教育と学習のモットーはこうでなければならない: "事実を説くな,行為を刺激せよ"
 IBMEは,教師がエンターテイナーではなく,生徒は単なる消費者ではないことを意味する。 私たちは,すぐに消費できるような数学を提示しない。 教師は,生徒が特定の問題の解き方という決まりきった手順を理解するのではなく,数学の概念を理解する手助けをしなければならない(訳者強調)。 「行為を刺激する」とは,生徒が数学をするためのインフォーマルな方法を自分で発展させるのを奨励することだ。 私たちは生徒に

  • 疑問を抱くこと

  • 探索(explore)すること

  • 観察すること

  • 発見すること

  • 仮定すること

  • 説明すること

  •  証明すること

を求める。この実践リストは,数学の探究ベースのアプローチのための基本的な活動を示している。
 数学では,探究ベースの教授や学習は,ある問題や実験から始まることが多い。 自然科学と同じように,体験型の実験(紙結びや折り紙,パンタグラフのような装置,タングラムやハノイの塔のようなゲームなど),思考型の実験(数学の典型的なもの),適切なソフトウェア(動的ワークシート)を使ったコンピュータ画面上での実験などがある。
 しかし,探究ベースの学習(IBL)は,生徒を活動に参加させるだけではない。IBLは,生徒を研究者の立場に置く。 生徒の調査(investigation)の質は,生徒自身の探究の質と連動している。 自分の疑問に対する答えを追求する動機付けは非常に強い。
 IBLは教師と生徒に何を求めているのか? 以下の項目は,マイケル・セラ著『Discovering Geometry』の教師用版から引用(若干の修正と短縮)したものである。

  • 問題解決だけでなく問題設定のスキルも身につける(訳者強調)。 新しい問題設定を奨励する。次の項目に挙げられているような質問事項を使うことで,問題提起を促すことができる。

  •  生徒と一緒に次のような質問リストを作成する。
     もし...だったら?
     もしそうでなかったら...?
     なぜ...?
     いくつ...?
     一般的に...?
     どういう意味で...?
     関係はあるのか...?
     どのような条件下で...?
     最大,最小は?
     どのような特性があるのか?
     他にどんな...?
     どのようにして...
     それは常に正しいのか? それは可能か?
     どうすれば...
     似たようなことが...?

  • 活動を促進し,生徒が自分自身の知識を構築するのを助ける手段として,協同的な調査(investigation)を選択する。 生徒がグループ内で行う相互作用,討論,質問,提案,アイデアは,グループのメンバー全員に有益である。生徒の中には,自助努力よりも教師に多くを求める者もいるだろう。協同的な調査は彼らの学習ゲームのやり方ではないかもしれないが,職場環境のやり方なのだ。 生徒は自分の学習に責任を持ち,学習は受動的なプロセスではなく能動的なプロセスであることを認識しなければならない。

  • 成績評価では,研究の結果だけでなく,チームで研究を行うことを学生がどれだけ学んでいるかを考慮する。

  • 教師はすべての答えを知っている人ではなく,経験豊富な共同研究者の役割を果たす。 ヒントを与えすぎない。 正解だけでなく,良い考え方に励ましを与える。 クラスが納得するまで,正解を討論のテーマとして扱う。 正解を認めると,生徒が答えを理解していなくても,その問題について考えることを止めてしまうことがよくある。 答えや説明を早く提供しすぎると,生徒はあなたの答えを期待し,それに依存し続けることになる。

  • 数学は事実や手順の集まり以上のものであることを生徒に明確にする。 数学的な問題の多くは答えが1つではなく,解決策への有効なアプローチが1つしかないことはめったにない。 考えを正当化することや問題を解くことが,実際の解答よりも重要になる。 生徒の目標は,数学を,考えを見つけ,結びつけるプロセスとして経験することだ。 生徒が身につけた思考力と問題解決能力は,人生のあらゆる場面で役立つことを伝えよう。

セラのIBL項目と,フィボナッチ・プロジェクト で採用された探究教育論(pedagogy)の基本パターンや主要な特徴を比較すると,強い類似性が認められる。 このことは,IBMEの包括的な構造としての基本パターンの妥当性を強調している。

