ショートストーリー 牛丼

カツカツとスプーンと丼ぶりがぶつかる音が、店内のそこかしこから聞こえる。
テーブル席は、家族連れと老夫婦が美味しいと言い合っている。
カウンターは、作業着を着たガタイのいいおじさん達が、それぞれ二つ分の丼ぶりをスルスルと胃袋に流し込んでいる。
その隣で、上品そうな生地のスカートを履いたあの子が両足を丁寧に揃えて、静かに山盛りの牛丼と向き合っていた。

男子みたいだ。
彼女を見たときの第一印象。
おそらくそれは僕だけではなく、彼女を見たほとんどの生徒、先生がそう思ったはずだ。
スカートではなくズボンを履いて登校する。
だけどスカートを履かない理由は、誰も聞かない。
なんとなく聞いちゃいけない空気がしていたから。
それに、今年から女子の制服にズボンも加わった。
つまり、彼女は校則違反はしていない。

ボーイッシュな短い髪が、彼女をさらに女子っぽい印象から遠ざけたけど、誰も何と言わなかった。 
追求していいのか分からない容姿から、皆、彼女を少し遠巻きに見ていた。
女子との関わりがない僕も当然、同じだった。

それが、部活帰りの腹ごしらえによった牛丼屋で、たまたま彼女に鉢合わせてしまった。
昼時で賑わう店内で、席は彼女の隣しか空いておらず、渋々座って牛丼大を頼む。

話しかけていいのか戸惑っていると、彼女から声をかけてきた。
「こんにちは」
たったそれだけ。
たった一回の笑顔で、なんだかドキドキした。
緊張して、喋り方がカタコトになっていた僕にも彼女は気さくに話しかけてくれた。

部活帰りだというと、彼女はピアノのレッスンの帰りだと打ち明けてくれた。
「うちのピアノの先生、昔ながらのおばあちゃんって感じの先生でね。この髪で、ズボン履いていくと、男の子になっちゃったって毎回騒ぐの。面白いでしょ」
彼女は、そのピアノのおばあちゃん先生を思い出して笑っていて、僕の意識も緩んだ。

「ああ、だから……」
とそこまで言いかけて、慌てて口を閉じた。
だから今日はスカートを履いているんだ。
と言ったら、差別をしているみたいな気がして、背中に汗が伝う。
会話が途切れたことに彼女は一瞬、不思議がった。
けれど、僕の言いたかったことを察したようで、そのうえで大笑いしていた。

「そうだよ。だから今日はスカートなの。学校では自転車だからさ、思いっきり漕いだらスカートが捲れちゃうでしょ。あれ、めんどくさいんだよね」
思っていたよりあっけらかんとしている彼女に、僕はポカンと口を開けるだけだった。
その間にも彼女の話は、まだ続く。
「髪もさ、長いとシャンプーとかドライヤーとか、めんどうなんだよね。スカートは、ヒラヒラしてて可愛いから好きだけど。めんどくさいのは、嫌いなの。私、かなりズボラだからさ」

ズボラ。そう聞いて彼女がクラスメートにいちいち弁解しないのも、ときおり流れる心無い噂をほっといているのも合点がいった。
なんだか、思ったより分かりやすい子だ。
そして、意外とスカートが似合っている。
空色のスカートは、こざっぱりとした彼女の性格を表しているようだった。

「おまたせしました」
話のキリがついたところで、丁度良く牛丼が運ばれた。
それは僕の頼んだ牛丼大ではなく、彼女が頼んだメガサイズ。
その大きさに僕は、あっけにとられてポカンとしたが、いただきますの号令と共に、爽やかな笑顔を魅せる彼女に再びときめいた。

沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。