ショートストーリー クグロフ

ほどよいケーキの甘さと、パンに似たふっくら食感。
パンもケーキも味わえる贅を極めたお菓子。

クグロフは、かのマリー・アントワネットも好んで食べた。
そう言われると、本当に貴重なお菓子に思えた。

捻ったような表面の窪み模様は、よく言われるように王冠に似ている。
私には、その王冠が麦藁で出来た王冠にも見える。
私は、マリー・アントワネットという女性は本当は城の外に出て目一杯動きたかったのではないかと思うのだ。

彼女がほしかったのは、王冠よりも太陽の光を避ける麦わら帽子。
陽をいっぱいに浴びても気にしなくても良い帽子なのではないか。
そんな気がする。

私自身、広い畑に身を委ね、土がつくのもお構いなしで空を見上げる。
研究に行き詰まったときは、大地からエネルギーを貰うのが一番だ。
マリー・アントワネットもそうしていたに違いない。

それは昔、歴史好きの父に教えて貰った逸話。
私はその話を夢中で聞いた。
「パンがないならケーキを食べれば良いじゃない」
と言ったとされている話は、実は嘘であるということ。
さらに、ヴェルサイユ宮殿の一画に彼女が作った村里があるということ。

その頃から私は、彼女が焦がれていたのは、のどかな光景なのではないかと、時々考えるようになった。
学者になって、フランスの歴史について日々研究に励む今もそう思っている。

大学時代に知り合ったフランス産まれの友達の畑を借りて寛ぐ。
彼は、私の隣で彼のママが作ったクグロフをワインと一緒に食べている。
手のひらサイズのクグロフからは、甘い匂いが香ってくる。
その香りに惹かれ私も頂く。
優しい味に自然と笑みがこぼれる。

フランスの大学で授業と研究の合間に、ヴェルサイユ宮殿を見に行けば行くほど、その思いは募る。
豪華で完璧な美と権威が溢れる城の中にある彼女の作った小さな村里は、目にも心にも休息を与えてくれた。

それに、花を育て、野菜を育て、土の香りと草木に包まれることの幸せは私も身を持って感じている。

「元気は出たかい? お嬢さん」
クグロフを食べきった彼は、私の笑みを見て問いかける。
「もちろん。これでまた論文が、はかどりそうよ」
彼と握手を交わす。
いつもならこれで終わり。
彼のママに礼を言って、車を走らせ大学へと戻る。

だが、今回は彼は手を放してくれなかった。
何か、気に触ることでもしただろうかと困惑してしまう。
困った私に反して彼は茶目っ気溢れる顔で歯を見せた。
「それで今年のクリスマスのことなんだけど。あの話、OKしてくれない? 二人で過ごしたいんだ」

彼の言うあの話は、結婚を前提としたお付き合いをして欲しいということだろうと、すぐに分かった。
彼のママにも、熱いアプローチがあったからだ。

彼のことは嫌いではない。
いつも良くしてくれている。
分からないのは、きらびやかな時代の歴史研究ばかりの芋臭い私のどこに、彼が惹かれたかだった。

彼は言う。
「君の好きな歴史は、きらびやかな世界にある素朴な一面が魅力的に移るんだろう? その逆もしかりだよ。素朴な君の中にキラリと光るものを感じるんだよ。王冠みたいにね」
彼は、隠し持っていたクグロフを持ってそう言うのだ。
クグロフを渡された手が少し震えていた。
スマートだとばかり思っていた彼の必死さが、やっと分かった。

「私は派手なパーティーより、静かな星空が好きなのよ。それでも良いなら」
彼の手を取ると、彼の瞳がより一層輝いた。
王冠型のクグロフを二つに割って、二人で味わう。

畑の真ん中で、土の香りとクグロフの香りが混じり合う。
隣に感じる彼の温もりは、心に平穏をくれる。
「マリー・アントワネットも、宮殿の村里でこんな幸せを味わったかしら」
私がそう言うと、彼は歯を見せて笑っていた。

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