2.4 フィボナッチ・プロジェクトにおける探究教育論の主な特徴の役割

 数学の新しい教授・学習への移行を決定した後,教師は教室での作業や学習プロセスを組織化するための構造化要素を必要とする。 フィボナッチ・プロジェクトでは,これらの要素を探究教育論の基本パターンまたは重要な特徴と呼んでいる。 特に教授と学習の改善プロセスを開始するとき,教師は特に関心のある特定の分野に集中すべきである。 フィボナッチ・プロジェクトにおける探究教育論の主要な特徴は,教師が不足していると診断された分野であり,また多くの課題を克服しなければならない分野である。 こうして,ドイツの SINUS プロジェクト(1998-2007) のために開発し,成功を収めたモジュール・コンセプトと類似した基本パターンのアイデアが生まれた。
 全部で9つの基本パターンがある:

  • 問題ベースの文化を発展させること

  • 科学的な様式で取り組むこと

  • 失敗から学ぶこと

  • 基礎知識を確保すること

  • 累積的な学習を促進すること

  • 教科の境界と学際的アプローチを経験すること

  • 女子生徒と男子生徒の参加を促進すること

  • 生徒の協力を促進すること

  • 自律的学習を促進すること

 これらの基本パターンは,指導の進むべき方向を示している。 これは,他のIBLプロジェクトとは明らかに積極的に異なる,私たちのプロジェクト独自の特徴である。 この基本パターンは,教師教育にとっても,教室での授業にとっても,根底にある核となる構造である。 フィボナッチの哲学によれば,授業の開始時には,これらのパターンのうち1つか2つを選択するのが賢明である。 具体的な選択は,教育と学習における顕著な欠陥や,国の特徴によって決まる。
 特に数学の指導においては,最初の基本パターンである「問題ベースの文化を発展させること」が重要な役割を果たす。 課題と問題は数学教育の出発点である。 問題は,新しいトピックへの導入の一部として,あるいは教科書の章の終わりの練習問題として,数学の授業を特徴づける。 数学の教授と学習を変えたいのであれば,教室でどのように問題に対処するかが不可欠である。
 私たちはいくつかの段階を区別しなければならない。 まず,3つの準備段階がある:

  • 探索すること: 生徒たちはテキスト,素材,状況,出来事を探索することから学習を始める(訳者強調)。

  • 問うこと: 生徒は問題点を明確にしたり問題を設定したりするために質問をする。

  • 収集することと計画を立てること: 生徒はデータや情報を収集する。 生徒たちは,オープンな問いに答えたり,問題を解決したりするために,さまざまな可能性を考える。

(この後具体的な問題例が挙げられるのですが本記事では省略します)

プロセスの次の段階は

  • 決定する: 生徒は,どの可能性が質問に対する最良の答え,または問題に対する解決策を提供するかを決定する。

  • 伝える: 生徒は,発見したことを発表し説明する最善の方法を選択する。

  • 振り返る: 生徒は解決策を検討する。 それは理にかなっているか? もっと良い方法はないか。 拡張やバリエーションも検討する。

 私たちの最初の基本パターン-問題ベースの文化を発展させること-は,より多様な課題や問題を目指すものであり,さまざまなレベルで個々に異なる解決策を可能にするものである(訳者強調)。 私たちは次のような問題を作らなければならない。(以下全て訳者強調)

  • 生徒がさまざまな方法で問題を解決できるようにする,

  • 以前学んだ内容を体系的に繰り返す

  • オープンエンドなアプローチを可能にし,生徒の基本的な知識を活用し,新しく習得したスキルと結びつける,

  • 様々な状況や文脈に転移することができる。

 さらに,新しい概念や現象を導入して苦労してつくり上げるとき,よく知られた内容を新しい状況に応用するとき,コンピュータを学習ツールとして使用するときなどには,幅広い多様な指導方法やストラテジーを用いなければならない。
 刺激的で興味深い問題と,その解決に向けたさまざまな方法が,最初の基本パターンすなわち「問題ベースの文化を発展させること」の中心にある。 上記の段階に従って,与えられた例のひとつに取り組んでみると,多かれ少なかれ自然と他の基本的なパターンが含まれていることに気づく:

  • 科学的な様式で取り組むこと

  • 生徒の協力を促進すること

  • 累積的な学習を促進すること

 ここで,構造化要素としての基本パターンの重要性がわかる。 このような基本パターンの助けを借りて,どの分野が学習プロセスに関与しているかを特定することができる。 こうして教師は,どのような点を考慮したかを概観することができる。 一方,基本パターンは,IBMEが有用であることが判明したwell-definedな領域を示している。

2.5 問題解決 – その旅が目標

 数学では,探究ベースのアプローチとは,しばしば問題ベースのアプローチである。 したがって,最初の基本パターン(問題ベースの文化を発展させること)は,現実の状況と抽象的な数学の両方から取られた意味のある問題に基づく数学教育にとって特に重要な役割を果たす。 上述した問題解決プロセスの6つの段階は,成功した問題解決のグランドマスターであるジョージ・ポリア(George Polya 1887 - 1985)の影響を受けている。 有名な著書『How to Solve It』の中で,彼は次のようなアプローチを提唱している:

