ショートストーリー 金木犀とさんまの塩焼き

磯の焼けた臭いを嗅ぐと自然と思い浮かべる。
細長くスラリとした姿に焦げ目のついた皮。
箸を入れると、油としっとりと焼き上がった身がほころぶ。
大根にスダチを絞ってふわふわの身に乗せると、秋が詰まったご馳走となっている。

電車から降りて、自宅近くの最寄り駅を出ると、疲労感がヘトヘトの体へ追い打ちをかけて意識させた。
帰宅時間のラッシュのせいで、息が詰まっているせいだ。
若い頃なら気にもしなかった寿司詰めの車内も、年を取ると体力の消耗が激しくなった。
通勤も帰宅も一つの仕事と割り切る他なかった。

帰れば、子供や妻が待っている。
一人息子は来年には大学進学で、もう父親の帰宅を心待ちにする年ではない。
だが、期待を込めてこう思うことにしている。
妻は妻で、早く帰らなければ洗い物が遅くなることへ不満を持たれてしまうので、我が家の安寧のためにも早い帰りは必須条件だ。

そうは言っても、安心出来る我が家へ帰るのは心が弾むもの。
住宅街を歩きながら、会社や満員電車からの開放感で自然と深呼吸も出てしまう。

深く肺まで空気を吸い込むと鼻腔を擽るのは、金木犀の甘い香り。
出てきたばかりの半月に照らされて、住宅の垣根から恥ずかしそうに姿を見せていた。
半分だけの月明かりでは、影になって葉と花の区別はつかない。
しかし、近づけば強く香る昔から知っている香りから金木犀だと判断できた。
よく見えない分香りだけで判断する金木犀は、儚げでそれだけで満足した。

金木犀が香る家の小窓からは、秋刀魚の焼いた臭いがした。
それは、ただの魚特有のちょっと磯臭い焦げた臭いだったのだが、秋刀魚だと直感した。
事実、その家庭から溢れる談笑の隙間で、誰かが秋刀魚と口にする声が聞こえた。

なぜ秋刀魚か分かったのかは分からない。
でも金木犀が香って、秋を強く感じるこの家の焼き魚は秋刀魚の塩焼きが似合っていた。
大根おろしにすだちをたっぷりかけて、ちょいと醤油を落とす。
想像しただけで秋刀魚の油が口に広がるようだった。

そんな妄想をしていただけで、あっという間に我が家が見えた。
鍵を開けて、ただいまの声とともに玄関扉をくぐる。
途端によく知ってる甘い強い香りが鼻腔を襲う。
玄関に飾られていた金木犀は、さきほど月明かりで見えなかったものとは違う。
逞しく濃い緑色の葉と、小さくとも目に映えるオレンジ色の花をいくつも咲かせていた。

随分と印象が違うことに驚きつつも、やはり夕飯は秋刀魚の塩焼きであることが台所から香る臭いで分かった。
受験勉強で忙しい息子も二階から降りてきて、早速夕飯の答え合わせとなり、一人ニヤつく私を妻も息子も気味悪がった。

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