ショートストーリー ブッシュ・ド・ノエル

切り株の上でちょこんと座るサンタの帽子をかぶったくまの砂糖菓子。
粉砂糖は雪を彷彿させ、ケーキの見た目はおとぎ話のワンシーンのようだった。
見た目だけでなく、味も子供の頃夢見た美味しさ。
チョコレートの甘さは、夢が広がるときのようにゆっくりと身体に染みていった。

ブッシュ・ド・ノエルというケーキを知ったのは、本の挿絵で描かれていたから。
本の内容なんて覚えていないけど、切り株型のお菓子が印象的だった。

母親へ食べたいと、ねだったこともあったけれど、食への関心が低い母におしゃれなケーキの話は通じなかった。
そもそも私が子供の頃には、ブッシュ・ド・ノエルという言葉自体あまり知られていなかったと思う。
それに山奥の田舎には、しゃれたケーキ屋も無かった。
ケーキは、スーパーで予約して買うのが地元では当たり前だった。

そういうわけでブッシュ・ド・ノエルは、空想の話だと流されて毎年のクリスマスは、スーパーで買ってくるクリスマスケーキだった。

それでも私が毎年頼むものだから、一度だけ母はいつものクリスマスケーキを買わなかった年がある。
何も知らない母は、ブッシュ・ド・ノエルとはどんなものかと私に詳しく聞いてくれた。
嬉しくて、早口で一生懸命ロールケーキみたいなものだと説明した。
母は、分かったと返事をして今年のクリスマスはブッシュ・ド・ノエルを買ってくると約束してくれたのだ。

その日から、ブッシュ・ド・ノエルを心待ちにした。
その年は友達にも自慢して、ブッシュ・ド・ノエルとは何かというものを昼休みも帰り道も鼻高々に教えといていた。
みんなから、オシャレでカッコいいと何度も言われて、良い気分になっていた。

そして、クリスマス当日。
スーパーで買ってきたオードブルを食べ終わって、細長いケーキの箱がデザートとして出てきた。
ワクワクしながらケーキを取り出す母の手元を見つめていた。
だが、出てきたのは、ただのチョコレート味のロールケーキだった。
メリークリスマスと書かれたプラスチックの飾り付けが刺さっているだけで、クリスマスっぽさなんて感じない。

私はそれを見て、ガッカリするとか、悲しいとかよりも、友達に散々自慢していたことが、頭に駆け巡った。
怒りで一気に頭に血が登る。
それでも、今日はクリスマスだということを忘れなかった。
クリスマスを台無しにするわけにはいかない。
グッと拳を握って、喉までせり上がる言葉を我慢する。

しかし、それも母の一言で決壊した。
「クリスマスシーズンに、ロールケーキなんて売ってないから、わざわざ隣町のケーキ屋さんまで買いに行ったのよ」
仕方のない子だと言わんばかりに、普通のロールケーキに母はろうそくをたてた。
その不格好さにまた羞恥が襲ってきて、今度は怒りに身を任せて母を罵倒したのだ。

母はこのブッシュ・ド・ノエル事件を鉄板の笑い話にしている。
だが、私はあのときの母の顔は一生忘れないだろう。

今日は、実家を離れて初めてのクリスマスを迎える。
大学のサークルメンバーとのクリスマスパーティーを私は早めに抜けた。
サークルメンバーが彼氏と会うのだとからかう中、苦笑いを浮かべて店を出た。
部屋に帰った私は、冷蔵庫をそっと開ける。
そこには昨日、母から送られたブッシュ・ド・ノエル。

有名パティシエが作ったと一緒に入っていたチラシにも書いていた。
洗礼されていて、おとぎ話からそのまま出てきたような可愛らしいブッシュ・ド・ノエル。

同封されたメッセージカードには、母らしい言葉が印字されている。
やっぱりあそこのロールケーキとは全然違うわね。
そう書かれたメッセージに、クスリとしてしまう。

ブッシュ・ド・ノエルをスマホの写真で撮って、母へメッセージと一緒に送るとすぐに返事が帰ってきた。
メリークリスマスと教えたばかりの可愛いスタンプが送られてきた。
フワフワしたクリームとチョコレートの香りと母とのやりとりは、クリスマスらしく彩ってくれ、今年のクリスマスも満たされるものとなった。

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