  • 問題を理解すること

  • 計画を立てること

  • 計画を実行すること

  • 振り返ること

 ポリアのスキームや他の同等のスキームは,問題に取り組む際のガイダンスを提供するように設計されている。 それらは,体系的な問題解決のアプローチへのアクセスを容易にする。 さらに,単なる問題解決から,問題の背景により深く関与するための最初のステップをサポートする。 ポリアはまた,学校で提示すべき問題のタイプについても非常に明確な考えを持っている。 彼は,生徒の数学的リテラシーに合わせた問題を3分の1程度,共通感覚(common sense)に合わせた問題を3分の2程度提案している(訳者注:原著で該当箇所未確認)。

 問題解決のルールに従うだけでは,問題解決を学ぶことはできない。 人は意味のある問題に取り組み,その解決策を分析することによってのみ学ぶことができる(訳者強調)。 成功のためには,このような努力が散発的であってはならない。 この種の指導は体系的に行われなければならない。
 現在の問題を解決するための有望なアプローチが見つからない場合,どうすればいいのだろうか? ここでポリアは,万能の公式を用意しているわけではない。 彼が言うのはこうだ: 「発見の第一法則は,頭脳と幸運を持つこと」「発見の第二法則は,妙案が浮かぶまでじっと待つこと」。 ストラテジーのストックがあった方が役に立つのは確かだ。 経験豊富な問題解決者は,解決策を注意深く分析することによって,このようなストラテジーを獲得する。 このようなストラテジーは,数学だけでなく,他の科目や日常的な状況での問題への対処にも関連する。 いくつか例を挙げよう:

  • 試行錯誤により検証することと組織的に再検証すること

  • 特殊なケースで作業すること

  • 一般化すること

  • アナロジーを見つけること

  • 再構成すること

  • 行ったり来たりすること

  • 既知のケースに戻ること

  • パターンを認識すること

2.6 問題ベースの指導-教室での実践

 生徒が数学と生きた関係を築くことを望むのであれば,数学教育を彼らの個人的な生活や感情とは関係のない人工的な世界として経験させてはならない。 この要件は,ハンス・フロイデンタール(1905 - 1990)の人間の活動としての数学という考えから生まれたものである。 彼は,生徒を既成の数学の受動的な受け手と考えるのではなく,生徒が実践することによって数学を再発明する機会を利用するように教育が導くべきだと考えた(訳者強調)。  
 生徒には,教師に対してよりも大きな独立性を与えなければならない。 生徒は自分の考えを構成し,処理し,自身の考えを示すことを学ぶべきである。 認知心理学は,自律的学習の重要性を強調している。 成功する学習プロセスとは,能動的,構成的,累積的,目標志向的である。 学校教育にとって,これはとりわけ,教師がエンターテイナーではなく,生徒が単なる消費者ではないことを意味する。
 このような考えを教室で実践するには,次のような単元の構成が考えられる(以下の強調はすべて訳者):

  • 生徒たちは,さまざまな方法で,さまざまな形式化のレベルで解くことができる,意味のある,やりがいのある,豊かな問題から始めることが望ましい。

  • 生徒は比較的長い時間(個人として,または小グループで)自主的に取り組む。 教師は生徒をモニターする。 教師は,アドバイザーとしての役割を果たす(生徒たちが自助努力できるよう助ける)。 教師は,具体化しつつあるアプローチおよび/または解決策を記録し,発表する生徒を選ぶことができる。

  • 選ばれた生徒たちは,その問題に対する解決策やアプローチを発表する。 様々なプレゼンテーションを比較し,議論する。 教師は自制し,必要なときだけ介入する。 このようなディスカッションは,日常会話と数学的な言語の両方の発達を促す。

  • 生徒の能動的な作業段階に続いて,教師は結果をまとめる。 この教師主導の段階は,さらなる指摘を加えたり,新しい概念や形式論を紹介したりするのにも使える。

 この授業アプローチは,生徒の能動的で自主的な作業段階と,教師中心の指導段階との相互作用に基づいている。 自主的な知識形成は,指導によるサポートや体系的な知識の伝達を排除するものではない。 最終的に,効果的で持続可能な学習プロセスを生み出すのは相互作用なのである。(訳者注・だからといって「体系的な知識の伝達」がメインになるわけではないことに留意が必要,フィボナッチ・プロジェクトは「教室での教師中心の支配的な講義スタイルに別れを告げた」)
 SINUSプロジェクトに参加している学校では,このアプローチがベストプラクティスとなっている。 従来の指導方法と比較すると,以下のことがわかった。

