百物語 第五十七夜

久々にKさんから連絡があった。
私は残業を切り上げ指定された居酒屋に向かった。

Kさんは私の元上司の友人であり、私が当時勤めていた会社の取引先社長でもあった。あの頃まだ大学を卒業したてで生意気盛りだったぺーぺーの私をなかなか気に入ってくれ、入社後半年もするとしょっちゅう二人で夜の街を飲み歩くようになっていた。

その後、同棲していた彼女と別れたことを機に、私が会社を辞めた後も、Kさんとの交流は無くならず、今もこうしてたまに飲む仲である。

居酒屋につくと、Kさんは隅の席で酒も飲まずにぼんやりと私を待っていた。
「お久しぶりです」と声をかけると、Kさんは少しほっとしたように笑った。

それからはしばらく他愛ないお互いの近況など話していたが、それにしてもどうにも今夜のKさんはおかしいと思った。

まずいつもならKさんは、(女の子がついてくれる店に行かない場合)自分の同級生が経営している小さなバーでゆっくりと飲みたがる。だが今日はその雰囲気とは全く違う騒がしい居酒屋だ。しかもなんだかわざとらしい程に疲れているようで、どうにも話が要領を得ない。

こりゃあKさん女の子にでも捨てられたかなと私は思った。Kさんは以前一度離婚を経験しており、 私はその頃を知らないが、Kさんの友人である元上司によると、そのときの落ち込みようはなかなかのものであったらしい。

私はKさんをからかいたくなり、「女の子にでもフラれたんですか?」ストレートに尋ねた。
案の定、Kさんは激しく視線を動かし、動揺を顕にしていた。

だが、私がその後聞かされた話は、意外なものだった。

Kさんは以前、やや気の強い女性と結婚していた。彼女の方がひとつ歳上なこともあってか、なんとなく二人の関係は元奥さんに主導権があった。
Kさんは元々はあまりバリバリ仕事をこなすタイプでもなく、恋人にも自分の意見をなかなか言えない人間だった。
それもあって、二人の家は通帳から家具の配置まで元奥さんが全て管理していた。もちろん元奥さんからすれば、何を聞いても「うーん」くらいしか言わない当時のKさん相手では仕方ないといえる。

それらのことが積もり積もって、二人の関係は7年で終わりを告げた。何か大きな要因があっての離婚ではない分、余計にそのことがKさんをずいぶん落ち込ませたらしい。

しかしそんなKさんを立ち直らせることになったキッカケ、それがSMであった。

彼がどのようにしてその道にはまりこんだか、個人の名誉もあるので詳細は省くが、とにかく恋人にさえろくにものも言えなかった男が、女をなぶり、絶頂に導くようになる。その頃からKさんは日常においてもずいぶんと変わった。

以降は幾人かのパートナーとプレイを楽しみながら、小さな会社を興し、実に人生を謳歌してきた。私と出会ったのもちょうどその頃だ。私が大学生あがりの生意気小僧であった頃、Kさんもまた、生まれ変わったばかりのぺーぺーであったのだ。

「それでな、最近、携帯をスマホに変えたんだ。iPhoneってぇの? 俺は詳しくないけどさ」

とにかくそれを切欠として、今度はプレイの収集、つまり撮影にもはまり始めたらしい。ただ、元からその手の機械に詳しくないこともあり、幾度か録画すると容量がいっぱいになってしまった。

若いパートナーに、クラウドサービスについて教わり、その晩Kさんは本体データをクラウドサーバーへとアップロードした。

そして、アップロードされた動画を再生させた。

「ほんとに驚いたね。女の顔が、元妻の顔なんだ。一人だけじゃない。撮ってる動画全部が元妻の顔、元妻の声でよ。頭がおかしくなったかと思って、しばらくたってからまた再生してもよ、それでも顔があいつの顔なんだ。だけどあいつがこんなことするわけねぇ、それでも画面の中で、絶対するわけねぇ反応を、俺に打たれて見せてるんだよ。」

「精神的なものかとも思ったけどよ、その理由だと俺はあまり認めたくもないし、とりあえず恐ろしくなって動画は全部消しちまった。正直恐ろしいよ。別れたのも15年も前のことだ。お前機械に詳しいんだろ? インターネットはデータを抜くとか収集するとか言うじゃねえか。もしかして外国の携帯ってのはこんなことも機能にはいってんのか?」

私はさすがにそんなことはあり得ない、とKさんを宥め、酒を勧めた。そもそも騒がしい居酒屋に誘ったり、私に話すまで酒を飲まなかったのは「酔っぱらいの戯言と思われたくなかった」からだと言うから真剣に怖がっているのがわかった。私はKさんに無理に安酒を飲ませまくった。

「とにかく携帯の不具合じゃあねぇんだな? 」数時間たってやや落ち着いてきたKさんが呟いた。
酔ってきた私が「そんなことも可能かもしれませんねぇ、iPhoneならね」などと言ってみても、笑って頭を叩いてくるほどには立ち直ったらしい。

それでも今後撮影だけは絶対にしない、と繰り返していた。

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