ショートストーリー 老猫とねこまんま

スルスルと流し込まれる。
スルスルというより、ズルズルとちょっと品のない音だ。
音とともにお椀の中身は、みるみるうちに無くなっていく。
食欲が無いと言っていた祖母も、これだけは食べていた。

八十歳を過ぎた祖母は、いつもどこかを痛めていた。
腰のときもあるし、膝のときもあるし。
内臓的な痛みを訴えることもあった。

仕事の傍ら、祖母の面倒を見る。
絵本作家の私は自宅にいる間、仕事部屋と祖母の部屋を行き来する。
嫌ではない。
祖母が横暴な態度で無茶を言う人なら、違ったのだろうが、祖母はいつも申し訳なさそうに頼み事をする。

とはいえ、自分のことはなるべく自分でしたい。
そう思っている祖母の頼み事は、とてもささやかなモノだった。

飼っている老猫の世話だ。
彼女のは三毛猫のミーちゃん。
私が絵本作家になる、うんと前から家にいる。
いつ家に来たか忘れるくらい一緒に住んでいて、祖母の友達だ。
祖母の部屋の一番陽のあたる場所にミーちゃんの座布団があり、近くに食事場所がある。

ミーちゃんも老いてで歩くのが億劫な様子なのだが、おやつやご飯はいつも祖母にねだる。
彼女は純粋に生きてきた祖母と違い、はるかにしたたかだ。
まず、お腹が空いても私のところへはこない。
私が祖母の変わりに世話を焼いているのに、おやつも食事も全て祖母におねだりをする。

ミーちゃんは、編み物をする祖母の顔をじっと見つめて、おやつが欲しいのかと聞かれたらニャアと返事をする。
その返事に気を良くした祖母から、顎を撫でて貰うと、隣の部屋で仕事をする私が呼ばれる。

私がミーちゃんのご飯を持ってくると、真っ先に祖母が謝る。
「仕事中に悪いねぇ」
そう言う祖母の手には、作りかけの編みぐるみが握られている。
まだ、頭の部分だけしか出来ていないけれど、そのキャラクターが私が描いた絵本の主人公だというのは、ハッキリ分かる。
黄色い髪をリボンでツインテールにした可愛らしい女の子だ。
私が編みぐるみに気付くと、もうちょっと待っててねと祖母は言う。

私の絵本のファンだと言う祖母は、絵本を描くたびに編み物をする。
今風に言えばファンアートだろうか。
それを真っ先に作ってくれる。
祖母のファンアートのファンである私は、それを楽しみにせっせと仕事をする。

創作活動に夢中になると、食欲がなくなる。
祖母も私もお互いにそのことが分かっているので、ミーちゃんのご飯の時間に一緒に軽く食事を済ます。
炊きたてご飯と野菜たっぷりの味噌汁。
あとは、漬物が少々。
それだけあれば十分で、作業が良いところな時はご飯も味噌汁を混ぜて食べる。
いわゆるねこまんまにして食べる。
言わなくても祖母と私は互いに分かる。
今なんだなと。
そういう時はお互い素早く済ますために、ズルズルとかきこんで部屋に戻るのだ。

ともすれば、マグロ缶を食べるミーちゃんの方が良い物を食べていることもあるし、それについて両親に叱られることもある。
ご飯の用意くらいちゃんとしてあげてと。
でも、祖母も私も分かっているのだ。
ご飯の用意より、ご飯を食べることより、優先したい時もあることを。

老猫のミーちゃんがギリギリで私達の食を繋いでいることも、祖母も私も知っている。
いつか祖母と話したことがある。
ミーちゃんも、仕方なく私達を呼んでいるのではないかと、思うときがあると。
ミーちゃんが私に懐かないのは、そういうところにあるかもしれない。
そう思いながら、今日も黙って祖母と二人。
ご飯に味噌汁をかける。
ねこまんまをすすりながら庭を見る。
空が澄んでいて、枯れ葉がヒラヒラと舞い落ちる。
冬が訪れることをようやく実感して、そこでまた新たなイメージが膨れ上がった。

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