  •  主題の学習は,ひとつの方法に限定されるのではなく,生徒一人ひとりが自分自身で行ういくつかの過程を含む。

  •  生徒が積極的かつ自主的に取り組むように促される。

  •  さまざまな解答を発表することは異なるアプローチを表に出し,生徒間の数学的コミュニケーションを促進する。

  •  当初,教師は単なるオブザーバーであり,せいぜいアドバイザーに過ぎない。

  •  生徒が解決策を考え出すまで,教師は説明をしない。

  •  生徒の活動期において,弱くやる気のない生徒は,講義形式の教育環境のように効果的に身を隠すことができない。

  •  最初は時間がかかる。

  •  最初はなじみがなく,複雑で,生徒にとっても教師にとっても手がかかる。

  •  このような手がかかるタイプの指導は,生徒にとっても楽しいものである。

 問題ベースの教授と学習は,初期の学習を促進する。 しかし,転移を促進し,より深い理解と持続可能な学習のためには,さらに適切な練習問題を研究し,考察された問題や練習問題を分析し一般化することによって,深い抽象的知識を構築しなければならない(訳者強調) これは,共通の構造,パターン,ストラテジーを認識すること,伝統的な記号表記を使用することなどを意味する。

充実した学習環境の主な要素は,次のように要約できる。

  •  問題ベースの指導

  •  意味のある練習

  •  新しい知識を先行知識と結びつける。

(2.7節は具体的な教材で興味深いのですが本記事では割愛します)

2.8 コンピュータ画面上の実験 – 学習ジャーナルの記録

 テクノロジーは概念的な理解の代用にはならないが,理解を深めるためには有用である。 ソフトウェアやテクノロジーを使用することで,生徒は動的な環境における関係を視覚化し,検討することができる。 ここでもまた,問題指向の方法で指導が行われる。 コンピュータ画面上での具体的な活動から始める。 生徒自身にいくつかの実験をさせる。 目的は,特定の性質や関係を発見し,仮定を書き留めることである。 数学は実験科学であることがわかる。 PCは実験室であり,画面上の動的な構成は実験を表している。
 持続性を確保するために,実験と結果の両方を学習ジャーナルに記録しなければならない。 動的なワークシートを探索している間,生徒たちはしばしばノートを取るように求められる。 私たちは,紙に鉛筆で書いたりスケッチしたりする昔ながらの方法を好む。 この方法は,電子的な動的ワークシートでの学習を完璧に補完する(訳者強調) 生徒は学習ジャーナルを次のことに使う。

  • 意味のある図形をスケッチする

  • 観察結果を記述する,

  • 仮定を述べる

  • 証明を書きくだす

  • 個々の印象やコメントを表現する。

 これらの個々の記録は,議論された主題を概観するための基礎として使用される。 私たちは,いわゆる結果シートをPDFファイルとして提供することもできる。 学習環境の概要が記載され,生徒の個人記録が完成する。

2.9 コンピュータベースの授業デザイン

 動的ワークシートを使った学習準備では,生徒は3段階の学習プロセスを経なければならない(以下訳者強調):

  • 自分自身で

  • 他の生徒と一緒に

  • クラス全体や先生と話し合う。

 動的なワークシートを自分で学習した後,生徒は自分の考えや結果を交換し,比較し,完成させる。 ここでは,数学的な表現方法を口頭や筆記で練習する。 この積極的なディスカッションは,数学的トピックのより深い理解につながる。 動的なワークシートを使うことで,学習が受動的なプロセスではないことがわかる。
 教師は生徒の発表と結果の議論の司会をする。 その後,教師が中心となり,生徒が要約を行い,新しい結果を数学の以前の知識と結びつける。 さらに,必要に応じて,標準的な証明を示したり,新しい数学用語を紹介したりすることもある。 もちろん,この授業形態はICTの活用に依存しているわけではない(上記の問題ベースの学習の章を参照)。
動的なワークシートを使う理由は,次のようにまとめることができる:

