ショートストーリー キャンディケイン

可愛い縞模様の杖は、刺激的な味がした。
一つは、ペパーミント。
一つは、シナモン。
どちらもシルクハットが似合う大人の味だ。

『好きな方をお食べ下さい』
アドベントカレンダーを開ける出てきた紙には、そう書かれていた。
文字の下には、クリスマスツリーの絵とプレゼントの山の絵が描かれている。

二十も上の婚約者は、12月に入ると私にアドベントカレンダーを渡してきた。
「クリスマスは一緒に過ごすから」
そう言って、一日目のキャンディをアドベントカレンダーのポケットから出して握らせた。

私が大人なら、これはキャディーではなくジュエリーだっただろう。
婚約者は野心家で、子供の私にも分かるほど父に媚を売っていた。
小学校も卒業していない私は確かに子供だが、子供扱いを受けると腹立たしかった。

チョコレート、金平糖、キャンディー、ラムネ、マシュマロ、クッキー、様々なお菓子がポケットに入っていて、そろそろネタが切れてきた頃合いなのだろう。
趣向を凝らしましたという、あからさまな感じが二枚の紙から滲み出ている。
滲みすぎていて嫌な匂いでもついているのではないかと、思わず紙の臭いを嗅いでしまったくらいだ。

今日のはクイズのつもりなのか。
クイズとも言えないほどつまらない宝探し。
彼が飾った大きなツリーの飾りの一つだけがお菓子のキャンディケインになっていたのは、前から知っていた。

ツリーの絵はその場所に印がついている。
彼がツリーの下に用意したプレゼントの山、積み上がった一番上のところに印がついていた。

婚約者として私自身に機嫌を取らなくても大丈夫だと、あれほど言っておいたのに。
『私の平穏な暮らしと家族を陥れるようなことが無ければ、私は貴方の出世の邪魔はしません』
あれは冬に入る前、料亭の庭の金木犀が香りが秋風に混じる頃。
婚約者として初めて紹介された。
私は父が席を外したあと、彼にハッキリ意思を示した。

にも関わらず、彼は一緒に住む家を用意したと思えば、次はクリスマス。
父は勘違いをしたのか、娘の将来に興味がないのか。どちらにせよ笑顔で私に引っ越しをさせた。

おかげで広いリビングに一人、アドベントカレンダーの中のお菓子を楽しむだけの生活になってしまった。
優秀な兄弟と度々比べられることが無くなった分、少し肩の荷が下りたけれど、優しかった母とも離れたのは正直寂しく感じていた。
そもそも、連れてきた婚約者は家にいないことの方が多い。
お忙しいようで何よりだ。

婚約者のことを考えれば苛立ちが募る。
そうなると、アドベントカレンダーのお菓子も食べる気になれなかった。
落ち着きを取り戻すために、部屋から本を持ってくる。

おとぎ話の中では、寒空の下でマッチを売る少女や飼い犬と一緒に空腹に耐える少年が必死に生きている。
暖かなソファーの上でお菓子一つに荒立つ自分が、愚か者に思えた。

おとぎ話を夢中で読んでいると、リビングのドアが開く音で一気に現実に戻る。
婚約者が帰ってきていた。
外は、随分寒かったのだろう。
彼の鼻の頭が赤い。

彼はコートをハンガーにかけながら、驚いた顔で「まだ起きていたんですか」と言う。
時計に目を向けると、いつもならとっくに寝ている時間だった。

婚約者の顔を見ると、お菓子一つに荒ぶっていたことを思い出す。
とっさに「今日は一緒に食べようと思って」とツリーを指差す。

私はほんの軽い冗談で、軽い気持ちの嘘のつもりだった。
なのに彼は、しごく嬉しそうな顔をしていた。
私よりずっと大人なのに、私より嬉しそうな顔を隠そうともしない。

「こんな時間までお待たせして申し訳なかったです。今日のアドベントカレンダーはどうでした? 楽しんでいただけました? 飽きる頃だと思って、いつもと違う形にしてみたんです」
歯を見せながら笑って、早口でまくしたてられる。
いつの間にか取ったツリーのキャンディケインとプレゼントの山から取った小さな箱を私の目の前に置く。

「どちらでもいいですよ。こっちがペパーミント。こっちがシナモン。……あれ? 逆だったかな……」
恥ずかしそうに頭を掻く彼は「どちらも美味しいので」と困ったように笑っていた。
ツリーに吊るされていたペパーミントを手に取り、口に入れる。
ミントの香りが鼻を通る。

彼もミントの香りを感じてホッとしていた。
箱を開けて、キャンディケインを口に含む。
その瞬間にシナモンの香りが広がった。

目があってニコリと笑う彼は、キャンディケインを食べているせいか本当に子供のように見えた。
大人だけど、意外と大人じゃないのかもしれない。
婚約者を初めて可愛い人だと思えたこの日は、この家に来てから初めてゆっくり眠れた。

沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。