ショートストーリー シュークルート(塩漬け肉とザワークラウトの煮込み)

酸っぱい湯気に誘われて店の行列に並ぶ。
塩漬けの柔らかな肉と酸味の効いたキャベツがマイルドに調和する。
じゃがいももソーセージも和気あいあいと肩を寄せ合う。
クリスマスを祝う暖かな料理。

夢にまで見たクリスマスマーケット。
可愛いオーナメント、キャンドル、お菓子。
見るもの全てが新鮮で、心躍る。
人混みを掻き分けて山小屋風の屋台を周る。
シャレーと呼ばれる屋台まで、オシャレでしげしげ見てしまい、オーナメント屋のオジさんに訝しげに見られた。

だけど、クリスマスは誰もを明るくするらしい。
事情を話して初めてのクリスマスマーケットだと言うと、オジさんはパッと笑顔の花を咲かせた。
立派な髭と立派な体格のオジさんに、笑顔の花という表現は似合わないかもしれないけれど。
本当にチューリップでも咲いたのかと思うくらい表情が変わった。

お店のジンジャーブレッドマンのオーナメントを取って、クリスマスプレゼントだと言ってくれた。
お礼を言って、さっそくカバンに付ける。
「どんなクリスマスツリーに飾られてるブレッドマンよりも、嬉しそうな顔をしてるよ」
オジさんは、この町とクリスマスマーケットが大好きなようで、耳寄りな情報をいくつか教えて貰った。
「楽しんでいってくれ!」
陽気に笑うオジさんと握手をして私はシャレーを後にした。

オジさんの教えて貰ったシャレーで、可愛いクッキーやアーモンドを買って、ホットワインで身体を暖める。
クリスマスマーケットの熱気と、ホットワインの暖かさにほんの少し眠気を感じていた。
あと、もう一軒行ったらホテルに帰ろうかな。

オジさんが美味しいと一番褒めていた料理を振る舞っているという店だ。
なんという料理だったか。
シャーだったか。シューだったか。
ともかく名前がシュークリームに似ていたのは覚えている。
ふわふわした思考で考える。
その少しの油断が命取りだった。

グッと引っ張られた感覚があったと思ったら、バッグを盗まれた。
走り去る後ろ姿は、小柄でよく見えない。
そう思ったら、考えるより動くのが先だった。
元陸上部の血が騒いだ。

「待てー! ドロボー!」

人混みを掻き分けて小さな影に向かって、真っ直ぐ走る。
だけど、犯人が小柄すぎるのか、人混みが多すぎるのか。
見失いそうになる。
目印は、ジンジャーブレッドマンのオーナメント。
時折、ニコリと笑うブレッドマンと目が合うのが、なによりも安心感に繫がった。

犯人を追うのに必死すぎて、人混みを掻き分けて出てきたテーブルに驚いた。
犯人を見ると、してやったりの表情。
急ブレーキをかけるわけにも行かない。

考えるより動く方が先だった。
テーブルの前で踏み切って、空中で身体を捻らせた。
遊び半分で覚えたパルクールが、こんなところで役に立つとは……。
そんなことを考えながら、テーブルで酒盛りをしていたあのオーナメント屋のオジさんが、あんぐりと口を開けているのを空中で眺めていた。

これには犯人も驚いたようで、立ち止まって私を見ていた。
着地をすると、慌てて走り去ろうとしていたけれど、もう遅い。
私は、スピードを殺すことなく私のバッグを盗んだ子供の首根っこを捕まえた。

「ジャン! またお前か!」
私が叱るより先にオーナメント屋のオジさんが怒り出す。
店にいた和やかなオジさんの面影はない。
筋肉質な身体が余計に怖くみえた。

それでもジャン少年は、ケロッとしてボッーしていた私に否があると指を指す。
確かに、慣れない土地でボンヤリしていたので、ぐうの音もでない。
「そういう問題じゃない!」
オジさんはさらに顔を真っ赤にした。

私の事情を知っているばかりに、オジさんは私に同情してくれているのだろう。

陸上で足を痛めて走れなくなった私は、オリンピックの夢を諦めて手術をした。
手術は成功したし、リハビリも上手くいった。
足も身体もピンピンしているけれど、代償にかけた時間は長く、何をしても心に響かず、夢は戻ってこなかった。

だから思い切って夢を見つけるために、旅に出た。
ない夢を叶える旅だ。
行きたいところを手帳に書き殴り、少しでも行きたいと思ったら動く。
クリスマスマーケットは、その一つだった。

ジャン少年とオジさんの攻防は続いていた。
「どいつもこいつも夢ばかり見やがってさ。夢見る暇があるなら、俺に金をくれってんだ」
ジャンはオジさんにそっぽ向く。
ジャンの顔は泥と垢がついて、巻いているマフラーには穴が空き放題だった。

オジさんもジャンの苦労を知っているのか、その話題には突っ込めないでいた。
だから私が突っ込んだ。
考えるより先に身体が動いていた。


ジャンとオジさんとオジさんイチオシのシャレーに行く。
シュークリームではなく、シュークルートという料理を振る舞っている店だ。
オジさんとジャンの分を合わせて三人分を頼む。
店からモクモクとたつ湯気が暖かく、美味しくて、思わずニンマリと笑ってしまう。

ニヤケ顔をジャンには気持ち悪がられたけれど、それさえも楽しくするのがクリスマスだ。
ジャンもオジさんも、美味しそうに食べている。
私も初めてのシュークルートを食べる。

夢が無くても美味しくて幸せだと、内臓で感じる。
ジャンには、私のバッグを盗んだところで何もならないと、強く言わせてもらった。
盗んだところで、夢や希望が湧くことどころか、私がちょっと不幸になって、それでちょっとジャンがほくそ笑むくらいの楽しさだ。
何にも変わらない。

そんなことより、一緒にクリスマスを祝った方が夢を見なくても楽しいに決まってる。
足を痛めて夢が消えた私が言うんだから間違いない。

そう力説すると、ジャンは意味がわからないと吐き捨てた。
意味なんてないから、そのとおりだけど。
考えるより身体が先に動いたのだから仕方がないだろう。

ただ、意味のわからなさで毒気を抜かれたのか。
私の奢りなら今日のところは付き合ってくれるというので、付き添い人としてオーナメント屋のオジさん(名前までオジだった)を連れてクリスマスマーケットを歩き通す。

ドロボーの少年とオリンピック選手になれなかった女とオーナメント屋の男の組み合わせは、可笑しかった。
どこに行っても変だと笑われたけれど、シュークルートみたいに、どこかまとまりがあるのも事実だった。
夢は見つけられなかったが、最高のクリスマスになったことは間違いなかった。

沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。