  • 生徒が積極的になる。

  • 自主的な学習が促進される。

  • 生徒が自分で学習スピードを決められる。

  • 実験へのアクセスが生徒の興味を喚起する。

  • 構成を動かしたり変えたりすることで,新しい洞察が得られる。

  • 動的な視覚化が幾何学的特性の理解をサポートする。

  • 技術的な知識は事前に必要ない。

  • 数学ソフトウェアに精通している必要はない。

2.10 指導コンセプト - 自分自身の指導を見直す

 成功する指導には,主に指導者個人の顔があることは間違いない。 よく準備されたプロジェクトのアイデアや教材はインスピレーションを与えるが,実施には常に個人的なタッチが必要である。
 学校で成功する数学教育の特徴は何か? IBMEはどのように導入できるのか? 「フィボナッチ哲学」へのアクセスは,自分自身の指導を意識的に考えることによって最もよく達成される。 ここでは,特定の中心的なテーマが方向性を示す手段として役立つ。 これらのテーマは,指導の5つの異なる側面を考慮に入れている:

  1. 指導スタイル

  2. 取り組む問題・課題

  3. 技術的な内容

  4. 到達度テストの種類

  5. 数学教師の役割

 これらの中心的なテーマに基づく考察は,現職教員養成前研修においても意味がある。 初任指導者は通常,(もしあったとしても)ごく限られた指導経験しかないが,これらの中心的テーマは,その後の指導活動にとって重要な分野を明確に指し示している。

1.指導スタイルを見直す

  • 指導の中心はあなたではなく,生徒である

  • 生徒たちに講義することを避け,生徒が学習することをサポートする。

  • 生徒が自ら学習への道を探るよう促す。

  • 自助努力のための提案や援助をする。

  • 学習とテストの状況を明確に分ける。

  • 授業形態や方法を変える。

  • 最終的に,生徒の学習の進歩に責任を持つのは,あなたではなく生徒である。

2.自分の問題への取り組み方を見直す

  • 生徒に単に答えを出させるのではなく,それぞれの問いに関与させる。旅は報酬である。

  • 積極的かつ生産的に問題に取り組めるようにする:

  • 問題や課題を開始する;

  • 問題を変化させる;

  • パターンを認識する

  • 解決策を準備する。

  • 解答に向かうさまざまな道筋を見つけ,それを実行する。

  • 日常的な知識と数学的知識を意味のある方法で結びつける。

  • 生徒に学習ジャーナルをつけさせる。 問題解決や学習の過程を文章で表現する方法を教える。

3.主題を見直す

  • 基本的な内容に限定する。

  • それぞれの主題の本質的な考え方を強調する。

  • 内容を適切で興味深い文脈で扱う。

  • 内容と構造に関わる関係を発見し,解決することに価値を置く。

  • 広く行きわたってしまっている計算志向を減らし,理解に重点を置く。

4.従来のテスト方法を見直す

  • テストは常に計算を伴わなければならないのか。

  • テスト項目は説明の形をとることができるか。

  • 「従来の問題」に説明や正当性を組み込めるか。

  • さまざまな解法が可能で,理にかなっているような問題を用意できるか。

  • テスト項目のバリエーションは,計算方法の正式な適用よりも手がかかる場合がある。

  • 学習ジャーナルの管理方法を評価する。

  • 単元を計画する際に,学習目標のチェックを含める。

5.数学教師としての自分の役割を再考する

  • 数学に対する熱意を表現する。

  • 特に文化,技術,産業における数学の重要性を繰り返し強調する。

  • 教える主題に個人的な興味を示す。

  • 問題解決,コンクール,ポピュラーな科学文献など,数学に積極的に関わり続ける。

  • 「一匹狼」にならないように,生徒や教職員の協力に頼る。

  • 教えることを通じて,数学が活気に満ち,常に発展し続ける学問であることを示す。

 最初の一歩は,示された中心テーマに基づいて自分の指導を見直すことから始まる。 こうして,指導を変えるための基礎が築かれる。 あとは,ポール・ハルモスのモットーに従って実行に移すだけである: "事実を説くな,行為を刺激せよ"。 こうして私たちは,IBMEの重要な原則のひとつである,生徒が学習過程に積極的に参加することに従うのである。 刺激的な学習環境の中で,生徒たちは自らの知識と理解を深める機会を持つべきである。

3.おわりに

 フィボナッチ・プロジェクトでは,他にもいくつかのブックレットが用意されており,実際に実施した報告書もあります(サイトのThe Resources for Imple­menting Inquiry in Science and in Math­e­matics at Schoolのページを参照)。
 また,先に紹介した論文が載っているZDMの45巻6号のテーマは,「日々の授業における探究ベースの学習の実践」です。10年前ではありますが,海外の動向を知るためにも,最新の動向と合わせつつ,当該号の論文を読んでおく必要性を感じているところです。

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