ショートストーリー フィギュアスケートと酢味噌和え

キュウリのみずみずしさとわかめの歯ざわりが新鮮さを物語る。
酢味噌の甘さは、懐かしさを帯びて酸味と共に消えていく。
喉奥に押し込まれていく儚さは、散った夢と重なった。

早朝、キュウリとわかめの酢味噌和えで、申し訳ない程度にお腹を満たしてスケート靴を持って玄関を出た。

目的の場所に着くと、心が満たされるのが分かる。
胃の中のキュウリとわかめが凍りつきそうなくらい、冷気を吸い込んで吐き出す。
冷たく堅い氷の上に踏み出してみる。
途切れることなく繋がる線が、自分の足から伸びているものだと思うと気持ちが高ぶった。
得意なステップを始めると、同じリズムの音楽が降り注いでくる。

ジャンプをするために、足に力を込めると腰から右足の筋にかけて鋭利な痛みが走った。 
勢いを押し殺せないまま足が氷から離れた。
数センチにも満たない一瞬の対空時間にも、バランスを崩した私は冷たいリンクに投げ出された。

聴こえていた音楽も消え、私の後ろをピッタリ付いて回った白い線も途絶えた。
身体に伝わる冷気に心まで冷やされそうだ。
氷点下のリンクは、まるで私にそっぽを向いているようだ。
ここにお前の居場所はないと言わんばかりで、シンと痛いくらいに静か。
あまりに冷たくされるものだから、涙も凍りそうだった。

リンクに誰かが入ってきた。
苦手なステップも得意なジャンプも本人以上に知っている仲間とコーチだ。
昔からの仲良しで、ライバルだった親友は、私からサッと目を逸らす。
コーチは、毅然とした態度で私をリンクから出るように指示をしたのが、優しく傷をえぐった。

練習中に怪我をした。
詳細は省くけど、親友だった彼女とも関係している。
恨むわけではない。
けれど、彼女は無傷なんだと思う。
彼女は日本の代表選手に選ばれそうだと聞いた時を思い出しては、ふぅんと一人鼻を鳴らす。

怪我をして半年以上は経つ。
その間に、彼女のことを自然と追っていた。
リンクに入った時に脳内で流れた音楽が、彼女が次の大会で使う音楽だった。
それでも、自分の表現を守りたくてステップを踏んだが、結果はあのとおりだ。

あの痛みは氷からの拒否だ。
あそこで飛べていたら、私はあの時やってきた彼女に怪我をさせていただろう。
迷いなく引かれていた線が、途切れた意味を暖かい日差しを浴びながら、ようやく理解して、今度は涙が止まらなかった。

止まらない涙をへばりつけたまま家に帰る。
ヤケになって、食べ物を漁っても冷蔵庫には低カロリーな食材しか入っていなかった。

作りっぱなしの、今朝の残りをスプーンですくって大口で食べる。
食べ納めだと思ってボールのまま食べる。
昼はハンバーガー。
夜はカツ丼にしよう。味の濃いスープも欲しい。そしたら、副菜はアッサリしていても味の濃い酢味噌和えがいいな。

そこまで考えてハッとする。
条件反射で夕飯の献立にも同じものを食べようとしていた自分が可笑しくて、止まらない涙を流しながらボールいっぱいの酢味噌和えを食べ尽くした。

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